異界で魔術師?
強壮万能薬を飲ませた事で、ピエールの容態は大幅に改善された。先程までの弱々しかった呼吸はすっかりもとに戻り、後は意識が戻るのを待つばかりと言ったところだろうか。
そして数分後、皆が固唾を呑んで見守る中でようやくピエールのまぶたがピクリと動く。それを見て周りが一瞬だけざわめくが、すぐに自重したようで静かになった。
「ん、……ここは? 俺はいったい?」
ピエールが目を開き、ゆっくりと状況を確認した後、そう困惑の声を上げた。恐らくまだ状況が把握できていないのだろう。
「ピエールさん!」
「良かった! 気が付いた!」
「ぐっ、な、なんだ!? ってランディスにパリスじゃないか!?」
そんな困惑気味なピエールに対して、ランディスとパリスは勢い余って抱きついてしまった。二人にとってピエールという人物というのは、それほどまでに重要な存在ということなのだろう。……というより、パリスがランディス以外に心を動かしたのを始めて見たような気もする。
二人があまりに喜んでしまった事で、周りの皆は逆に冷静になれたのだろう。少しだけ三人を見守ることにしたようだ。ちょっと、目がうるうるしている人もいた。
……とは言え、このままというわけにもいかない。若干、申し訳なく思いながらピエールの視界に入る。
「喜んでいるところ、すみません」
「え、ああ、もしかしてあんたが助けてくれたのか?」
「私のことはまた後ほど、今はそれよりもお聞きしたい事があるのですが、パーティの方々はどうされました?」
そう、ピエールは天獄塔の異界から命からがら生還した。しかし、直前まで異界探索を行っていたということであれば、恐らくは一人だったはずはない。
僕の言葉によって状況を思い出したのか、ピエールの表情が切迫したものに変わった。
「そ、そうだ、ジャネッタ達が! 誰か、誰か助けてくれ!」
「え、ジャネッタさんがどうしたんだよ!?」
ピエールは何か大事なことを思い出したようで、興奮した様子で僕の両肩を掴むと、周りも見ながら懇願するように助けを求め始めた。ランディスとパリスの顔を見る限りは、そのジャネッタ某も見知った間柄のようだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい。まずはいったい何があったのか教えていただけませんか?」
「落ち着いてる場合じゃないんだ! 早くしないと仲間が魔術師に殺される!」
――異界で魔術師?
つい反射的にパリスの顔を見つめてしまう。
しかし、パリスは驚いた様子で顔の前で手を横に振る。……異界にパリス以外の魔術師が、いる?
これまでちゃんと確認したことは無いが、天獄塔の異界に挑戦するような魔術師は、パリス以外には知らない。もし確認されていれば話題くらいには上がるはずだが……。
「――ピエールさん、俺が一緒に助けに行くぜ! さ、早く!」
「私も行く!」
「助かる!」
一瞬考え込んでしまいそうになったが、二人の言葉で現実に引き戻された。顔をあげると、ランディスがピエールを立たせ、天獄塔に向かって歩きはじめていた。
周りを囲んでいた探索者達を見るが、三人の後に続く様子は見られない。まあ、魔術師という単語を聞いてしまえば仕方がない事なのかもしれない。
ピエールはともかく、ランディスとパリス二人だけを行かせる訳にはいかない。先程素材の精算が終わったばかりなのだ。間違いなくランディスもパリスも準備不足だ。助けに向かう先に、まだ魔術師がいる可能性が高いというのであればなおさらだろう。
「ちょっと待って。僕も一緒に行きます」
「バーナード兄がいれば安心だ。よし、じゃあ助けに行こうぜ」
……助けに、か。
天獄塔の異界で魔術師に襲われて、一人だけ命からがら逃げ延びた。見たところピエールが身につけている装備は、斥候職が好みそうな軽装だ。そんな探索者ですら危なかったのだ。普通に考えればもう……。いや、今は考えるべきではない、か。
「ああ、早く行かないとね。ピエールさん、魔術師は何人いましたか?」
「……一人だ。たった一人に手も足もでなかった。くそっ!」
「魔術師相手なら生きて帰れただけでも凄いですよ」
「仲間を置き去りにして、な」
正直なところ魔術師相手に逃げ切っただけでも大したものだと思うが、ピエールにとって、仲間を置いて逃げなければならなかったという事実は、僕が慰められるようなものでは無いだろう。
状況が状況だ。今はとにかく迅速に移動しなければならない。
即効性のあるポーションのお陰で、ピエールは万全の状態を取り戻したようだ。僕達を足早に先導し、天獄塔の扉を開いて中に入った。
中には数人の探索者が受付をしていたが、僕達の切羽詰まった様子に気がつくと快く順番を譲ってくれた。こういう時はお互い様だということなのだろう。
受付の前に立つ瞬間、ピエールの体が一瞬強張ったが、一つ深呼吸をしてから手続きを始めた。探索者ギルドの職員も魔術師だから無意識に警戒してしまったのだろうか。
僕達も受付を手早く済ませ、ポータルへと歩み寄る。これから向かう先に魔術師、か。いったいどのような輩で、どのような魔術を使うのか?
様々な可能性を想定する必要がある。どのような場所で相まみえるのか――って、あれ?
「そういえば、魔術師に襲われたのは第何層なんですか?」
「ああ、慌ててたから言いそびれてしまったな。第五層だ」
「「あ」」
「ん?」
ピエールの言葉にランディスとパリスの声がハモった。それを見たピエールも不思議そうな顔をしている。
「第五層なら仕方がないね。ランディスとパリスはここで留守番だ」
「ジャネッタさんが危ねえのに、こんなところで待っていられるかよ!」
「まだ第五層に入れないのに?」
「そ、それは……」
「私は探索者ギルドで対策を練ります!」
気持ちのはやるランディスだったが、さすがに無理が通らないことも理解はしているようだ。一気に声のトーンが下がる。そんなランディスとは対照的に、パリスは先程よりも冷静に思考を巡らせる事が出来たようだ。
先程ピエールが口走った《魔術師に襲われた》というワード。それを聞いたのは僕達だけではない。あの場には人だかりが出来るほどは探索者がいた事を忘れてはいけない。
ピエールも慌てていた為、具体的に何があったのかは説明してはいない。それによって、状況がわからないままで漠然と不安を抱える者たちも出てくるだろう。状況によっては流言飛語が飛び交ってしまう可能性だってありえてしまう。
パリスは今からそれらの対策を行おうとしているのだろう。
「それじゃあ、パリス。そっちは頼んだよ。ランディス、パリスをサポートしてやってくれ」
「俺じゃあサポートできねえよ。悔しいけど適役がいる。俺はヴォルフガングを探して呼んでくるぜ!」
「それじゃあ二人共頼んだよ。それじゃあピエールさん、助けに行きましょう」
会話が終わるなり二人は塔の入り口へと駆ける。二人のことは大丈夫そうなので、意識をピエールの方へと戻す。一秒でも早く助けに行きたいだろうに、僕達のやり取りを待ってくれた。
ただ、先程よりも悲痛な面持ちをしている。
「それは助かるが、……死にに行くようなものだ。俺は一人でも助けに行ける。だから」
「僕なら大丈夫ですよ」
「し、しかし」
先程、自身のパーティが為す術もなく全滅させられたばかりなのだ。ランディスとパリスに急かされてここまで来たものの、勝算があったわけではないはずだ。ランディスとパリスが第五層に入れない事を知った時、ほんの一瞬だけだが嬉しそうな顔を見せた。
恐らくは見知った二人を巻き込まずに済んだ事に安堵したのだろう。助けに行くといっても、パーティメンバーの生存確率は絶望的に低い。それでも急いでいくということはつまり、死にに行くつもりということだ。
ピエールには悪いが、ランディスとパリスのためにも生き残ってもらわないとな。




