引きこもりの少年
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王都立第一魔法学園。
世界一と称される大国、ウェルス王国に七つある魔法学園の一つ。
この学園に在籍、もしくは卒業したという経歴は一種のステータスとなる。
多額の入学金、そして学費を卒業まで払い続けること。
在学中の費用の一切を免除という条件付きの推薦入学。
この二つが――魔法を使えるという前提つきで――魔法学園に入学する条件である。
そして、ここにもまた、学園からの推薦状をもらったものが一人―――――。
「カエン! カエンいるんでしょ! 今すぐ出てきなさい!」
街がにぎわう早朝。
ある一軒家の中では、その街の賑やかさがやってきたかのように騒がしかった。
ドアをどんどんと強くたたく音。カエンという誰かの名を叫ぶ少女の声。
その二つの大きな音により、木製のドアがゆっくりと開かれる。
「……なんだよハク。朝からうるさいなあ」
部屋から現れたのは、14、5歳ぐらいのまだ幼い少年だった。
寝起きだったのか、髪はぼさぼさで顔はまだ半分眠っている。
彼はカエン=アルバーン。深紅の瞳と髪が特徴的だ。
「うわくっさ。あんた、今度は何日こもってたのよ」
先ほど騒がしかった少女は、いまは鼻を押さえ顰めつらをしている。
彼女はハク=シャーリー。カエンの幼馴染である。
カエンの燃えるような髪とは対照的な、純白の瞳と髪が特徴的だ。
「んー……たぶん1か月以上はいたと思う」
「いっか……はぁ!?」
そう。
彼は所謂、『引きこもり』であった。
「ああもう、先に風呂に入りなさい! 話はそれから!」
「へいへい……。ったく、なんなんだよ」
突然やってきたハクに押し切られ、カエンは風呂に入ってきた。
「で、話って?」
「ほら、これ見て」
カエンが風呂からあがってきて、二人はリビングに集まった。
四人掛けのテーブルに、向かい合うように座っている。
そしてハクが机に置いたのは一通の手紙。
宛名はカエンになっている。
すでに一度開封された跡がある。が、カエンは読んだことはもちろん、こんな手紙見た記憶もない。
「勝手に読んだな」
「いいじゃない別に。あんた、こういうの読まずにいきなり捨てるんだから」
「そりゃそうだけどさ……。で、これがどうしたわけ?」
「いいから読んでみなさい」
ハクに言われ、しぶしぶ手紙を手に取る。
その手紙の内容は、要約すると王都立第一魔法学園からの推薦状だった。
「……で?」
「で、って……あんた本気で言ってるの!?」
「こんなの誰かの冗談だろ。こんな国境沿いの辺境の町に、しかもおれみたいな引きこもりのところに来るわけないだろ」
カエンが呆れ気味に机に放り投げた手紙をハクが拾う。
そして、その手紙に書かれている差出人の名前を指し示した。
「なんでも、学園長は千里眼が使えてどんな遠くの、隠れた才能でも見つけ出すそうよ」
「嘘くさ……。どっちにしろ興味ないからいいや」
「……ほんとにいいの?」
「ハク……」
ハクが落ち込んだ顔で尋ねる。
もしかして、引きこもりの自分のことを心配してくれてるのかとカエンは思った。が。
「だって……だってあんたが引きこもりなせいで、周りの人から幼馴染の私まで馬鹿にされんのよ! ったく!」
「なっ……! 結局自分のためかよ!」
「あたりまえじゃない! 誰があんたの心配なんてするもんですか!」
「お前なあ!」
「悔しかったらもっと体力つけなさいよバーカ! そんなんじゃ、ダークウルフに襲われた時逃げきれないわよ! ……って、引きこもりのあんたには関係のないことね」
「う、うるせえな! もう帰れよ!」
「言われなくてもそうするわよ! バカ!」
そう言ってハクは勢いよく椅子から立ち上がり、ドアを思いきり閉めて家から出て行った。
つい先ほどの騒がしさから一転、静まり返った家の中でカエンはため息をつく。
その視線は推薦状に向いていた。
正直言って、彼はなぜ自分の元にこれが届いたのか、さっぱりわからなかった。
辺境の街、引きこもりという条件の悪さもそうだが、彼は特別強い魔法が使えるわけではなかった。
基本的な魔法は使えるが、一般人と同等レベルでとても推薦をもらえるほどではない。
彼が誇れるものと言えば、魔法に関する知識ぐらいだ。
彼が一カ月もこもっていた部屋。あれは、A級魔法使いのいまは亡き父、フレア=アルバーンのものだった。
ありとあらゆる魔法の専門書があり、カエンは物心がつく前からそれらに触れていた。
そのおかげで知識のみならばそこらの偉そうにしている低級の魔法使いには負けないぐらい身に付いている。
だが、それも実践では役に立たない。
「俺に父さんみたいな才能があればな……」
脳裏に浮かべるのは、死んだ父の姿。
以前、少々ランクの高い魔法を試したことがある。
だが、結果は失敗。
周りに被害が出ないよう岩山でやったのだが、半径十数メートルの範囲のものが魔法の暴発で吹き飛んでしまった。
それ以来、カエンは生活に使う最低限の魔法しか使っていない。
A級魔法使いの息子としてのプライドが、失敗することを恐れてしまうのだ。
「まあいいさ。俺はもう、父さんの残してくれた遺産で細々と生きていくことを決めたんだから」
と、とんでもないクズな発言を残してカエンは眠るために自室へと戻った。
一方その頃、ハクは街を歩いていた。
「バカ、バカ、バカ! カエンのバカ! 人がせっかく心配してあげてるのに!」
先ほどの些細な口げんかをまだ引きずっているようだった。
カエンに推薦状をもらったことを知った時、ハクは最初、このことをカエンにかくそうとしていた。
生まれてずっと一緒にいた幼馴染。その存在がいなくなることを恐れたのだ。
だが、引きこもっているからとカエンが近所の子供に馬鹿にされていることも許せなかった。
だから、苦渋の判断として、カエンの引きこもりを解消するためにも推薦状のことを伝えたのだ。
だが、そんな苦悩を知らないカエンは興味がないからと一蹴。
その態度に腹が立ち、ハクはついあんなことを言ってしまった。
「はあ……。ひさしぶりに、あそこに行ってみようかな」
そう言ってハクは家には戻らず、森に向けて歩き出した。
その途中、すれ違った二人が奇妙な会話をしていた。
「そういや聞いたか? 最近魔物が凶暴化してるんだってよ」
「まじで?」
「ああ、知り合いの商人から聞いたんだけどな。だからなるべく街の外に出るなってさ」
「ふーん。物騒な世の中になったな」
しかし、ハクの耳にそんな二人の会話など、入るはずもなかった。
ハクは向かう。凶暴化した魔物がうろつく森へと。
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