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海洋調査船が出した緊急信号は、国際海洋機構(IMO)の太平洋管轄支部に即時伝達された。現地に派遣されたのは、機構が誇る特殊海洋対応チーム「ブルートライデント」だった。


彼らは深海異常現象、未知海洋生物、環境テロなどに対応するための精鋭である。指揮官はラファエル・シュミット。

冷静沈着な戦術家であり、かつて海底火山の噴火で壊滅寸前だった研究ステーションの全員を救出した実績を持つベテランだ。


アトラスの位置情報は、無線ビーコンによって判明していた。だが、到着した先で待っていたのは、見るも無残な光景だった。


船体は海面に浮かんでいたが、上部構造物は半ば溶け落ち、まるで金属が熱で曲げられたかのようだった。デッキは引き裂かれ、クレーンのアームは海中に垂れている。煙がくすぶり、甲板上には生命の痕跡が一つもなかった。


「生存者は?」ラファエルが無線で尋ねる。


「赤外線スキャン、ゼロです」オペレーターの声が冷たく返る。


「潜水班、即時潜行。ブラックボックスと海底スキャンを実施せよ。生物痕跡を重点的に調査すること」


命令が飛ぶ中、ラファエルはふと、海の底から視線を感じた。


圧倒的な、異様な重圧。


それは彼の戦闘経験とも直感とも違う、より根源的な恐怖だった。「何かが、こちらを見ている」。そんな錯覚が脳髄を凍らせた。



海底調査班が収集した映像は、分析チームを沈黙させた。


《アトラス》が投下したドローン映像。海底から浮かび上がる巨大な影。そのシルエットは不明瞭だったが、明らかに「地球上のどんな生物とも一致しない」形をしていた。


多数の足か腕が渦のように動き、中心には輝くような器官があった。それは光ではなく、熱源でもない。まるで意志を持った目のような――見る者の精神を焼くような存在だった。


「このスケール……比率からして、全長80メートルを超えている……」科学班のアス・ホー博士が青ざめた声でつぶやく。


「海洋生物学の知識で説明できる範疇ではありません」

「進化の系統樹にも、このようなものはない。文字通り“異物”です」


「仮にこれが海洋に潜む生物であるなら」

ラファエルが口を開く。

「我々は、いま初めて、人類史上最大の敵と対峙しているのかもしれない


ラファエルは、IMOのオフィスでぐったりと疲れた体を癒していた。深海脅威存在対策委員会に急遽参加することとなり、飛行機やらなんやらで移動を強いられたからだ。


年増のメリッサに労われたのは悪い気はしなかったが、いい気もしなかった。


深海脅威存在対策委員会において、確定した目的は二つ。


一つ、メガオクトパス(仮称)の正体を突き止め、行動範囲と目的を分析。

もう一つ、必要とあらば、これを無力化し、人類の海洋領域を守ることである。


だが、深海脅威存在対策委員会が集めたデータを分析し、検討が進むにつれて分かったのは、恐るべき事実だった。


アトラスが消息を絶つ二日前、付近の海域では奇妙な現象が確認されていた。魚群が突如として姿を消し、イルカやシャチといった高位捕食者たちが浅瀬に打ち上げられた。


海底には焦げたような跡。高熱源と圧力によって生成された未知の鉱物。あるいは――


「これは“通路”かもしれません」とアス・ホー博士が言った。


「どこか別の次元、あるいは深海プレートの下から、何かが上がってきた痕跡です。ここに“穴”が開いたのです」



その夜、調査船アクイロンが、付近の海域で沈没した。


通信はなかった。レーダーには一瞬の“巨大な影”が映っただけで、それきりだった。


翌朝、海面に浮かんだのは、潰れた鋼鉄の残骸と、引き裂かれた救命ボートだった。生存者なし。


「これはもはや、偶然や事故ではない」ラファエルは断言した。


「これは、戦争だ。我々に対する宣戦布告だ」



本部の作戦会議室には、各国の代表が集められた。

アメリカの代表がマイクを固く握った。

「何かが、我々の海に棲みついている」

「そして、これまで人類が築いてきたすべてのルールを無視して動いている」


「我々にできるのは、一つ」


「戦い、生き延びることだけだ」


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