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賢者の石とエリクサー(二)

「待って! ちゃんと説明してください!」


 叫んだ声が薄暗い寝室に響く。気がつけば元の寝室のベッドの上で天井に向かって手を伸ばしていた。

 夢……なのか? ……いや、いくらなんでも鮮明すぎる……っていうかなんだこれは?


 エリクサーの効能か、僕の身体に大きな変化が起きていた。

 身体は15歳くらいに若返り、ベッドから立ち上がった時にも、以前と違い全く苦労しなかったし、歩き回るのも非常に楽で、まさに全盛期の頃を超えるくらいに感じさせた。


 次に黒髪黒目に変質していた。元々は青髪青目なのでこれは変質と呼ぶべきだろう。これまで生きていて、黒髪黒目の人間なんて見たことがないので、亜神(デミゴッド)となった影響が出ているのだろうか……。


 さっきまでの出来事は夢ではないということか。生涯を掛けた研究を、余興と言われたことは悔しいが、話のスケールが大きすぎてそれほど腹は立たないな。


 そんなことよりも、病気も治り、若返ったことで、これからまた多くの時間を生きることができる事が嬉しい。心なしか自分の感情表現も若くなったような気もする。


 これからどうするか……ん、まてよあれが夢じゃないなら、力を得た事も夢じゃないってことになるぞ。


「セントラル!」


『お呼びでしょうか、バーナード様』


 無人の部屋に向かって声を発すると、頭のなかに女性の声が響く。

 実はこの声、身につけているモノクルから聞こえている。


 ――自立思考型情報処理支援装置セントラル、僕の家というか研究塔の最上階を埋めつくす大きな魔道具であり、賢者の石の研究を始める直前に、親友セオドールと共同で錬成した最高傑作と呼べる物の一つだ。

 僕が身につけているモノクルは、その端末である。音声信号及び視界にオーバーレイ表示されるメニューから操作が可能であり、自立的に情報の収集や分析を行い、様々な情報を取り出すことができる。


「魔力量を計測したい」


『かしこまりました。計測を開始します。リラックスをしてください。――――計測が完了しました』


 ――モノクルに表示されている魔力量は、以前の倍程度まで増えていた。本当に倍になってる。若返ったせいでよくわからないが、身体能力も倍になっているのかな?


 クローツのスケールには比べようもないが、自分の力だけでも凄いことになってるぞ。こうなるとクローツみたいに眷属を生み出せないことが本当に悔しいな……って待てよ!?


 今度は、オーバーレイされたメニューを指で操作し情報検索を行う。


『検索が完了しました』


 数分後、セントラルの検索結果報告を聞き、目の前に表示されているある論文に目を通した。


『ホムンクルスの錬成に関する革新的なアプローチ』


 ホムンクルスの錬成は、これまであまり人気がない分野だった。しかし昨年この論文が発表されたことで、世界規模で大きな展開を見せていたことを思い出した。


 当時は賢者の石以外には全く興味はなかったため、目も通していなかったりする。……セオドールの論文だしな。


 ――天才錬金術師セオドール。この名前を知らない人は、世界にほとんどいないと思う。


 彼とは僕が成人した頃に出会った。出会ったというか押しかけた。

 当時、彼が発表した研究成果が世界中を震撼(しんかん)させた。その内容は《錬成効果の劇的な向上》である。


 それまでは錬成物、例えばポーションなどは、服用後に時間をかけて効果を発揮するものだったが、彼の研究成果により服用後即時に効果を発揮するようになった。この効果の劇的な向上はポーションに限らず、多くの錬成物に様々な効果を発揮した。


 これは近代錬金術と呼ばれ、これまでの錬金術を古典錬金術となり、それから錬金術は大きく発展することになる。


 あまりに凄い内容だったから、同じ王都に住んでたのも相まって、ついつい押しかけて質問攻めにしてしまったのは、懐かしい記憶だ。

 同じ錬金術オタクだったのもあって、すぐに打ち解けて共同研究して魔道具とか作ったっけか……。


 親友であるセオドールが、次々と成果を上げ脚光を浴びることは、まるで自分のことのように嬉しかったが、賢者の石の錬成を試み始めた頃から、こちらの研究成果が芳しくなかったこともあって、セオドールの事を素直に祝福することができなかった。


 閑話休題、ホムンクルスは魔術師の作る非生命体ゴーレムとは違い、擬似生命体だ。それが故に錬成難度は非常に高く、また錬成したホムンクルスの寿命は、たったの数日と非常に短かい。


 しかし、この論文によると錬成難度は上がってしまうのだが、錬成されたホムンクルスの寿命は、数年と劇的に伸びたのだという。突き詰めていけば、人間以上の寿命を持たせることも可能になるかもしれないらしい。


 クローツは自分が生み出した生命体を眷属にできると言っていた。であれば擬似ではあるが、生命体に属するホムンクルスなら、眷属にすることができるのではないだろうか?


 あれから一年、劇的には進んではいないとは思うけど、研究者が増えた事で何か新しい成果があるかもしれない。

 過去一年間に発表されたホムンクルスに関する論文を検索してみよう。


 ――検索結果ゼロ件


 あれ?そうそう成果が上がるものではないことはわかってはいたが、ゼロ件なのは少し意外だ。セオドールの論文が発表される前でも、毎年数件はホムンクルスの研究論文が発表されていたというのに……。


 少々不可解だな、まあセオドールなら一年もあれば何か新しい成果は上がっているに違いない。久しぶりにセオドールに連絡をとってみるか。


「セントラル、セオドールに繋いでくれ」


『かしこまりました。セオドール様にお繋ぎします』


 ホムンクルスで力が増やせたら凄いことになるぞ。巨人よりも筋力が強くなったりして。いや巨人どころか、ドラゴンでも素手で殴り倒せそうだ。何だかワクワクしてきたぞ。

 これは、研究材料として色々面白そうだ。




「――出ないな。」


 この時間帯に連絡が取れなかったことなど今まで一度も無かったのだが……、何度か連絡を試みるが、セオドールにつながることはなかった。


「仕方がない。もともと連絡したら直ぐにでも向かうつもりだったわけだし、もうこれから向かってしまうか。近隣の町の転移陣を使えば夕方前には向こうに着くだろう」


 それにしても歩きにくいな。こんなことなら、衣服に自動サイズ調整を付加しておけばよかったな。

 年をとると体の成長なんて一切ないから、付けたところで意味が無いと思っていたんだ。まあ、少しだけ詰めれは着れないことはないか。




 ――慣れない作業に少し時間が掛かったが、なんとか服のサイズも合ったし、ようやく外に出れそうだ。


 アイテムポーチを手に取り、肩からたすき掛けにする。

 外出するには荷物が少ないように思えるが、実はこのアイテムポーチは錬金術で作った魔道具であり研究成果の一つである。


 見た目は小さいが大きな家一軒分くらいの収納力を持っている。食物などの劣化も止まるため、旅の際にはこれ一つで足りてしまう。


 今では余程の田舎ではないかぎり当たり前のように普及しているが、これが出来る前は大きな荷物や足の早い荷物は、空間魔術の使い手を雇い運搬をしていた。もちろん生活用から軍用に至るまで、魔術は広く普及していた。


 魔術は比較的万能で便利である。しかしながら魔術は魔術師にしか使えないし、それを行使するためには魔力を必要とする。魔術師の数も限られるため、需要と供給の関係的にも世界規模で非常に重宝されていた。


 しかし僕達錬金術師が、近代錬金術により数多くの魔道具を錬成し、その成果が一般に普及したことにより、相対的に魔術師の地位は次第に下がっていった。


 何しろ魔道具は個人の魔力を必要としない。魔石があれば、それを加工し燃料とすることで動作するため、魔術師でなくても使うことができた。


 量産品の魔道具は、遺跡で見つかる魔道具とは違い自己修復しないため、メンテナンスをしなければ割りと早く使えなくなってしまう。

 しかし高いお金を出して数少ない魔術師を雇わなくても、それと同等の効果があるのだから、近年では《魔術師要らず》とか「魔道具>>>>超えられない壁>>>>魔術師」と言われるくらいになっていた。


 当然のことながら、生活に困窮した魔術師達に命を狙われた事も、一度や二度の事ではなかったりもする。


 閑話休題、出かける準備が終わったので、研究室の端にあるポータルから塔の外に出た――目の前に広がるのは、見慣れたのどかな農村――のはずだったのだが目に映る景色が予定と大きく違っていた。



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