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賢者の石とエリクサー(一)

多くの作品に触発されて、ついつい手を出してしまいました。


カドカワBOOKS様から書籍化されました!

「これで……どうだ?」


 薄暗い研究室の片隅で、書類や実験道具で散らかった机に向かい、握りこんだ右手を見つめながら独り言をつぶやく。


 手を恐る恐る開いていくと、隙間から漏れる淡い赤色の光が暗い研究室を明るくしていく。

 ここまではいつも上手くいくんだよな、問題はこの光が安定するかどうか……。

 モノクルを左手で直しながら、その手の中にある親指の爪程度の大きさの石を見つめていた。


 僕の名前はバーナード・エインズワース、世界的に見ても五本の指に入るくらいに名前を知られた錬金術師だ。もちろん自称ではない……はずだ。

 まあ、それは良いとして今、長年の研究成果がようやく実ろうとしている。


 その研究内容とは賢者の石の錬成――伝説上で神より授かった例がいくつか語り継がれている石。これまで幾多の錬金術師が求め、その生涯をかけて全てをかけてなお、これまで錬成に成功した例は確認されていない。――そう、今僕の手の中で輝き続けている石のことだ。


 ――しばらく様子をうかがっていたが、手の中の石はこれまでにない安定した光を維持している。


 モノクルにオーバーレイされた鑑定結果には、確かに《賢者の石》と表示されている。


「おおぉ、ついに、ついに成功だ! だが、これからどうしたものかな……」


 喜びもつかの間、錬成が成功した事によって、新たな問題が僕の頭を埋めつくす。僕はこの生涯をかけて賢者の石錬成に成功した。そう《生涯》をかけてしまった。


 年齢はすでに六十歳を越えており、身体は重度の病に侵されている。病の原因は未だに不明であり、万能薬をもってしても治すことができない。


 恐らくだが、賢者の石の錬成過程で積み重なったものなのだろうとは思う。確実に身体を蝕んでいっており、正直なところあと一年持つかどうかも怪しい。余命幾ばくもないという表現がピッタリ当てはまるだろう。


 とはいえ、治る見込みが無いわけではない。一応一つだけ可能性は残されている。いや、その可能性は残されているというよりは、つい先程できたというべきか……。


 その可能性とは、賢者の石を材料として作られるエリクサーを飲むこと。伝説通りであればエリクサーによって治せない病は無いはずだ。


 問題は錬成した賢者の石が伝説通りの効能を発揮するかどうか。鑑定結果に《賢者の石》と出ているし、自身の錬成成功を疑っているわけではない。ただ、臨床実験が全く出来ていない。


 時間さえ許すのであれば、最低限自分が安心できるレベルまで持って行くことは可能だとは思う。ただし、僕にはもう時間があまり残されていない。


 あと数回分の素材はあるが、これまで消費した量を考えれば、とても成功するとは思えない。そうなれば、新しく素材を集めるだけでも数年を必要とする。


 もう一度錬成することなど、まず無理だろう。


 ……これ以上は考えたところでどうにもならないか……。よし!


 頭を切り替え、机の横にあるストレージから取り出したポーションに賢者の石を溶かし始める。

 実のところ液体はポーションである必要はない。賢者の石はその力が強すぎるので、それこそ汚水に混ぜても構わなかったりもする。ポーションを使ったのは気休め程度の理由でしかない。


 握った感触は非常に硬いが液体には溶けやすいようだ。


 元は薄い赤色だったポーションが血のように濃い赤色に変わっていく。――モノクルに表示される名前は、もちろん《エリクサー》となっている。

 このあたりは伝承通りだが、一点だけ伝承と異なる点がある。それは……物凄く臭いということだ。

 どう表現したものか悩むが、今意識を保つのに精一杯なほどである。本当に、こういう大事な事はきちんと記録に残しておいてほしいものだ……。

 ね、念のため寝室のベッドに移動してから飲むことにしよう。




 ――準備は万端だ。あまりの臭いに耐えきれなかったので、即席だが臭いをレジストする魔道具を作って身に付けている。

 よし、後は飲むだけ――から、すでに一時間が経過している。


 ベッドに腰を掛けて、右手に握りしめたエリクサーがまだ飲めない。うん、やはり少しだけ怖い。あの衝撃的な臭いが頭から離れない。……明日に先延ばしにするか?


 だが明日、急激に調子悪くなったりしたら、エリクサーを飲めなくなるかもしれない……それでは大きな悔いが残る。


「くそっ、うまくいってくれよ!?」


 決心とともに、一気に瓶の中身を飲み干す。


 ……うっ!臭いだけじゃなくて味も酷い!苦い、苦すぎる!それに目まいが……くっ……ダメか!?


 強烈な目まいに襲われ意識が奪われていく――。




 ――気が付くと、辺りの景色は一変していた。

 先ほどまでの薄暗い寝室ではなく、見渡す限り広がる雄大な空、足元を見ると地面ではなく海が広がっている。

 美しい景色に感動したが、すぐにそれどころではないことに気づいた。

 足元は海だ。つまり空に浮いている。


「……うわっ、ここは!? 一体何が起きて……」


「おめでとう、ここは生命の海だよ」


 驚いて振り向くと、そこには黒髪の少年が宙に立っていた。突然後ろから声が掛かったので心臓が止まるかと思った……。


 見たところ十代少し過ぎたくらいだろうか、男の子にしては少し長めの黒髪に整った顔立ち、愛嬌のある笑みを浮かべた姿は中性的な雰囲気も感じられる。こんなところに居るのだからただの子供ではなさそうだ。


「ようやく会えた。待ちきれなくて呼んじゃったよ。凄いね君! まさか本当に賢者の石を錬成しちゃうなんて、ホントに世界が滅ぶまでありえないレベルの確率にしておいたんだけど。しかも、一発本番でいきなりエリクサーにして飲んじゃうし、あの臭いと味でよく飲む気になったね。君、頭がおかしいんじゃない?」


 突然ハイテンションで話しかけてくる少年。妙に馴れ馴れしいが、一体何者なのだろうか?


「ん、ああ、ごめんごめん。自己紹介が遅れたね。僕はクローツ。君がいた世界を作った者だよ、君たちの言葉で言えば神ってところかな。こんな見た目してるけど、この世界を作るずっと前から存在している。そして、ここは僕が管理している世界の生命が、輪廻転生するための生命の海さ」


 クローツと名乗る少年は自慢気に手を広げ、くるりと回りながら語った。ってあれ、今声に出してたか?


「心の声は聞こえるから大丈夫だよ」


 おっと、失礼なこと色々考えてしまった。ってクローツ!?もしかして、あの最高神クローツのことか?だけど記憶にある見た目と全く違っている……。


「人間は疑り深いからね、神託下ろすときはそれっぽい見た目に変えてるんだ。こっちの姿が本当の姿だよ」


 まあ、確かに少年から神託を受けるよりは、威厳のある容姿をしている神から受けたほうが信じる事ができるだろうけど。何か釈然としない……でも見た目は大事か……。


「その神様が、なぜ僕の目の前にいるんでしょうか?」


「クローツで良いよ。今回は自己紹介と手伝いを兼ねてってとこかな。エリクサーを飲んだ君は、晴れて僕と近い存在になったんだ。まだ大した力は持って無いけどね。再構成に時間がかかってたみたいだから、待てなくなっちゃって手伝いがてらここに魂だけ呼んだんだ。再構成してる間だけで良いから話に付き合ってよ。ああ、話が終わったら元の場所に戻れるから」


 そんなに心配はしなくて良いよ、と話し続け。


「実は、君がいた世界に余興でばら撒いた、賢者の石のレシピは、一つを除いて偽物ばかりだったんだ。例えば百万人の命を生贄(いけにえ)とするとかね。正しいレシピは一つだけ。しかも正しいレシピを使用したとしても、出来上がるのは酷い臭いと味な上に、成功確率は一億分の一にも満たない。まさしく冗談のような確率でしょ」


 あの味の犯人はお前か……、悪戯にしてもあれはやりすぎだ。しかも一億分の一未満だって!?僕が想像していたよりも、更に低い確率か……。よく成功したな。って神様が確率押さえてるなんてずるくないか?


「まあそう言うなよ。そしてさっきも言ったように、君は僕に近い存在になった亜神(デミゴッド)というべきかな。もう数億年以上現れてなかったから、実のところちょっと興奮してるんだ」


 た、確かに凄く食い気味に話しかけてきているから、嘘ではないのかもしれない。

 神様はもしかして《ぼっち》だったりするのか?クローツの話は途切れることを知らないようだ。


「《ぼっち》とか言わない。ただ注意しないといけないのは、神とは言っても不死者(イモータル)な存在になったというわけでは無いんだ。病気はしないけど怪我もするし、もちろん力尽きれば、死ぬことだって当たり前にありえる。それは僕も同じ。ただ僕たちは少し特殊な力を持っている」


「特殊な力……ですか?」


「そう! 君には特別に教えてあげるよ! まずは《眷属》、自分が生み出した生命体の存在が自分の力となる。僕を例にすると、この生命の海に繋がる全ての生命体は僕が生み出した。つまり僕を殺すためには、全ての生命を滅ぼせるだけの力がないといけない。そしてもう一つは《加護》、生命体に加護を授けて自分の力を分け与えることができる」


 《眷属》に《加護》か、確かに神様っぽいな。その力を手に入れたということか……。今のところ実感が全く湧かないが、いずれ実感することになるんだろうか?


「ただ残念なことに、君には眷属がいないんだ。君がいた世界の全ての生命は、僕の眷属だから君の眷属にはなりえない。君は僕みたいに、生まれながらの神ではないから、新しく世界を作ることも出来ないし、ましてや生命を産み出すことも出来ない。つまり君の力は、君一人の力でしか無い」


 あれ?それって、力が無いのと同じじゃないか?せっかくすごい力が手に入ったと思ったのに……。


「まあ、それでも人間としての力とは別に、自分の神としてのがあるわけだから、人間の頃に比べれば倍の力を持っていることになるんだけどね。君は賢者の石を錬成しちゃうくらいだし、今は無理だけどもしかしたら、眷属を生むことが出来るようになるかも知れないから、そこは今後に期待ってところだね」


 楽しそうに話し終えると、クローツは少しだけ残念そうに口を開く。


「あー残念だけど、そろそろ時間だ。ホントはもう少し話してたいんだけど、再構築が終わったら魂が引き戻されちゃうから仕方がないね。僕もこう見えて結構忙しいから、次に会えるのは早くても百年後くらいかな。これから少しだけ大変だと思うけど、頑張ってね。次を楽しみにしてるよ」


「え、大変って何? ちょっと待ってください!」


 最後に気になる言葉を残してクローツの声がフェイドアウトし、再び意識が遠くなっていく――。


神様はぼっちなので食い気味に説明します


本作品では魔法とは魔法現象の事になります。

魔法を詠唱等の術理で発現するものを魔術と呼び、それを行使するものが魔術師です。

同様に魔法を道具で発現するものを魔道具と呼び、それを作成するものが錬金術師となります。

錬金術はポーション等を作ったり、道具に理を付加して魔道具を作ったり、装備品の強化などを行うことが出来ます。

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