悪魔憑き
春のジャンル再編成は色々と考えることが出てきそうな予感
先程までディアナがいた場所を見ながら、モノクルに表示されている地図上のマーカーを確認する。
そしてディアナのマーカーが自宅に移動している事を確認したことで、今回の魔道具が正常動作を確信できた。
実証実験は十分に行っているので問題ない事は理解しているが、この手の魔道具を初めて対人に使用する際には、多少の緊張が伴ってしまうのは仕方がないことだろう。
ちなみに今使用した魔道具は、つい先日実用化に成功した物で、その名をインスタントポータルと言う。
予め用意しておいた地点と接続し対象を転送することができる。
これまで理論上では実現可能であるという確信は得ていたが、素材の限界で実現には至っていなかった魔道具だ。
セオドールが作った振り出しに戻る君と大きく違うのはもちろんネーミングセンス、だけじゃなくてその性能にある。
振り出しに戻る君は子機をもっている人物を記録地点まで移動させるものなので正確にはポータルではない。
しかしインスタントポータルは通常の設置型ポータル同様、空間を繋ぐことができるため対象は人物もしくは所有物に限らない。
通常のポータルは設置型でとても携帯できるような代物ではない。
このインスタントポータルはそれを実現したものになる。
実際に以前から小物の転送は実現できてはいたものの、素材の都合から人が通れるほどの大きさをもったポータルは実現できていなかった。
日々、異界産の素材に触れて研究を進めていた際には思い出さなかったが、マリナさんが持っていた振り出しに戻る君を見せてもらったことでこの魔道具のことを思い出すことが出来た。
これまで幾度と無く触れてきていて実感しているように、異界産の素材の品質が非常に良いおかげでこうして実用化に成功することが出来たわけだ。
異界化したおかげで家には容易に帰ることが出来なくなったが、その異界がもたらす素材はこの短期間で近代錬金術を大きく進歩させてくれた事には感謝したいところだ。
閑話休題、ディアナには悪いが今回の出番はここまでとさせてもらった。
本来ならこの場で回復させたかったのだが、ただでさえディアボロスの暗器による攻撃は予期せぬ方向から来るため、安全に回復できる保証はない。
この場では遅効性の麻痺毒の解毒を安全に行うことは難しいかも知れないので、そのまま自宅へ転送することにしたわけだ。
先ほどのディアナの様子を見る限りなら自分で自宅に備蓄しているポーションを飲むことはできるだろう。
回復次第必死で戻ってきそうではあるが、それまでには終わらせておこう。
ディアナには少々悪いことをしてしまった気もするので、後で謝っておかないといけないな。
と、心のなかで苦笑いをしている最中にディアボロスから視線を外していた事を思い出し、慌ててディアボロスが落下しているであろう方向へ振り向く。
てっきり身体を再生しながら落下していると思ったのだが、目の前で展開されている光景は予想とは少々、いや相当異なっていた。
ディアボロスの姿が先程までとは一部変質してしまっていたのだ。
遠目でわかりづらいが目の色が赤くなっているように見える。そして決定的に異なる部分が背中から広がるコウモリのような羽根。
羽根を羽ばたかせながらゆっくりと降りてくる様が意外にも立派に見えてしまったが、人の体に備わっている機能としてはとても異質に見える。
……ああ、そういうことか。
ディアボロスの異質な姿を見たことで、昔まだ僕が若かったころに王都で読んだ文献に書かれていた内容が思い出される。
『分析が完了しました。数件の事例が該当しました』
丁度セントラルの分析も終わったようだ。
モノクル越しに見えるメニューを操作しながら、答え合わせをする為に分析内容のリストを表示する。
リストの一件目には僕の至った答えとピッタリと合致する内容が表示されていた。
合致した以上は恐らくこれで間違いないだろう。
……悪魔憑き、か。
確かに知識としては知っているが、実際に目にしたのはこれが初めてだ。
この悪魔憑きが初めて歴史上に登場したのは、もう数百年以上も前の事になる。
残された文献によると、奈落より這い上がってきた悪魔がたまたまその場に居合わせた死刑囚に憑いたらしい。
奈落ってどこだよ? とか死刑囚が居合わせたってどういうことだよ? とか突っ込みどころが多いのは文献を書き上げた奴が脚色しまくった事が原因なのだろう。
まあ、それは置いておくとして、悪魔憑きとなった死刑囚を討伐するために王国の軍隊も投入されたのだが、討伐には至らなかった。
討伐に至らなかったというか、正確には軍隊を投入したせいで被害が増したというべきだろうか。
悪魔憑きになった直後はただ再生能力が高いだけの人間なのだが、幾度と無く再生を繰り返すことで力を増し、遂には今現在進行形で目の前で展開されているように準悪魔となるのだ。
そして、その悪魔憑きを退治した者こそが当時クローツ教の特記戦力だった聖女なのだそうな。勇ましいことだ。
つまり今回も過去の事例同様、やらかしてしまったパターンである。
僕は軽いめまいにも似た感覚を覚え額を指で抑えながら、現実逃避に興じたい気分を必死に抑えることにした。
上空からゆっくりと着地したディアボロスの姿を見つめながら考えを巡らせる。
悪魔憑きを討伐するためには対象から悪魔の力を引き剥がさなければいけない。
そしてそれには神の力を宿した神具や祭具が必要となる。
だからこそグレゴワール達は保有している戦力でディアボロスの捕縛が可能と判断していたのだろう。
……だったら持ってきてた神具貸してくれれば良いじゃないかグレゴワールよ。
まあ、グレゴワール的に自らが狙われるという予想外展開でパニクってしまっていたのだろうから、強く言ってしまうのは可哀想でもある。
「ドコヘ、ニガシタ?」
「さて、ね」
ディアボロスがディアナのいた場所を一瞥しそれからカタコトで問いかけてくる。
ずっとカタコトで話していたのは悪魔憑きの症状が相当進んでいたからなのだろう。
準悪魔化した影響だろうか、先程までとは異なりディアボロスの様子が高揚感を醸し出している。
増幅した力に酔っているのだろうか?
「マア、イイ。キサマヲコロシテカラ、ユックリトサガサセテモラオウ」
「僕としてはそう簡単に殺されるつもりは無いんですがね」
そう受け応えたものの、手元に神具が無いという事実には何ら変化はない。
いまからグレゴワールに借りてきても間違いなく潜伏されるだろうし、下手をしたら異界都市全体に被害が出てしまう可能性も考えられる。
……神具さえ手元にあればなぁ、ってあれ?
そういえば僕も亜神なんだった。それなら僕の魔道具も神具……には成らないな。
よくよく考えて見れば、先程からディアナと僕が魔道具を駆使して戦った結果が準悪魔化なのだから、魔道具が神具足り得ない事は現段階でほぼ実証されたことになる。
そこまで考えた辺りで、ディアボロスが羽根を羽ばたかせながら、こちらに向かって凄い速さで飛んでくる。
「ちょ、ちょっと待って……くれるわけ無いか! くっ!?」
咄嗟に構えた月詠で受け止めるも、先程までとは重さも速さも違いすぎる。
ディアボロスが無防備に間合いに入ったことで斬り返そうとも思ったが、すんでのところで思いとどまった。
斬りつけることはさほど難しくはないが、月詠で斬りつけたらほぼ間違いなくもっと力を増してしまうことだろう。
そんな僕の様子を見て、ディアボロスの口元が嬉しそうに歪み愉悦の表情を見せる。
まさかもう僕に勝ったつもりでいるのだろうか?
僕は次々と繰り出されるディアボロスの攻撃を受け流しながら、頭をフル回転させて次の一手を考えはじめた。
ディアボロス戦が終わったらこの章を締めることが出来そうだ。




