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再履修地獄

作者: 来香

ここは地獄だ。

……といっても、誰も叫ばないし、針も刺さらないし、炎も燃え上がらない。

代わりにあるのは、真っ白な教室と、整然と並んだ机、そして毎日の講義だけ。


俺は死んだ。その事実は、ここに来てからじわじわと実感した。

痛みも衝撃も覚えていない。ただ気づけば、目の前に役所みたいなカウンターがあり、無表情の職員がこう言ったのだ。


「前世での“誤学習項目”の再履修が必要となります」


誤学習つまり、人生で間違って覚えてしまったこと。愛情の受け取り方、怒りの扱い方、人との関わり方、自分の価値の信じ方……

前世でできなかったこと、気づけなかったことをすべて学び直す。

それがここでの“罰”であり、“救済”でもあるらしい。拷問も炎も無い。代わりに、毎日教室で講義を受ける。


たとえば「感情処理基礎I」では怒りについて学ぶ。押し殺すと腐って傷になる爆発させれば誰かを傷つける。

正しく扱うには「怒りの根っこ」を言語化し、環境と距離を取る訓練が必要らしい。俺は毎日ワークシートを書かされ、ひたすら自分の感情を分解した。


俺がこの世界に来て1番受講してよかった講義は、「愛情受容と自己価値回復」だ。

タイトル通り、他者からの好意に気づき、自分を大切にする方法を学ぶ講義。

前世で気づけなかった好意や思いやりを可視化した小箱を渡され、ひとつひとつ確認する。

缶コーヒーやメモ、言葉のひとつひとつが、小さな光になって胸に届いた。

その瞬間、俺は理解してしまった。


孤独だったわけじゃない。ただ、見えていなかっただけだ。


涙が止まらなかった。


もちろん、この講義だけではない。感情の扱い方を学ぶ科目、助けを求める勇気を身につける科目、怒りや悲しみの整理方法を徹底的に訓練する科目。

ここでは、人生で誤解していたあらゆることをひたすら学び直した。


⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


何年経ったのだろうか。自分の感情に泣き、迷い、やっと少しずつ理解できるようになった日々の積み重ねが、今ここにある。


今日はついに再履修のテスト。噂によれば、このテストで合格点を取れると“転生”出来るらしい。白い教室に机が並び、鉛筆と問題冊子が用意されていた。

何年もかけて学び直してきた知識を、今こそ試すときだ。俺は心の中で強く願った。


「このテストで合格したい。次の人生は、意味のある、少しでもより良いものにしたい」


震える手で鉛筆を握り直す。教室の静寂の中、深呼吸をして、俺はページをめくった。


⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


──終わった。


鉛筆を置くと、静かな教室にカチッと音が響いた。

数年間の再履修の集大成であるテストが、ようやく終わったのだ。


頭は空っぽで、胸だけが熱くなる。合格できただろうか。努力は伝わっただろうか。そして、静かな希望が胸に芽生える。


 教室の外では、職員たちが次のステップに向けて準備をしている。俺も立ち上がり、期待と不安を抱えながら、カウンターの方へ歩み出した。


「テストの結果はこちらです」


淡々とした声とともに、職員が紙を差し出す。


結果は……総合評価ギリギリ合格!思わず体の力が抜け、体全体にあたたかな痺れが広がった。

長い間、涙をこらえ、何度も挫けそうになった努力が、ちゃんと認められたのだ。


喜びと安堵が入り混じり、思わず笑みがこぼれた。

——やっと、やっとここまで来たんだ。


⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


しかし、その次の瞬間、目の前の光景に息が止まった。


カウンターの奥には、巨大なガラガラ抽選機が鎮座している。商店街の年末抽選の三十倍はありそうな大きさだ。


「では、次の人生ランクはこちらで決めますね〜」


軽い調子の女性職員が満面の笑みで言った。


——意味がわからない。


「ま、待ってください。さっきのテストの点数で決まるんじゃないんですか?」


思わず声が震える。せっかくの努力も、涙も、全部……。


「あ、いえいえ。点数はガラガラを回す権利があるかどうかだけに関係します。不合格の方は回せません。そのまま雑草に強制転生です」


俺は口をぱくぱくさせた。


「じゃあ……合格しても運次第?」


「そうです! 人生って運も大事ですから、平等に抽選です♪」


彼女は楽しそうに言うが、その笑顔が逆に俺の心を締め付ける。必死に学んだのに……努力も涙も、全部、抽選の条件に過ぎないのか。絶望が胸を押し潰す。


何も言えなかった。何も考えられなかった。

震える手でレバーを握るしかなかった。喜びの余韻は、あっという間に絶望に変わった。


カラララララ……巨大な抽選機の中で玉が転がる音が、部屋中に響き渡る。お願い、せめて普通で……。少しでも幸せな人生を……。


ガコンッ。

玉が落ちた瞬間、心臓が止まりそうになる。


「結果は……」


「ハズレ〜〜〜!」


明るい声が、逆に虚しく響いた。


「おめでとうございます! 次の人生は“ミジンコ”です!」


……ミジンコ。

それはもう、“人生”と呼んでいいのかすら怪しい。


頭の中が真っ白になり、膝から崩れ落ちそうになる。再履修で必死に学んだ知識も、涙も、悟りもすべて、抽選機の前では無力だった。


それでも、最後に心の奥で小さな願いをつぶやく。


——せめて、綺麗な水の中にいたい。


光に包まれ、次の瞬間、世界が反転する。

水の中でふわりと揺れる俺は、何も考えられず、ただ光を反射していた。

芥川龍之介が好きなので近い世界観でかいてます。

三人称にした方が良かったかなと思ったり思わなかったり……

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― 新着の感想 ―
無情感(誤用?)とかやるせなさを感じる綺麗なオチで、ちょっとクスッとさせるコミカルさもあって好き!いや、主人公にとっては笑い事ではないけども 誤学習項目の再履修っていう切り口もなかなか面白くて楽しめ…
ゴールは超えたけれども、その先にまた新しいゴールが生えて、自分はそれに期待する以外の事が出来ないという無情さがとても好き。どこか現実の就活などに通じるものがあるなと思った。得るものがなかった訳ではない…
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