ジークの決意
活動報告でも書きましたが、建築・土木支援ホムンクルスの名前をエレアノーラからファエルに名前を変更しました。
エステルの存在をすっかり忘れており、今回の話を書いてる最中に突如思い出しました。
「よし、これで完成っと。おお、中々いい出来じゃないか」
机の上に広げた魔道具の出来に満足しながら、その細部を見る。
結局そのまま部屋に篭もりっきりで目的の魔道具を一気に作り上げてしまった。
本来であれば呪いの魔道具自体はそれほど難易度は高くないのだが、微弱な呪いをきっちりと作用させる事は逆に難しかったりする。
難しいが理論的にはすぐに出来上がっていたので、ほとんどの時間は調整等に使うことができた。
これならきっとジーク達も気に入ってくれることだろう。
ふと、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ、アリスかい?」
「バーナード様、もしよろしければお食事を部屋までお運びしましょうか?」
アリスはドアを開けて中に入ってくると、僕の様子を窺うように声をかけてきた。
「ん、いや、丁度完成したところだから、これから食卓で食べるよ……ってもうこんな時間か」
普段なら食事時には食卓に行くので、今日はアリスが心配になって呼びに来てくれたようだ。
「でも珍しいな、いつもなら朝食の準備ができたら呼びに来てくれるのに」
まあ、研究に没頭してた自分が悪いのはわかっているので、どちらかと言えば逆に申し訳ない気分になる。
「朝もお声を掛けさせていただいたのですが、集中されていましたので……」
……ごめんなさい。ちゃんとアリスは声を掛けてくれていたようだ。
「そ、それよりどうかな? この魔道具は」
「……バーナード様らしいと思いますよ」
そう言って、アリスは微笑みかけてくる。
うん、この魔道具は久しぶりに力を入れたものだから、僕らしいと言われるのは純粋に嬉しいな。
昼食を済ませた後、僕はアリスと一緒にジークとエリーシャを訪ねて二人が作った孤児院に来ていた。
「はぁーい、少々お待ち下さぁい」
玄関の戸を叩くと、少し柔らかめの声が聞こえてくる。少し経って扉を開けて出てきたのは当然ジークでもエリーシャでもない。
腰まであるピンク色の髪の毛は、軽めのウェーブが柔らかい雰囲気を醸し出している。
そして特徴的な垂れ目とゆったりとした物腰は母性をより強く感じさせる。
彼女はジーク達の孤児院で住み込みで手伝っているホムンクルスで、名前をエステルという。
「あら、バーナード様こんにちはですぅ」
「エステル、頑張ってるみたいだね。今日はジークとエリーシャに用があって来たんだけど、二人共いるかな?」
「エリーシャさんは外に出てますけど、ジークさんならいらっしゃいますよぉ。少々お待ち下さぁい」
そう言って、エステルは奥にいるジークを呼びに行った。今日も奥からは子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
ジークとエリーシャが作った孤児院には現在、二十人弱の子供が養われている。
これは今の建物自体の限界があるためなのだが、近いうちにより多くの孤児を受け入れられるように拡張を計画しているとの事だった。
話を聞いた時には、まだ運営を始めて間もないというのに、性急に過ぎるのでは無いかと思ったのだが、その計画にはシェリルさんも一枚噛んでいるようなので安心することはできた。
異界都市において探索者の扱いが高いが故ということもあるのだろう。
閑話休題、子どもたちの元気な声に耳を傾けていると、奥からジークが出てきた。
その背中には小さな子どもが背負われている。
……意外にもその見た目がしっくりとくるのは、彼自身が決して無理をしていないということなのだろう。
「おう、連絡もなしに急に訪ねてくるなんて珍しいな。数日は忙しいんじゃなかったのか?」
そういえば今日は連絡してなかったな。確かにいつもなら連絡を入れてから訪ねている。
魔道具が出来たせいでちょっとだけテンションが上ってしまってたから忘れてしまっていた。
「そっちは思いの外、早く片が付いたんだ。で、今日はちょっと二人にお願いがあってね。エリーシャは……外出中みたいだね」
「まあ立ち話もなんだから中に入りな。エリーシャならさっき買い出しに出かけたところだから、多分すぐには帰ってこねぇぜ」
「そうか、それじゃあ先にジークに話すよ」
「帰ってくるの待ったほうがいっぺんに済むから面倒がないぜ?」
「あー、ちょっと待ちきれないかな」
「……まあ、バーナードがそれでいいなら良いけどよ。まあ入りな」
新作の魔道具をとにかく早く披露したくてうずうずしているので、少々面倒があっても早く話を進めたい。
僕とアリスはジークに促され応接用のソファーに腰掛けた。
孤児院のため来客はそれなりに多いようで、調度品も豪華すぎず質素すぎず整理されている。この辺りはエステルのアドバイスが色々と良い効果を出しているようだ。
それはともかくとして、心なしか目の前に座るジークの表情が硬いように感じる。
「で、お願いってなんだ? なんだか随分急いでるみてぇだが?」
「あー、ゴメン。本当は急ぎってほどでは無いんだ。新しくジーク達用の魔道具を作ったんだけど、早くお披露目したくてね」
「新しい魔道具? 道理でそれでそんなに嬉しそうにしてやがるわけだ」
少しだけ安心したのか、表情を少し柔らかくしていつもの表情に近づくジーク。そうか、連絡無しで急に来た上にお願いとか言ってしまったせいで、何か真剣に対応しなければならない事案だと思ってしまっていたようだ。
そんなジークを正面に見ながら少し含みのある言葉を選び発する。
「ジークはもう一段階上の強さに興味は無いかい?」
「一段階上、か。そりゃあそんな言い方されりゃあ気になって仕方がねぇな」
ジークも心なしか期待感が高まっているようで、神妙な顔をしつつも嬉しそうな気持ちがうっすらと漏れ始めている。
「それじゃあ、一つ質問。ジークは気って聞いたことがあるかい?」
「気? いや聞いたこともねぇな。それが今回のキーワードってことか?」
やはり気という概念はジークも聞いたことが無いようだ。百年経っているからもしかしたらとも思ったが、僕自身マキナさんから聞かなければ存在も知らなかったのは、特におかしなことでは無いようだ。
「そうだね。この気を操作に熟練することで魔道具で強化した時のように動くことが出来る。それをさらに魔道具で強化すれば――」
「そいつはすげぇな。もしかしてバーナードはこれまでもそれを使っていたってことか?」
「いや、僕とアリスもつい先日使えるようになったばかりなんだ。出来ればこの気の操作をジーク達にも習得してほしい」
「習得って言われてもな、何をどうすりゃ……って、つまりそのための魔道具を作った、と?」
「正解。今回の魔道具はその気の扱いのコツをつかむためのものなんだ。ただ結果には個人差が出てくるとは思う。あくまでコツをつかむためのものだからね」
ジークは既に前のめりになっている。しかし少々問題があることも話しておくべきだろう。
「ただ今回の魔道具は呪いの魔道具をベースにしているんだ。微弱な呪いにはしているから自分の意志で負荷を調整することは出来るのだけど、魔道具の特性上どうしても使用にともなって倦怠感は溜まってしまう」
「……だが、強くなれる。そうなんだろ?」
ジークが真剣な眼差しで僕に問いかけてくる。僕はその視線を受け止めしっかりと頷いた。
「なら勿論やるぜ」
「ジークならきっとそう言ってくれると思ってたよ」
「たりめーだ。男に二言はねえぜ」
ジークは当然のごとく振る舞い、受け入れてくれた。
彼ならばこの魔道具の使用者第一号としてふさわしいだろう。
僕はアイテムポーチから今朝作り上げたばかりの魔道具を取り出し、目の前の机の上に置く。
「こ、これは……また」
そしてその魔道具を見たジークは目を大きく見開き息を呑んだ。




