に、肉が……
職員モードのパリスに、双子魔術師の片割れを引き渡す。
一瞬、彼女の瞳に憎むような感情が見て取れたが、自身の役割を忘れてしまうような事は無かったようで安心した。何かしらの行き過ぎた行動を起こしてしまうようであれば、不本意ながらも止めなければならないから助かる。
そうやって様子を見ているとパリスと目が合った。パリスは小さく笑みを浮かべた後、僕に耳打ちした。
「大丈夫です。そのあたりは弁えているつもりです。あ、お伝えしておきます。後日、詳しい事情を聞きたいそうです」
誰が、とは言わない。まあ、もしかしなくても確実にシェリルさんだろう。パリスの言葉に頷く。
「それじゃあ、後はお願いします」
「ご協力感謝します」
慣れないやり取りを終え、塔から出ていくパリスを見送る。そのままついて行こうかとも思ったが、それはさすがに目立ちすぎてしまう。少しだけ時間をずらして出れば大丈夫だろう。
そうして少しだけ待っていると、知らない探索者パーティがポータルから戻ってきた。ちょうど良いので、そのパーティの後ろに紛れるように外に出る。狙い通り、特に注目を集めるような事は無かったようだ。
少なくとも広場では騒動などは起こっていないように見える。……パリスに聞けばよかったかな。いや、あのタイミングで耳打ちしてくるくらいだ。まだすべての情報が公になったわけではないのだろう。
本当に急ぐ必要があるのであれば、一も二も無くシェリルさんに呼び出されるはずだ。ひとまず今日の段階では、ゆっくりと休んでも大丈夫ということなのだろう。
ならば、それに甘えさせてもらうことにしよう。
さて、と。それじゃあ帰りますか。
「あれ、お兄ちゃん。アリスちゃんは?」
などと考えていると、後ろから声を掛けられた。声のする方へ振り向くと、ブリジットが嬉しそうな様子で手を振っていた。
「え、ああ、ブリジットか。今日は別行動だよ。朝に言ってたでしょ」
「そうだっけ?」
ブリジットが首を傾げる。見た感じ記憶を辿っているようにも見えるが、この様子ではあまり期待できなそうだ。
「ま、まあそれはいいや。それで、今日は店じまい?」
「うん、今日も全部売れたよー」
「おお、さすがだなぁ」
ブリジットが小さい体で胸を張る。普段から売上は把握しているので、目新しさという物は無い。しかし、ブリジットには安定した収入を支えてくれてもらっているのは間違いないので、いつも感謝している。
「僕もちょうど帰るところなんだけど、ブリジットも一緒に帰る?」
「うん、帰るー。あ、お兄ちゃんと二人で帰るの久しぶりだし、帰りに肉串買ってほしいなぁ」
なんだろう、仕草や雰囲気は可愛らしいのに、その内容がまったく可愛くない。ブリジットは今日も平常運転である。……先程までの殺伐とした展開が嘘のようだ。
まあ、でも、いつまでも重い気分を引きずっていてはいけない。この際、ブリジットに乗せられてみるのもアリかもしれないな。
「それじゃあ、途中で買って帰ろうか。アリスには内緒にね。でも、夕食食べられなくなると困るから量は抑えるように」
「やったぁ!」
ブリジットが喜び、満面の笑みを浮かべる。どここの露天で肉串を買おうかな。まあ、ブリジットのお勧めにしておけば間違いはないか。
――そうして、いつもより少しだけ寄り道をした結果、家に着く頃には僕達の手には、なぜか容赦ない大量の肉串が握られていた。……なぜだ。
玄関の扉を開き家の中へ入ると、そこにアリスの姿は無かった。そう思った直後、奥からパタパタと足早に近づく音が聞こえてくる。
僕の顔を見てアリスから微笑みが漏れた。
「バーナード様、おかえりなさいませ」
「た――」
「たっだいまー! おおぅ、今日もいい匂いだねえ」
ブリジットの空気を読まないところ、嫌いじゃないよ。
それにしても、僕は手元から漂う肉の匂いで鼻がおかしくなっているのに、ブリジットの嗅覚にはまったく影響を及ぼしていないようだ。
そんな微笑ましい様子を見ていると、アリスの視線が手元の肉串で止まる。……そうだよね、全く内緒になっていないもの。全然話が違う。
「それでは保存しておきますね」
「……え?」
アリスはそう宣言するやいなや、ブリジットと僕の手元から手早く肉串を回収し、流れるような手つきで玄関に設置してあるストレージへと放り込んだ。
突然の出来事だった事もあり、一瞬あっけに取られてしまった。すぐに我に返りブリジットを見ると、同じように呆然としていた。
「それではお腹が空いていると思いますので、すぐに食事にしますね」
そんなブリジットの様子を完全スルーして、アリスはキッチンへと帰っていく。
「に、肉が……」
ブリジットはようやく状況が把握できたのか、この世の終わりのような顔をして、そう一言だけ発するのが精一杯だったようだ。……だから、アリスに内緒にして量を抑えるように行ったのに。
そんな波乱の一日を終えて、翌朝。皆で朝食を食べ終わった頃、客の来訪を告げる呼び鈴が鳴った。
「こんな時間に誰だろう。シェリルさんかな?」
「それでは玄関へ行ってきます」
「いや、今日は僕が出迎えるよ」
家事をする手一旦止めて、アリスが玄関に向かおうとする。シェリルさんだった場合、今日の用件はわかっているので、自分で出迎えることにした。
……それにしても、シェリルさんも忙しいだろうに。呼ばれればこちらから出向くんだけどなあ。
「はい、どちらさまですか? って、やっぱりシェリルさんだったか」
「あはは、どうにも我慢できなくて」
「そんなに急いでどうしたんですか?」
シェリルさんは申し訳無さそうな顔をして、頬を掻きながらこちらの様子を窺っている。今朝になって事態が急な展開を迎えたとか、そういった内容だったりするのだろうか?
何かしらの問題が発生した可能性が高そうなので、気を引き締めてシェリルさんと目を合わせる。
すると、シェリルさんが一瞬だけたじろいだ。……まさか、魔術師に逃げられたとか? それとも自害でもされてしまったか?
より悪い状況を想定しながら、シェリルさんをじっと見つめる。すると、シェリルさんがとても言いづらそうにしながらも、決心したように口を開く。
「朝食はもう食べちゃったかしら?」
シェリルさん、あなたもか。
僕を屋敷へと呼ばすに、わざわざ自分からこちらを訪ねてきた理由。それは、誇張でも何でも無く、アリスの朝食が目当てだったようだ。
……心配して損した。
仕方がない。片付けをしていたアリスには悪いけど、シェリルさんの分を用意してもらうか。
「アリス、ちょっといいかな」
「あ、はい。すぐにそちらへ行きます」
返事があってから、程なくしてパタパタと音をたててアリスがこちらに来てくれた。
状況が掴めていないアリスだったが、先程の会話を伝えると嬉しそうにしながら、再び朝食の準備をしてくれた。
「ありがとー、アリスちゃん大好き」
「ふふ、どういたしまして」
ものすごく美味しそうに朝食を食べながら、シェリルさんは頬を緩ませた。
シェリルさんも朝食を食べ終え、場所を応接室に変えた。テーブルの上に用意されたカップを手に取り、紅茶を一口含む。
あとに残る香りを楽しみながら、でも自身の意識を少しずつ変えていく。
「――ところで、そろそろ今日の本題をお願いしても良いですか?」
「ああ、そうね。要件は、バーナード君が予想している通りの物だと思うわ」
やはり、昨日の魔術師に関する話のようだ。さて、一体どんな話が飛び出すのだろうか。
「そう、ですか。ちなみにあれから何か新しい情報は引き出せましたか?」




