最強の武術
セオドールと共同で行った魔道具開発は当初想定していたようにはいかず、非常に困難なものとなった。
「うーん、やっぱり他者の力をきちんとコントロールするのは無理っぽいかな」
「そうだね。ただ影響を与えるだけならその辺の失敗作でも十分なんだけど、合気柔術だっけ? それみたいに相手に気付かれないように影響を与えるとなると、力の向きを流れるように変えないといけない」
セオドールが半ば諦めかけて弱音を漏らし始める。僕も同調してしまったが、床に転がる失敗作の数々に視線を巡らしながら、初めにセオドールに説明された条件の実現は厳しいのではないかという結論に至りかけている。
最初は軽く考えていたのだが、考えをまとめればまとめるほど困難であるということに気が付いていく。それも仕方がないことではある。現状では絶対的に足りていない物があるのだ。
今セオドールに言ったように、合気の実現には対象が起こした行動に対して無理のないように力の向きを変えなければならないのだ。少しでも違和感を覚えてしまえば対象は回避行動を取ってしまう。それでは意味がない。
つまり足りない物とは対象の力の流れを高速かつ正確に分析する魔道具、そしてその演算結果を元に対象を違和感なくコントロールする魔道具だ。つまり現状では全然足りない。
「今は実現することは難しいけど、将来的に大量な情報を高速に処理できる魔道具を作ることが出来ればまた状況は変わってくるかもしれないね」
「スパコンかあ、憧れるけど今はまだ無理だな」
「スパ? なんだって?」
「ああ、ごめんごめんこっちの話。それよりこの後はどの辺りを落とし所にしようか?」
こっちってどっちだ?
セオドールが呟いた聞きなれない単語を問い返してみたが、特に説明をしてくれるつもりはないようで、軽めに流されてしまった。
セオドールの頭のなかには一体どれだけのアイディアが詰まっているというのだろうか?
彼は自身の中で考えをまとめきるか、他者がそれを話すに足ると判断するまではそのアイディアの数々を明かそうとはしない。つまり今は時期尚早だということなのだろう。力の足りない自分を実に歯がゆく感じてしまう。
いや、今はその深みにはまるのはやめておこう。その劣等感は足を止めてしまう。それよりも今は目の前の事柄に集中するべきだろう。
しかしこれと言って解決案は見えては来ない。ただ、この研究において多くの気付きを得ることは出来た。つまり全てが失敗だったというわけではない。
……それならばいっその事テーマの方を変えてしまうのも手かもしれない。セオドールに呆れられてしまう可能性も無くはないが、正直なところ現時点ではこのテーマを達成することは出来ない事はほぼ明確であるところまで成果は出ている。
努めてセオドールと視線を合わせないようにして、恐る恐る代案を口にしてみる。
「……これだと子供のいたずら道具くらいにしか使い道はなさそうだよね?」
「子供……、それだ!」
「は?」
突然大きな声を出したセオドールの勢いに少々驚き気圧されそうになる。てか顔が近い。野郎の顔なんて間近で拝みたくはない。
「子供向けのおもちゃとして売り出せば皆喜んでくれるよ!」
「……えぇ、そうかなあ? こんな失敗作の数々を売り出すのは正直気が引けるんだけど」
自分で提案しておいて何だが、ここまで前のめりに賛成をされてしまうと、少々申し訳ない気持ちが先立ってしまう。正直なところ無償で配っても良いくらいだ。
「バーナードにとっては合気の魔道具として失敗作だったとしても、単機能で見れば十分に成功作なものばかりだよ。それこそ失敗作が使い方の気付き一つで何か別の事に役立つことだってある!」
やけに力強く説得してくる様子を見ていると、そうかもしれないという気にもなってくる。確かに作り出した魔道具が日の目を見ずに廃棄されてしまうのは忍びないのは理解できる。
結局、セオドールの説得に折れて、失敗作を子供のおもちゃとしてまとめる流れになった。とはいっても僕はそういうことはよくわからないから、前回の忍術の時みたいにセオドールにお願いすることになった。
セオドールは大喜びして、その日から急ピッチに作業を進めた。構成としては子供向けの魔道具数点に冊子を付録として前半を魔道具の説明、そして後半を合気柔術をベースにした架空の流派の説明に費やした。
特に合気柔術の件に関しては相当な力の入れ様で、簡易的ではあるが彼の知る数々の事柄が収録されることとなったようだ。それをデアゴスなんとか風に売るとかなんとか言っていたが詳しくは聞いていない。
既に僕は別の研究を初めていたので詳しい中身は知らないが、セオドールは完成時に非常に喜んでいた事は印象に残っている。
「大体出来上がったよ! ただ、中身はほとんど出来上がったんだけど、架空の流派だから名前が思いつかないな」
「そんなの適当でいいんじゃない? 子供向けの付録なんだしさ」
「うーん、適当って言われてもなあ」
付録に対する僕の興味自体は既に離れてしまっていたので、そっけない対応をしてしまったことは仕方がないことだとは思う。しかし、セオドールのネーミングセンスには難があることは僕も理解している。
流派名ねえ……。
「ちなみにその東方の国で一番強いって言われている人っていうと誰なの?」
「一番強い人、か。やっぱり塚原卜伝、もしく宮本武蔵かな」
そう言って、セオドールが漢字という文字で名前を紙に書き出した。丁寧に隣に読みを付けてくれるのはありがたい。
「姓が前で名が後ろだっけ? それじゃあ、塚本卜蔵が開祖の武術でツカモト流格闘術とか?」
「その場合だと塚本卜蔵かな。お、なんかそれっぽい雰囲気出てるな。でもなんで合気柔術じゃなくて格闘術なんだ?」
「いや大した理由は無いんだ。ただ付録の解説書には軽くしか目を通して無いんだけど、やけに好戦的で最初に聞いた合気道とも合気柔術とも別物になってしまってるように思えたからさ」
「はは、子供向けの解説書だから架空の武術なりに中二色を入れすぎちゃったよ。できれば合気は入れたいなぁ合気術とか? 今は継承者が失われてしまった最強の武術、ツカモト流合気術! これで決まりだ」
「セオドールはチューニ好きだねぇ」
「違いない。ははは!」
この馬鹿げたやり取りで一通りの完成を迎え、セオドールは早速手続きを進めて王都内で付録付き魔道具の販売を始めた。
販売開始から間もなくセオドールが制作に関わっているということが広まり、シリーズ化した魔道具はそれなりの数を売ることが出来た。子供向けの魔道具なので利益は微々たるものだったが、王都内の多くの子供達に喜んでもらえた事は魔道具の製作者として鼻が高かったのは非常に心地よい記憶である。
――短い時間の回想だが、マキナさんが発した流派名から記憶の中を引き当てるのには少々時間がかかった。マキナさんに殴りかかられた時に目にした動きと、僕自身の記憶にある合気柔術との齟齬が非常に大きいような気がするが、確かにセオドールが書いたツカモト流合気術の解説書をきちんと最後まで読んではいないので、僕自身もその疑念に対して確信を得ることは出来ない。
背中を何か冷たいものが伝うのを感じる。マキナさんの不敵な表情がやけに僕の感情に刺さる。
出来ることなら今すぐにでもこの場から消えていなくなりたい。しかし、今はその行動を諦めて言わなければならない一言がある。それは――
「何か、色々と、本当に、申し訳ない」
「なんで急にあやまるんだよ、てめえツカモト流合気術をバカにしてんのか!?」
「いえ、滅相もありませんデス」
マキナさんが訝しげにこちらの様子を窺っている。……ダメだ。申し訳なさすぎて、とてもじゃないが目を合わせていられない。




