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元引きこもりの学園生活  作者: ポニーのテール
第0章 旅立ち
3/6

救世主現る

「っ……ぐ、くそ……」


 砂埃が激しく舞う中、カエンは必死に目を開こうとする。

 起死回生を願った魔法はあえなく失敗。

 強力な爆発を起こした結果すぐ目の前すら見えないこの砂埃だ。


「ハク……ごほっ、ハク! いるか!」


 せき込みながら、幼馴染の名を叫ぶ。

 魔法が失敗した際、術者が受ける被害はほとんどない。

 そのためカエンは少々薄汚れたぐらいで目立った外傷はなかった。


 だが、すぐ近くにいたハクもそうとは限らない。

 白魔法による防御をしていたといっても、キャパオーバーな威力を受ければその魔法は当然役に立たなくなる。


「か、えん……」


 細く、小さな声をカエンの耳がとらえた。

 声を頼りに、見えない砂煙の中を歩く。


 ハクはすぐ近くにいた。だが、地面に横たわるその体は擦り傷だらけだ。


「ハク! 大丈夫か!」


 すぐに駆け寄り、ハクの体を抱きかかえる。

 幸い傷は浅く、命の心配はなさそうだ。

 しかし、これでは逃げるのがより一層難しくなった。


「いつつ……。まいったな、これじゃ、動けそうにないや……」

「ごめん……ごめん……!」


 目の前のぼろぼろになった幼馴染を見て、申し訳なさそうに謝るカエン。

 その姿を見て、ちょっとムッとしたハクがカエンにデコピンする。


「いたっ!?」

「ちょっと、失敗するのは覚悟の上でやったんでしょうが。こうなったのは私のせい。なんでカエンが謝ってるのよ」

「……いや、だって……」

「はあ……。だいたい、謝るよりここから逃げるのが先決でしょうが」

「うぐ……」


 正論を言われてカエンはぐうの音も出ない。


「ったく、あんたはホント……、どうしようも……な……い」

「ハク……!?」


 突然ハクが意識を失い、一瞬もしやと思ったが、どうやらただ眠っただけのようでカエンは安堵した。

 そしてカエンはハクに言われてようやく自分たちの状況を思い出した。

 あのロックベアはどうなったのだろうか。

 あれほどの爆発で、さすがに無傷ということはないだろうが、倒せたという自信もない。


 そろそろ砂煙も晴れてきたと思い、入口のほうに目を向けた。

 カエンは、その光景を見てもはや笑うしかなかった。


「おいおい……冗談きついぞ……」


 そこには、よろよろと立ちあがろうとするロックベアの姿があった。

 ダイダメージを受け、ぼろぼろなのは見てわかるが、まだ動けるというのだ。

 このまま接近戦へと持ち込まれれば、二人は必ず負けるだろう。

 たとえ相手がぼろぼろといえど、だ。


「≪火炎槍フレイムランス≫!」


 すぐにとどめをさそうと考えたカエンは、火炎槍で決着をつけようとした。

 だが、火炎槍は出現せず、魔法は不発に終わった。


「そんな……!」


 魔力の枯渇。

 先ほどの紅炎で、残っていた魔力をすべて使い果たしたのだ。

 おそらく、もう小さなともし火程度の火しか出ないだろう。

 まさに絶対絶命である。


 ロックベアは完全に起き上がり、殺意をむき出しにしてゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

 カエンたちに対抗するすべはもうない。

 ロックベアから逃げることを、半ばあきらめたその時。


「助けてあげようか、少年?」

「!!」


 洞窟の入り口から、誰かの声が聞こえた。

 聞き覚えのない声だが、おそらく女性の声。

 入口に目を向けるが、その容貌は暗闇でよく見えない。


「誰だ……あんた」

「私がだれかは今はどうでもいいことなんじゃないかな? 重要なのは、君に生きる意志があるか、ないかだ」

「生きる……意志?」


 相手の言葉を復唱する。

 今こうしている間にも、ロックベアは距離を詰めてくる。

 向こうも満身創痍で、もはやカエンたち以外に意識を向ける余裕がないのだろう。


「そう、これからも幼馴染に甘えながらだらだらと引きこもり生活をしていくんじゃ、死んでいるのと同じさ。もしも、自分を変えたいと願っているのなら、前に進もうと思っているのなら、私は手を貸そう」


 謎の人物の言葉で、カエンはハクをみて考える。

 もしも、もしも自分が熱心に魔法の練習に励んでいたならば、結果は変わっていたのだろうか。

 この人を傷つけずに助け出すことができたのだろうか、と。


 カエンが引きこもり始めたのは、父親が死んだ日からだ。

 母親はカエンが生まれてすぐに病気で亡くなったため、その日からカエンは孤児となった。

 親戚が引き取ろうとしたが、カエンは家に残ることを選んだ。

 父親との思い出が残っている家を手放したくなかったのだ。

 それからというもの、カエンは父親が残した本を読みふけった。

 その姿はまるで父親とのつながりを必死に求めているようであった。

 大好きな父親と繋がっている。そんな錯覚に陥った。


「そろそろ……親離れしないとな」


 カエンは考える。

 思えば、きっかけはいつでもあった。

 きっかけはいつでもこの幼馴染が与えてくれていた。

 外に出るきっかけは。

 自分はその幼馴染に甘えていたんだと。


 カエンは覚悟を決め、はっきりとこう告げた。


「いい加減、逃げるのはやめだ。頼む、助けてくれ」


 そういったとき、暗闇でわからないはずなのに、謎の人物が笑ったように見えた。


「いい顔だね。うん、君を信じよう。」


 そう言って謎の人物は意識をロックベアへと向けた。


「≪火種(ファイアシード≫」


 豆粒大の小さな火が数個、ロックベアの岩の関節の隙間に入り込んだ。

 ロックベアも自信の身に生じた違和感に気づき、動きを止める。


「≪発火イグニッション≫」


 次の瞬間、ロックベアの体が炎に包まれた。

 ごうごうと燃え盛る炎は、ロックベアがいくら暴れ狂っても消える気配はない。

 そしてそのまま、ロックベアは息絶えた。


 一瞬。

 まるで、片手間の作業かのようにロックベアが倒されてしまった。

 そのロックベアを倒した謎の人物が近づいてくる。


 ロックベアを包む炎がその顔を照らす。


「初めまして、だね。私はイグナ=ハイド。迎えに来たよ、16代目赤の戦士、カエン=アルバーン」


 その人は女性だった。

 彼女を照らす炎よりも、さらに紅い紅蓮の髪と瞳。

 体をおおうローブから、彼女が魔法使いであることが見てわかる。

 いや、たとえ彼女がどんな服装であったとしても、先ほどの光景を見せられればだれもが魔法使いだと思うだろう。


「え……は? 迎えに? 16代目? ていうかなんで俺の名前知って……」


 イグナがならべた聞き覚えのない単語に混乱するカエン。

 だが、イグナはカエンの質問など無視してその手をとる。


「詳しい話は後にしようか。今は街に帰って、その子の治療をするべきじゃないかな?」


 イグナの目線の先には、カエンに抱えられたハクがいた。

 命に別条があるわけではないが、体中擦り傷だらけだ。

 治すのなら、早いに越したことはない。

 というわけで、二人はさっそく街に戻ることにした。




「で、結局何者なんだあんたは」


 場所は変わって、カエンの家。

 ハクはちゃんと家へと返してやった。

 傷だらけの娘を見た父親が一瞬激怒の顔色を浮かべたが、イグナとふたりで何とか事情を説明した。

 納得したかどうかはわからないが、ハクが目を覚ました後で話してくれるだろう。


 そして今現在、カエンはイグナを問い詰めていた。


「どこから説明しようか……。第一魔法学園からの推薦状は見た?」

「確かに見たけど……それがどうかしたのかよ」

「私はその学園の二年生でね。君を迎えに来たんだ」


 迎えに来た、という言葉を聞いて洞窟でのできごとを思い出す。


「そういえばさっきも言ってたな。あと『16代目赤の戦士』とか……」


 そのことを言うと、イグナは「ああ、それね」といって説明してくれた。


「学園長が千里眼の使い手なのは知ってるかな?」


 その質問にカエンはうなづいた。


「毎年千里眼によって才ある者たちが選ばれる。その中から、特別秀でた7人が総じて『七色の戦士』といわれてる。そして君は赤魔法の使い手として選ばれたってわけだ」


 だんだん何を言ってるのかわからなくなってきた。


「えっと……。つまりどういうことだ?」

「まあ簡単に言うと、君は赤魔法の才能が一番すぐれてるっていうこと。この世界のだれよりも、ね」


 そう言ってなぜかドヤ顔を浮かべるイグナ。

 対するカエンは、あまりのばかばかしさにため息をついた。


「アホらしい……あいにく俺は魔法の才能なんてないし、もしあっても学園にはいかないって決めたんだ」


 それを聞いて、イグナは「ふーん」とつまらなそうに言った。


「千里眼に間違いはないよ。少なくとも今までは。あと、いかないって言ってるけど……変わるんじゃなかったの、きみ?」

「え……?」


 イグナは立ち上がり、カエンを見下ろしながら言った。


「まあ、無理強いはしないけどさ。いかないのなら所詮、その程度だったってだけで」


 それだけ言うと、出口へ向かいドアを開けた。

 そして外に出て、扉が閉まる直前。


「明日の朝7時、この家の前で馬車を待機させておく。いくかどうかは、君の自由だよ」


 その直後ドアが閉まり、カエンは一人、静かな家に残された。

 カエンはしばらく、うつむいたまま動かなかった。

 そして洞窟で助けてもらった時のことを思い出す。


「そういや、そんなこと言ったっけな……俺」


 ハクを守れなかったのは、自分の力が未熟だったから。

 昔、思ったことがある。

 強くなくても、自分の近くにいる人さえ守れればそれでいいと。

 そう思っていながらこのざまだ。


 母は死に、父も死に、幼馴染は守れず、目の前の変わるきっかけすら捨てようとしている。

 何が変わりたいだ。何が、もう甘えるのはやめようだ。

 威勢のいいことを言っておきながら、結局は現状を維持しようとしている。


 そして何より、今もなお、この家に残る道を選ぼうとしている自分が厭になる。


「情けねえ……」

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