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《アガスティア》が崩れ、黒い海の底へと沈んでいく中、雷鳴だけがその死を悼むように鳴り響いていた。


米国駆逐艦の《トリトン》にもそのメッセージは届いた。

すでに事態は、深海脅威存在対策委員会のみならず、米国艦隊を簡単に動かすほどに深刻になっていた。


艦橋内、アス・ホー博士の瞳はモニターに映し出された巨大な影を捉えていた。メガオクトパス――それはもはや単なる生物ではなく、深海の闇が生み出した災厄そのものだった。


「目標、浮上します!距離1200、1000……!」


オペレーターが叫ぶ。


真夜中の海面が突然、泡立ち、怒り狂ったように渦を巻いた。艦隊の中央に、直径30メートルを超える巨大な吸盤が姿を現す。次いで、怒涛のように突き出す触手が新造駆逐艦トリトンを鷲掴みにし、甲板ごと引き裂いた。


「回避!全艦、距離をとれ!」


司令官の命令が飛ぶが、メガオクトパスはすでに包囲網の中央に躍り出ていた。砲撃が集中する。艦砲、ミサイル、対潜魚雷が怒涛のように放たれ、触手を吹き飛ばし、海を沸騰させる。しかし、怪物は怯まない。逆に、怒りを燃料にするかのように次々と艦艇を沈めていった。


「もう、正攻法じゃ太刀打ちできない……!」


司令官が叫ぶのを聞き、アス・ホー博士は、ふと思い出した。

艦隊の中にある一隻。海中に対して怒涛の音波を放つ探査船、ハイペリオンに搭載された深海音響共鳴装置。

それならば、海中の生物を音波で攻撃できる。


「深海音響共鳴装置なら、やつの聴覚を錯乱できるかもしれません……が、使用には相当なリスクが……」

「やるしかない。音響共鳴装置、今すぐ起動準備!」


艦内に警報が鳴り響く。艦尾格納庫に設置された円筒形の装置が起動し、低く唸り始めた。装置が発する音波は、海中を通じて生物の神経系をかき乱すように設計されていた。

メガオクトパスも生物である。

効果はあるはずだ。


「装置、最大出力で発信開始!」


数秒後、海面が再び泡立ち、怪物の動きが鈍る。水中に響き渡る低周波音に、メガオクトパスは苦しげに身をよじり、暴れるように触手を振り回した。艦隊の被害が一時的に減る。


「効いてる……!」


司令官は確信した。だが、その瞬間だった。


メガオクトパスの巨大な眼が、音響装置の艦に向けられる。


「来るぞ――!」


触手がうねり、一直線に装置を積んだ《ハイペリオン》に向かって突き刺さる。


「全艦、火力集中!《ハイペリオン》を守れ!」


国際艦隊が残る力を振り絞り、攻撃を集中する。メガオクトパスの触手が1本、2本と吹き飛ぶ。水面が鮮血に染まり、海そのものが呻き声を上げているように見える。


「音響出力、限界です!装置が……!」


そのとき、《ハイペリオン》艦内の爆発が画面に映る。共鳴装置が過熱し、艦の動力炉に引火したのだ。


閃光。衝撃波。水柱が数百メートルの高さにまで上がる。


そして、その中心にいたメガオクトパスの姿が、炎と煙に包まれて消えた。


一瞬の静寂が海を覆う。


「……沈黙を確認」


オペレーターの震える声。やがて、レーダーにも巨大生物の反応は完全に消えた。


**


翌日――


探査船の《ネレウス》の艦橋にて、アス・ホー博士は水平線を見つめていた。深く、暗い海。そこには、静けさと共に、何かが残されているような気がした。

そんな傍に、技術官がレポートを手に近付いてくる。


「博士、破片が引き揚げられました。……触手の断片です。組織は炭素繊維のように変異しており、通常のDNAとは一致しません」


レポートを読みながら、アス・ホー博士は呟く。


「地球のものじゃない……?」


誰も答えなかった。


やがて、夕日が沈み、海は再び闇に包まれる。その静けさの中で、誰もが胸の奥に、ある可能性を抱き続けていた。


――あれは、本当に死んだのか?


それとも、深海の更なる深みへと潜っただけなのか。


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