15話
都市でも、祭りの準備が行われていた。農作業がひと段落し、うっぷんを晴らす為、農民が大きな祭りを開くのだ。飲んで騒いで、歌って踊る。大きな祭りになる。
ガクは、食料品を買いに、街へ出ていた。飾り付けられる街を見ながら、昔のことを思い出す。
祭りの日が来れば、みんな解放されるかもしれないよ、アイメルトの子供の一人が言った。
農作業と連動して行われている大きな祭り、その時には、色々なことが起きる。だから、僕たちも、ここから解放される。そんな根拠のない噂を、子供たちは信じた。勿論、ガクもだ。だが、チユキは違った。
『信じちゃだめだよ』
そう言った、チユキの暗い声が、今でも忘れられない。
ガクは、チユキの態度が怖くて、皆の言っていることを信じなかった。皆は、祭りが来るのを心待ちにした。それまで頑張れば、助かると、皆が信じていた。信じていたのだ。
ガクは紙袋を置き、ベッドにへたり込む。
「嫌いだ……祭りなんて」
紙袋から、買ってきたパンやリンゴが零れる。紙袋に収まっていたはずの食料品は、全てベッドの上にぶちまけられた。
ガクは、食料品を拾い上げる。一つ、また一つと紙袋に戻していく。
ふと、昔、チユキにぶつけた言葉が思い出される。
一つのことができるようになって、すごいっていうけど、根拠がないじゃないか―
意地悪な質問。苦痛に疲れ、絶望した、投げやりな質問。
一つのことができるようになれば、世界も一つ増えるんだよ。ママが言ってたもん。一つのことができれば、えらいんだって、ママが言ってたもん。
チユキは真っすぐな声で返してきた。
異能が発現しないものは、出来損ないだ。そう教え込まれていたから、自分も、チユキも出来損ないだと本気で信じていた。
「世界が増えれば……」
ガクは、パンを手に取り、齧る。
一つの技能や経験が増えれば、見える世界も変わる。世界の見え方が多角化すれば、様々な生き方を選べる。
「ごめん……チユキ」
ガクの中で答えは決まっていた。フェルグスに宛てた手紙を書き始める―余裕のある時間に、話したいことがあるので、部屋に来ていただきたい。
書いた手紙は、領主の事務官に渡す。ガクは自室へ戻り、大きく息を吐く。もう後戻りはできない。フェルグスに本当のことを話す。そして、ここで生きていく。
数時間後に部屋にフェルグスが来てくれた。
「すまんな、遅れたよ」
「いえ……お忙しいところありがとうございます」
「稽古、頑張ってるみたいじゃないか」
「ええ……おかげさまで」
「で、どうしたよ?」
ガクは息を吸い、うつむく。拳を握り締める。
「ここに来て一か月、皆にとても良くしてもらいました。僕は、ここでずっと生きていきたいと本当に思っています……」
ガクは喘ぐように呼吸する。言葉がのどに詰まり、出てこない。
フェルグスは心配そうに、ガクを見つめていた。
「ぼ、僕は、アイメルト家の異能騎士団に居たんです」
他人が発しているかのように、声が遠くで聞こえた。現実味がなかった。ガクは、言い終え、唇が震えるのを感じた。ハッとして、フェルグスを見つめる。
フェルグスは、真っ直ぐに、ガクを見つめていた。
出ていった方が良いですか、そう言いかける。しかし、フェルグスに制される。
「打ち明けてくれて、ありがとう」
フェルグスは、優しく微笑む。そして、肩を叩いた。
「言い出しにくかったよな……」
「いえ……こちらこそ、早く言えなくて」
気が付くと、大粒の涙が零れていた。喉のつまりが取れたような気がした。
「みんなにも、伝えようと思います」
「それは俺からやる。お前はいつも通り、稽古場に来るだけで良い」
「すいません」
「良いんだよ。疲れただろう。今日は、ゆっくり休め」
フェルグスは微笑み、また肩を叩いて、部屋を後にした。
ガクは大きく息を吐き、ベッドの上に倒れる。
全てが変わる、同時に、僕は過去を裏切ったのかもしれない。
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