引きこもり外に出る
「夜か……完全に昼夜が逆転してるな」
カエンが目覚めたとき、日は沈み窓から見えるのは星空だった。
自身の生活のダメっぷりには、もはや笑わずにいられなかった。
起きたばかりで言うのも変だが、夕食を食べようとリビングへ行くと、見計らったかのようにドアがどんどんと叩かれる。
昼の出来事を思い出し、ハクがまたやってきたと思いいやな顔をしてドアを開けるが、そこには予想外の人物が立っていた。
ハクの父親だ。
実を言うとカエンはハクの父親が苦手だ。
引きこもりの自分を見下す目。
ハクがカエンと仲良くしているのもよく思ってなく、自分を毛嫌いしているのを知っている。
だからカエンも彼を嫌うのだ。
「……なにか?」
「娘が来ているかと思ったが……違うようだな」
ハクの父親は、明かりがついていないリビングをみて娘がいないと思ったのか引き返そうとする。
「あ、あの、ハクがどうかしたんですか?」
ハクのことが気になり、思わずひきとめる。
ハクの父親は、一瞬考えた後、小さく舌打ちをして答えた。
「娘が昼から帰ってきていない。魔物が凶暴化しているという噂もあるし、街の外にはいないと思うが……」
――――ハクが……?
「あっ、おい!」
気がつくとカエンは走り出していた。
目指すはただ一つ。幼いころ、二人が見つけた秘密の場所。
何か悩みがあると、ハクがそこに行くことをカエンは知っている。
もしハクがいくとしたら、カエンにはそこしか考えられなかった。
「はぁっ、はぁっ! ハク! どこだ!」
息も途切れ途切れになりながら、カエンは目的の場所までやってきた。
途中で魔物に遭遇しなかったのは奇跡に近い。
たどりついた場所には、小さくてきれいな湖があった。
昔はこの湖でよく遊んだものだなどと、のんきなことを思い出す。
そういえば、とカエンはもう一つ思い出した。
この近くには、カエンが魔法に失敗した例の岩山と接する場所がある。
そこには確か洞窟があったはずなので、ハクはもしかしたらそこにいるかもしれない。
周囲に魔物がいないか警戒しながらいってみると、洞窟の中からわずかに明かりがもれていた。
急いで洞窟の中に入ると、そこには壁を背もたれにして眠っているハクがいた。
ハクは左肩をけがしていて、止血用に使っている布は赤くにじんでいる。
「おいハク、ハク」
「……ん。カエ、ン……? なんでここに……」
眠っているハクの右肩をゆすって起こす。
目をこすりながら起きるハクを見て、傷は浅いようだと思いカエンは安堵した。
「いったいなにがあったんだ?」
「えっと……確か私、あのあと湖までいって……。……うん、そうだ、そこで魔物に襲われたんだ」
「魔物って……でも、この森に出るレベルの魔物なら十分倒せるだろ?」
この森に生息する魔物は非常にランクが低い。
そのため、兵士を目指す子供が初めて魔物を倒すときによくこの森が使われる。
ハクも、そして俺ですらこの森の魔物なら楽に倒せる。そのはずだ。
「そ、それが……なんでか知らないけど、ロックベアが出たの!」
「ロックベア……!?」
ロックベアは岩山に生息する魔物の中でも上位の魔物だ。
しっかりと訓練を継いだ兵士でなければ、倒すのは困難だろう。
だが、おかしい。
「ロックベアがなんで森にいるんだよ!?」
「知らないよ! でも私、ここに逃げ込んだとき、怖くて、夜になっても一人で……」
「ハク……」
震えてるハクをみて心配するカエン。
「誰か来てくれたと思ったら……。……よりにもよってカエンだからなあ……」
「んなっ、なんだよそれ!」
「だってカエンじゃ何の頼りにもならないもん」
「あーそうですか! ったく、助けに来て損した……」
「別に助けに来てくれなんて頼んでないわよ!」
「あーはいはいそうですね! 俺の勝手な行動ですねどうもすみません!」
そうして二人でにらみ合い、同時に噴き出した。
「あはははは!」
「ったく、なんでこんな時まで喧嘩してんだろうな俺たち」
「まあまあ、喧嘩するほど仲がいいってことじゃないの?」
「自分で言うか。まあ、ロックベアが森に出ていることは謎だけど、とりあえず今は帰ることが先決だろ」
「うん。ロックベアに出会わないように気をつければなんとかなるだろうし」
「うしっ! じゃあ早く帰るか!」
カエンは立ち上がり、ハクに手を差し出す。
「うん!」
ハクはカエンの手をとり、立ち上がった。
そしてそのまま洞窟を出ようとした時、不幸が二人を襲った。
「そんな……」
「おいおいうそだろ……なんでこんなときに……」
ロックベアが、のそり、のそりと思い足音を立てて洞窟に入ってきた。
前方はロックベア。後方は少し進むと壁で行き止まりだ。
逃げ場無し。絶体絶命である。
「くそ……ハク、何か武器は?」
「持ってないよ。すぐに帰るつもりだったもん……」
「となると、使えるといったら魔法ぐらいか」
しかし、相性が悪い。
ここで大まかに魔法について説明しておくと、魔法は大きく7つに分けられる。
火を扱う赤魔法。
水を扱う青魔法。
自然を扱う緑魔法。
雷を扱う黄魔法。
闇を扱う黒魔法。
光を扱う白魔法。
そして以上の6つのどれにも当てはまらないものは、まとめて無属性魔法、零魔法と称される。
カエンは赤魔法、そしてハクは白魔法を専門的に扱う。
だが、岩の体を持つロックベア相手に赤魔法はあまり効果がなく、白魔法は防御専門の魔法なので攻撃はできない。
実質、ふたりがロックベアに勝てる見込みはない。
「だからってあきらめるわけにはいかないよな……! ≪火炎球≫!!」
空中に5個の炎でできた球が出現する。
火炎はそれを自在に操り、ロックベアのほうへと飛ばした。
だが攻撃を食らったロックベアはびくともせず、ただ表面が焦げただけだった。
ダメージがあるようには到底思えない。
「くそっ……。まだまだあ! ≪火炎球≫!」
先ほどの倍となる10個の火の玉が出現した。
これ以上増やすと複雑な操作が難しくなるが、ただ飛ばすだけならばさらに倍の数まで行けるだろう。
今度はまっすぐ火炎球をロックベアへと飛ばす。
が、やはり結果は変わらず、ロックベアはひるむことなく近づいてくる。
距離が5メートルにまで詰まった時、突然ロックベアが飛びかかってきた。
「なっ、まず……!」
まだ距離があるからと安心していたカエンは完全に反応が遅れてしまった。
このタイミングではもうよけるのは難しい。
「≪守護神の盾≫!!」
突如、カエンとロックベアの間を銀色の光沢を放つ盾が隔たる。
ハクが使える白魔法の中で最も強力な防御魔法、守護神の盾だ。
たいていの物理攻撃なら防げる強力な魔法である。
さすがのロックベアも守護神の盾は破ることができず、鈍い衝突音を鳴らしながらひるんだ。
「大丈夫!?」
「悪い! 助かった!!」
間一髪助かったカエン。
だがいまの魔法はどうやらロックベアを怒らせてしまったらしく、殺気が肌にひしひしと伝わってくる。
カエンは、先ほどのこともあるので数歩後ろに下がって距離をとる。
(火炎球じゃ効果がない……。なら少しやり方を変えるか)
「≪火炎槍≫!!」
空中に現れたのは、3つの細長い棒状の炎。
火炎球とは違い、一点突破を目的とした魔法だ。
範囲は狭いが、その分威力は火炎球よりはるかに上回る。
「いけえ!」
3本の火炎槍はとてつもない速度でロックベアへと突っ込んでいく。
ドドド、と音を立てて火炎槍がロックベアを襲う。
だが、結果から言えばロックベアはひるんだだけでダメージはなかった。
ひるんだ分火炎球よりは効果的なのだろうが、ここまでくるとその程度の差はあってないようなものだ。
そうこうしているうちにもロックベアは距離を詰めてくる。
それに合わせて、カエンとハクも後ろに下がる。
だがもうすぐ行き止まりとぶつかってしまう。
このままではじり貧だと思ったカエンは、賭けに出る。
「ハク、できるだけ強力な白魔法使って」
「え……? それはいいけど、いったい何するの?」
「ちょっとばかし強力な魔法を使ってみる……。でも、8割方失敗すると思うから、その時はごめん」
そう言ってカエンは一歩だけロックベアとの距離を詰める。
「ち、ちょっとカエン!」
「いくぞ!」
「ああもう……こんなときだけ頑固なんだから! ≪魔法防御室≫!!」
ハクの身を透明な壁が守る。
全方向からの魔法による攻撃を防ぐ魔法。
とりあえず、これで失敗しても最悪な事態は防がれるだろう。
「うしっ……。いくか」
手のひらをロックベアへと向け、意識を集中する。
火炎球や火炎槍とは火にならない威力の魔法。
その分扱いは難しく、一瞬の気の緩みが失敗へと繋がる。
魔法が失敗した場合、どうなるのかはそれぞれだが、赤魔法は基本的に強力な爆発が発生する。
威力としては申し分ないが、味方への被害も尋常ではないので、初心者の赤魔法使いが最後の手として使っている。
まさに、このような状況のときに。
「頼むぞ父さん……、こんなときぐらい、おれたちのこと守ってくれよ……! ≪紅炎≫!!」
死んだ父親が最も得意とし、頼りにしていた魔法紅炎。
超高温の炎を放出するという単純な魔法だが、単純ゆえに威力が強力で、そのぶん使いこなすまでに十分な力量が必要となる。
この魔法が成功すれば、ロックベアはたちまち超高温の炎に跡形もなく溶かされるだろう。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
ひきこもりで、普段から生活で最低限の魔法のみ使っていたカエンに、いきなりそんな大技が成功するはずもなかった。
一瞬成功を期待させたその炎は、収束して次の瞬間爆発した。
その爆風は、あたりの何もかもを飲み込み広がっていった。