62.本当の子ども
前世の私は、ずっとテレビの中の世界を観て過ごしていた。テレビの画面に映っている世界が重要で、その世界の住人たちのバックグラウンドはそれほど重要ではなかった。
今の私は記憶力が物凄くいい。目に見える物全て情報として頭にインプットされてしまう。目に見える物だけでも情報過多な状態。それ故に、やはり全ての事柄のバックグラウンドにそれほど興味はなかった。
それは今世の家族に対してもそうだったのかもしれない。
私はヴェルディ邸に三年ぶりに帰り、お兄様と両親は三人揃って出迎えてくれて温かな『お帰りなさい会』を開いてくれた。もちろん従者のルカスも一緒だ。
「今のリディアは私たちの事を何の偏見もなく、何のしがらみもなく、普通の家族として接してくれた。これまでのリディアは必要以上に私たちに関わろうとはしなかったよ。いつも何かに追われていたり、不安や恐怖に押しつぶされそうな子も、頑張り屋さんの子も。いろんな子がいたが、私たちのことはまるで空気とでも思っているようだった。もちろん私たちが回帰している記憶を持っている事も気がついていなかったよ。私たちも敢えて言わなかったしね。」
お父様は笑っていたが、瞳の奥がほんの一瞬だけ悲しげに揺れた。必要以上に仲良くならなくたって、娘の死が哀しくないわけはない。何度繰り返したってそれは同じだった事だろう。
この世界の元ネタを知っている今までのリディアたちは、知ってるが故に主要人物ではない家族たちと必要以上に関わろうとはしなかったんだと思う。なんて言うんだっけ…………そうだ、モブ! 前世のテレビで見た事がある言葉だ。ゲームのプレイヤーたちは、ゲームの中のモブキャラに対して毎日丁寧に話しかけるような事はおそらくしないだろう。そして、この世界に来た今までのリディアたちも、多分ゲーム同じ感覚で家族と接していたのだ。
「私だけ…………この世界の事を知らなかったから。」
と言うか、私は本当に何にも知らなかった。十歳で死んでしまった上に、それまでも殆どベッドの上で暮らしていた子どもだ。リディアの家族にとって、私が初めて育てる『本当の子ども』だったに違いない。
「だから入学前に色々と手を回してくれていたのね。」
「どのリディアに対してもきちんと向き合っていたつもりだったけど、君だけは失いたくなかった。出来うる限りを尽くしたよ。」
「そしてお前は学園でもそのスタンスを貫いた。ミッションに関係のない行事にも積極的に参加し、クラスメイトたちとの距離を縮めていった。結果、彼ら協力する事でミッションの難易度も格段に下がっていった。」
この訳のわからないゲームの世界で、唯一ゲームの事を知らなかった私が、一番人間らしく暮らしていた。そのおかげで全てをクリア出来たのだ。
「ルカスの力を無限に借りてた気がするけどね。」
「そんな事ないだろ。全部お前が成し遂げたよ。センチピードの頭を潰したのも、ラミアを焼き殺したのも、ファントムの正体を見破ったのも、デスロードを見つけ出したのも、クトゥルフを霧散させたのも。リディはリディの力で生き残った。それに結局、一度も『お願い』はされなかったしな。あれぐらい手伝ったところで文句はないだろう。」
そういえば、そんな設定があったのだった。すっかり忘れていた。常日頃からルカスに頼りっぱなしだったため、更に何かを『お願い』するという考えには一度も至らなかったのだ。
「それにしても、学園を卒業した途端一年が十二ヶ月になるなんて、本当にこの世界にはどんな呪いがかかってたのかしら。」
「は? それはどう言う意味だ?」
それまで穏やかだったルカスの顔が急に険しくなる。
「え? これまでずっと一年は四ヶ月だったでしょ? 可笑しいなと思ってたのよね。」
「いや、待て。一年はずっと十二ヶ月あった。四ヶ月に感じてたのだとしたら、それはお前にだけかかっていた呪いだろう。」
「そ、そんな事ある? じゃあ私は残りの八ヶ月は記憶が飛んでるって事?」
「………そう言えば、お前はたまに話した事を覚えてない事があったな。」
「え?」
「たまに別人と話しているような違和感があったが、もしかするとその時お前の中には別のリディアが入っていたのかもしれないな。」
私の頭の中で急速に過去のフラグが回収されていく。
『………………そういうお前は今日は機嫌がいいな。』
『何だか、たまに雰囲気が違う時もあったのよね。』
『……リディは時間の感じ方が他の人と違い過ぎる。』
『まさかリディア様、それすら覚えていらっしゃらないのですか?』
しかし、イベントがある日は必ず私に意識は戻ってきた。記憶のない日のリディアが他の転生者である可能性は限りなく低い…………という事は。
「それが本物のリディアだったのかもしれないわ。」
「本物のリディア? 何だよそれ。リディアは毎回他の世界から来た転生者だった。そんな事ありえないだろ。」
「いいえ、デフォルトのリディアがいた可能性はあるわ。でも私が十二ヶ月を取り戻してしまったから、本物のリディアは消えてしまったかもしれない。」
既にどうする事もできない衝撃の事実に私は固まる。
「そうだとしても、その事で君が罪悪感を抱く事はないよ。こうするしか方法もなかったのだしね。」
「回帰を終わらせるにはリディが生きて学園を卒業するしかなかった。リディが生きて帰ってくれて本当に嬉しい。」
「お父様、お兄様……………ありがとうございます。」
「これからは今と未来の事を考えて行きましょう。もうやり直しは出来ないのよ。今のリディアと共に生きられる事を嬉しく思うわ。」
「はい、お母様!」
お父様もお母様もお兄様も、皆んなが笑っている。私が家族を本当の笑顔にする事ができたのは、前世も含めてこれが初めての経験だ。それがこんなにも嬉しい事なのだと初めて知った。
「そう言えばリディ。あと一つだけ叶えられる願い事が残っといるが、まだ願いは決まらないのか?」
隣の立つ従者スタイルのルカスが腕を組み、私を見下ろしている。そう言えば、三つの願い事を叶えてもらわなければ、ルカスは自由になれないという制約があったのを忘れていた。
「じゃあ『お願い、ルカス。ずっと私のそばにいて。』」
私は微笑み、即答した。初めて口にした『お願い』だが、心の中ではずっと願っていた事だ。
「……………仰せのままに。」
ルカスは目を細め、従者の如く仰々しく頭を下げる。魔法の効果でキラキラと輝いているその姿は、今までで一番美しかった。
ブチッ。
「何このゲーム…………。全然クリア出来ないから初期設定適当にしたらクリア出来たんだけど……。」
テレビの前で呆然と片手でコントローラーを握ったままの少女。既に電源を落としているため、画面は真っ暗だ。
「しかも全然狙ってなかったルカスルートに入っちゃったし。……もう、二度とやらない。」
そう言って乱暴にコントローラーを床に置いて部屋を出て行ってしまった。
「ルカス、早く!」
「待て、引っ張るな。俺は寝起きなんだ。」
「ルカスは本当、朝弱いよね。せっかくのお休みなんだから一日中楽しまないともったいないわ。」
私とルカスの本物の物語は始まったばかり。これからどんな展開が待っているのかは、ご想像にお任せします…………なんてね。
ジジ……ジジ………。
「あれ、前のゲームもう辞めちゃったの? あのイケメンがいっぱい出てくるやつ。」
「あーもう、一回クリアしちゃったし。」
「勉強もろくにせずにずーとやってたのにね。」
「攻略対象はイケメンだし作画も好みなんだけど、話が暗いの。初期設定で適当に選んだら前世が重い病気持ちの寝たきり設定だったり、勉強ができない生徒は魔物に生贄にするためのクラスに入れられたり。学校だって呪われてるし…………もう、散々だったんだから。」
「ふーん、変わったゲームだったのね。じゃあ、さっさと宿題終わらせちゃいなさい。」
「はーい。」
少女は漫画を閉じて勉強机に向かう。
「ラミアの生贄になるのはごめんだし、ちゃんと勉強しておかないとね。」
そんな事を言いながら苦笑いで教科書を開いたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
これまで職業系の作品が続いていたので、初めて学園ものを書いてみました。
夏の前に書き始めたのでホラーっぽいものをと思いましたが、結局ハロウィンの時期に完結しましたね。
外交官編に続く予定でしたが、PV数も評価も最低記録を叩き出してしまいましたので、一旦完結とさせて頂きます。
時間が出来たらいつか続編を書くかも………くらいの感じでございます。
また別の作品も創作中ですので、カタチになりましたらアップしていきたいと思います。
ではまた。




