11話
路地裏は闇が支配し、すえた臭いがした。空気が湿っており、地面はぬかるんでいた。
ガクは周囲を見渡し、約束の場所であることを確認する。すると、闇の中、マントを被った人影が見えた。
人影が立ち上がり、フードを外す。すると、闇の中に光が差したかのような錯覚を覚えた。
「うっす~」
朗らかなソプラノが響き、桃色がかった髪が揺れる。そして、ぱっちりとした瞳を輝かせ、チユキが微笑む。
一瞬で、過去が蘇る。
『すごいねぇ! えらい、えらい!』
数年間、ガクとチユキは共にアイメルト家騎士団に居た。騎士見習いとして、異能を発現させるために稽古を行っていたのだ。
「久しぶりぃ~5年ぶりかな」
まるで飴玉を転がしているかのような、甘ったるい語尾。あの頃と、何も変わらない。しかし、髪は短くなり、身長も伸びていた。それに、身体は丸みを帯びていた。
「ひっ……久しぶり」
目を伏せ、それをさらに泳がせる。すると胸元に目が行く。服を押し上げる、柔らかそうな膨らみ。
ガクは息を飲み、視線を逃がす。
「どしたの~緊張しちゃって」
チユキは、肩を組もうと、身体を近づけて来る。温かく、柔らかい感触に、ガクは、びくっとする。もっちりとした、重たい物が肘に当たる。
「こ、子供じゃないんだから」
そう言って、ガクは、チユキを突き放す。しかし、それを読まれ、チユキは避けた。
「残念でしたぁ~」
悪戯っぽく、チユキは歯を見せて、微笑む。昔と変わらない仕草。
ガクも釣られて笑い、
「げ、元気だった?」
「見ての通りだよ~」
チユキは両手の指を広げ、わしわしと開閉しながら、ソプラノの声を響かせる。
「良かった……」
ガクは、壁に寄りかかり、片手を抱える。
「みんな、死んじゃったかと思ってたよ」
戦乱により、アイメルト家騎士団は、大きな被害を受けた。アイメルト家騎士団を離れたガクには、誰が生きているか分からなかった。
ガクは、チユキが黙ったのを見て、顔を一瞥する。一瞬だけ、チユキが目を伏せる。
「誰が―」 ガクは絞り出すように声を出す。死んだの、とは訊けなかった。
「ベルタ」
チユキの言葉に、ガクは頭を殴られたような感覚を覚える。ベルタ―長髪で、小柄な少女の姿が浮かぶ。
ガクは歯噛みし、胸を押える。喉の奥に何かが詰まったような錯覚。頭が真っ白になる。
チユキ、ベルタ、ガク。3人は、アイメルト家騎士団の見習いの中でも、落ちこぼれのトリオだった。
ベルタは一番の落ちこぼれだったはずだ。戦地に行くはずはない。
「どうして……ベルタが?」
「分からないんだ……私も、異能の副作用が原因としか聞いてない」
「そっか……」ガクは拳を握りしめる。
ガクやチユキのような子供は、「アイメルトの落とし子」と揶揄される。アイメルト家が異能の実験台として使い、戦後には維持できなくなった大量の孤児の事だ。
「アイメルトの落とし子」は行き場を失い、多くが飢えて死んだ。生き延びた者も、多くは傭兵や盗賊になり、命を落とした。ここで、二人が出会えているのは奇跡だった。
「悔しいよね」チユキが唇を噛み、
「ねぇ、ガク、訊いてほしいことがあるの」
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