錬金術師
ようやく10話突破です♪
「ぱっと見、魔物は見当たらねぇが……、思ったよりも第一層を抜けた奴らは多かったんだな」
ジークが遠くの方を見ながらボヤいている。
あれ?確か僕たちは第一層のガーディアンまではかなり早い段階でついていたはず……。それに午前中に抜けていったパーティも数組と聞いていたはずなんだけどな。
そう思いながらジークの視線の先を見て理由がわかった。
「ああ、あれは――」
「トロールですね。人間に似ていますが、周りの木や岩と比べると大きいですね。四、五メートルはありそうです」
アリスに先に言われてしまったが、あれはトロールだ。遠目には人間に姿形が似ているので探索者に見えなくもないが、あれが人間だとしたら明らかに遠近感がおかしい。
それもそのはず、トロールの身長はだいたい四、五メートルくらいはある。
トロールには、わりと知性が高い個体もいたりするのだが、森の異界に出現している以上は知性に期待はできそうもないかな。きっと魔物としてカウントするべきなのだろう。
「アリスはよく知っているね。ありがとう」
「いえ、それほどでもありません」
先に言われたのは少し悔しかったが、そこは大人の対応で余裕を見せることにしよう。褒めながらアリスの頭をポンポンと撫でると、少しくすぐったそうにでも表情は嬉しそうだ。
「あ、アリスさんすげぇ為になりやがるぜ」
「いえ、それほどでもありません」
僕の行動をみて真似したくなったのだろう。ジークはアリスに近寄ると頭を撫でようとするが華麗に避けられていた。アリスの言葉は同じはずなのに、ひどく大きな差を感じるのは気のせいではないだろう。くじけるなよ、ジーク。
それにしてもアリスの知識は良い感じに広がりを見せているようだ。やはりセントラルへのアクセス権を与えたのは正解だったようだ。
こういうのをなんて言うんだったかな……あ、そうそうセオドール曰くググり力が高いってやつだな。あいつは時々変わった言葉を使っていたんだよな。……いけないな今は過去を懐かしんでいる場合ではないな。
「さて、あまりここでのんびりしているのも時間がもったいないから探索を始めようか」
僕の一言で全員の意識が探索者モードに戻ったようで、各自装備の確認を済ませた後、先の探索を始めることにした。
「って、やっぱり問答無用か! 知性の欠片もないじゃないか」
敵対心を煽らないように正面から友好的に近づき挨拶をしようとしたところ、問答無用で襲い掛かられた。くそっ。
先ほどのトロールにもしかしたら知性があって、平和的に草原を抜けることができないかなぁ。なんて甘い期待を抱いていた自分を殴ってやりたい。
だいたい知性がないならそんな探索者みたいな身なりをするなよ。紛らわしいだろうが。
トロールはリーチが長い上に武器までトロールサイズだから、間合いは余裕で倍以上ある。間合いから抜けるだけでも一苦労でなまじ人間に似ているので戦いにくい事この上ない。
こういう相手にはリーチの差を凌駕するスピードで対抗するのが一番なので、ジークには受けに集中してもらい僕とアリスがスピード勝負をかけることになった。
トロールは右手にショートじゃないショートソード、左手にスモールじゃないスモールシールドという、オーソドックスなスタイルだったのでアリスが右手側、僕が左手側に位置取る。
アリスは繰り出されるトロールの攻撃を立体的な動きで華麗に避けながら、トロールの間合いに入り剣を持っている手を切りつけ、また足を執拗に狙うことでトロールの動きはどんどん鈍っていく。
一方僕はというと、最初は牽制をしながら様子見をしていたのだけど、盾でできる攻撃種類などしれているし、トロールは受けることを主体に動いていたので早々に月読で切りつけ盾を真っ二つに切り捨てた。
剣と盾を失ったトロールは正面からジークの渾身の一撃を脳天に受け沈んでいった。
対トロールの戦利品は、ショートじゃないショートソードと、真っ二つに割れたスモールじゃないスモールシールド、それに魔石だった。
かさばるものばかりなので、バックパックに入れるふりをしてアイテムポーチに仕舞いこむ。
その後は数体のトロールを討伐した辺りで、水場を見つけたので、少し早いが今日の探索を終えることにした。
第二層に入ってからまだ他の探索者を見ていないが、かなり先行されているのだろうか?特に攻略時間を競っているわけでもないので構わないが……。
「――それじゃあ、昼の話の続きをしようか」
早めの野営となり食事の用意もできたので、昼間のジークの疑問に答えることにしたのだが……。
「ちょっと待ってくれバーナード、お前の事を聞く前に俺の話を聞いてくれねぇか? 別に秘密にしていることじゃねぇから、きっとお前の話に比べれば大した話じゃねぇんだが、今ここできちんと話さねぇとフェアじゃねぇ」
「……わかった、それじゃあ先に聞かせてもらうよ」
やはり根が真面目なんだろうな。初対面の印象はダメダメだったけど、決して悪いやつじゃない。
ジークは一つ大きな深呼吸をすると少し上向き加減に神妙な顔をして話し始めた。
「俺の目標は……、副都に孤児院を作ることだ。もう一度……いや副都だけじゃねぇ、可能なら各地に孤児院を作りたいと思ってる」
孤児院……か、ジークを見る限り孤児院となんて関係があるようには見えないけど、《もう一度》というくらいだジークは孤児院に何か強い思い入れがあるんだろう。それにしても……。
「えっと、なんというか――」
「志は立派ですが、確かに大した話ではないですね」
いや本当にアリスの言うとおり、志は立派なのだが……かしこまってこのタイミングで人の秘密と比べて話す内容ではない。
とはいえ、アリスに《大した話ではない》とか言われて明らかにヘコんでるのを見ると、少し可哀想になってきたのでフォローはしておこう。
「アリスの言うとおり志は立派だと思う。中々真似できることじゃない」
「お、おう。それで――」
《アリス》と《立派》の複合キーワードでジークは少し気を良くして話を続けた。
ジークは副都のスラム出身で、幼いころの記憶は曖昧にはなっているが物心ついた時には多分に漏れず盗みを働き生きていたらしい。
もちろん子供が一人で生きていけるわけもなく、たとえ仲間内で助け合いながらでもぎりぎり生きていくことが限界だった。
そんな綱渡りのような日々が、ある日突然転機を迎える事になる。
副都に立ち寄った旅の神父様が副都スラムの現状に孤児院を作って街の孤児たちを養い始めた。
それからは生活が一気に改善されて、日々の食事だけでなくちょっとした勉強まで教えてくれたそうだ。感謝などいくら言っても言い足りないくらいに……。
「……とはいえ、ずっと神父様の世話になるわけにいかねぇからよ、俺は働けるようになってすぐに傭兵になる道を選んだんだ」
ジークは傭兵になってから色々な戦場で戦い。そこそこ名が売れて日々の生活に困るようなことはなくなっていた。ところがつい最近、風の噂で神父様が病に倒れたという話を聞くことになった。
慌てて副都に戻ったのだが時すでに遅し、戻った時にはすでに神父様は亡くなっていた。それだけはない、すでに孤児院ごと無くなってしまっていたようだ。
「俺はなんとか孤児院を作り直したかったが、傭兵で稼いだ金じゃあ孤児院を作るだけならともかく続けていくことはできねぇ。仕方なく色んなとこに頭下げたが……結局金を集めることはできなかった。そこで俺は考えたんだ。天獄塔の探索者になれば孤児院くらいできるんじゃねぇかってな」
トライアル前の数日だけ調べた限りだが、確かに探索者になって天獄塔で安定して稼ぐことができれば、孤児院をいくつか作って続けていくことは可能かもしれない、が……。
「探索者になれたとしても、さすがにそれは難しいのではないのでしょうか。人員の確保はどうするつもりですか?」
アリスの指摘は的を射ている。探索者になれば孤児院を作り運営するお金は稼ぐことはできると思う。ただし、その肝心の孤児院はどうやって運営するつもりなのだろうか。
誰かを雇うにしても運営の代理をしてもらうわけになるのだから、それなりの信頼できる人物を雇い入れる必要がある。下手な人材を使おうものなら不正だって容易に起こりえるのだ。
ジークを見る限りそんな伝手があるようには到底見えない。人員の確保には相当な時間を要するだろうし、もしも条件にあう人が見つかったとしてもそのような人材であれば雇い入れる費用も高くなる。
「も、もちろん考えてるぜ。人は誰か雇えば良いんじゃねぇかと思ってる」
誰かって誰だ。……まあ、立派な話なのでうまく行って欲しい気はしなくもない。人員の確保か……、ふとアリスの方を見る。
信頼できる人員の確保だが僕ならば……近代錬金術なら十分可能。そうホムンクルスだ。
ホムンクルスは基本的に創造主に対して裏切るようなことはないし、その知識も十分な水準にある。今は賢者の石がないので数年しか生きることはできないが、魔核の元となる魔石は異界を探索すればうなるほど手に入ることだろう。
「――信頼できる人材には心当たりがないこともない」
「ほ、本当かよ! 是非紹介してくれ!」
少し考えてから口にしたのだが、びっくりするくらい食いついてきた。慌てるな。
「あ、慌てるなジーク。今すぐに用意することは難しいから……、まずはトライアルを抜け、無事探索者に成らないことには始まらないよ」
「わ、わりい。つい……な」
「それじゃあ、次は僕の番だね。……僕は錬金術師だ」
ジークの話が終わったので、今度は僕が話す番になった。どこから話せばいいものやらよくわからないので、ひとまず軽めに暴露してみる。
「魔道具作ったって言うくらいだからな、魔物の素材をしまってる時にも大きい素材でも全く困っていなかったからまさかとは思ったが……。錬金術師ってあの錬金術師のことか?」
「《あの》が何を指しているのかわからないけど、僕は錬金術師だよ。それに錬金術師による大量殺戮事件は冤罪だ」
ちょっと近代魔道具見せすぎたからかな。さすがに確信までは持っていなかったみたいだが、予想はしていたようだ。
「冤罪って……なんでバーナードがそんなことを知ってるんだよ。冤罪ならなんで錬金狩りなんて起きてるんだよ」
「申し訳ないが、その辺りの詳しい理由に関しては話すつもりはないし、聞いたら君の迷惑になるだろうから聞かないでおいたほうが良い」
話を聞いてしまえば、ジークのことだから魔術師連中に喧嘩を売りかねない。さすがにそれは避けるべきだろう。
「それで、できればこの話は他言は無用でお願いしたい。特に魔術師連中には気をつけてくれ、間違っても情報がもれるようなことはしたくないんだ」
「あたりめぇだ。誰にも言わねぇよ何度も心配すんな」
何度も確認されて心外なのか、胸を張ってポーズを決めてきた。ちらちらとアリスの方を向いているが、肝心のアリスは黙々と食べているので気づいていない。
「まあ、それを踏まえてなんだけど。ジークの装備を強化したいんだけど良いかな?」
「強化ってそんなことまでできんのかよ、錬金術ってなすげぇな。でもよ、どこか設備のあるところまで戻ることなんてできねぇぞ。それに金がねぇよ。高ぇんだろ」
「設備は準備出来ているから問題はないよ。別に金もいらない。その代わり好きにいじらせて欲しい。大事な装備なのはわかっているから悪くはしない。装備一式預けてくれれば今夜にでも全部強化しておく」
アイテムポーチの収納量を甘く見てもらっちゃ困るな。これくらいの資材は楽勝で収納できますよ。
「そういうことなら任せてもいいか? 最近……というより特に異界に入ってからお前たちの装備を見て、自分の装備では足りてねぇことは理解しているつもりなんだが、こんな場所じゃどうにもならなくてな。……あ、でもそうしたら今日の装備なしで見張りどうすりゃいいんだ?」
「ああ見張りなら、結界の魔道具動かしておくから必要ないよ。これまでも夜に魔物は出てないだろ?」
ジークが何か「見張りの意味ねぇ」とかぶつぶつ言っているが無視を決め込むことにする。
よし、とりあえずジークの許可はとったので、今夜にでも強化錬金を片付けてしまおう。ついでに何か付加してもいいかもしれないな……。なんかウズウズしてきた。
次回、ジークの武器が魔改造される!?