神の使い
その青年が寂れた村にやってきたのは、いつだったろうか。
柔らかな物腰に、豊富な知識。何よりも、穏やかで美しい顔つき。自分を旅人だと言う彼を、普段は排他的な村が受け入れたのは、必然であっただろう。
彼は、村人が整備し直してくれた村はずれの元納屋に住まわせてもらうことになった。物知りの彼も農業には不慣れらしく、それでも彼を気に入っていた村人たちに教えられ、小さいながらも畑を作り、少しずつ村に溶け込んでいった。
ある日、青年が子供たちと近所の山に遠足へ行く。大好きな青年と一緒に山歩きが出来るということで、いつもよりはしゃぎ気味の子供たちだったが、その中の女の子が指に小さな切り傷を作ってしまった。
大したことはないものの、「痛い」と泣き出す女の子。子供たちは口々に励ますが、それが照れくさかったのだろう。泣き声は大きくなってしまう。
青年が女の子に近寄り、ほんの少し出血している指を撫でる。すると、痛みは治まり、傷も綺麗さっぱり消えていた。
それを目の当たりにした子供たちは、青年を口々に褒め称えた。青年は困ったような顔で、大したことではないよ、と説明する。
この噂は村人全員に伝わる。最初は子供たちの青年好きが相まって、大げさに言っているんだろうと考えられていたが、農家の主人が転んで作った擦り傷を青年が治したところから、村人たちの態度が変わった。
神の使いだ、と村全体で青年のためのお祭りを開いた。困惑する青年。だが、楽しそうな村人たちを見て、これも良いかなと思う。
そしてそれから、小さなケガをした人々が、青年の元へと通うようになった。次第にケガから、風邪などといったような病気は治せないかと相談がくるようになる。青年は、ケガどころか病気も治せた。村人は青年に感謝の念を惜しまない。
はじめは小さなケガや、風邪のかかりかけのような小さな病気を治していた青年だったが、日を追うにつれ、どんどんと重いケガや病気の治癒を持ち込まれるようになった。
どうやら、村人たちの間で「気を付けなくても、うちの村には最高の医者がいる」と認識が広がり、無茶をするようになったようだ。
それでも、献身的に治癒を施す青年。
さて、最初に切り傷を治してもらった女の子は、あれから用がなくとも青年の家へと遊びに行き、彼の手伝いをするようになっていた。
そして、女の子は目撃してしまう。助けた村人と同じ場所、同じ規模の切り傷が、その青年に出現するのを。
「ねぇ青年。もしかして、貴方のちからは治癒ではなく、相手の悪いところを自分の身体に移し替えることなのではないの?」
女の子は質問する。
「そうだよ。でも、僕は普通の人より身体が丈夫なんだ。だから、大丈夫だよ」と、いつもと変わらない、優しい笑顔を浮かべながら答えた。
毎日のように続く治癒で、青年の身体は蝕まれていく。女の子は村人たちに、今までのことを伝え、このままでは青年がかわいそうだと訴える。
「そうか。でも仕方ないよな。なんてったって、神の使いなんだから。神が人間を助けてくれるのは、当たり前のことだろう」
村人たちのために、献身的に働いていた青年の身体は、とうとう限界を迎えてしまう。血を吐いて倒れてしまったのだ。
村人たちに助けを乞う女の子。しかし、様々な病に侵された青年に、村人たちは冷たかった。病気がうつってはかなわないと、彼を追い出してしまったのだ。
女の子は両親に押し留められ、家から出ることが出来なかった。最後の別れすら、許してはもらえなかった。
青年はぼろぼろになった身体を引きずり、あてのない旅に出る。
「後悔なんてないさ。あの村の人々の助けになれたのなら、こんなにうれしいことはない」
ある原っぱで、ついに彼は息を引き取った。
彼の遺体は数日で土に溶け込み、そこから小さな芽が生えた。芽は爽やかな日光を浴び、恵みの雨を受け、すくすくと育ち、大きな木となった。
大きな木は小鳥たちの憩いの場となり、休息に来た生物たちにやすらぎを与え、緑風をなびかせ周囲にさわやかな香りをふりまく。
死してなお、なにかの助けとなりたい。拠り所になりたいと願う青年の姿は、周囲の動物たち、旅人たちの、大きな助けとなった。
しかし、青年が蓄積した様々な病は、消えたわけではなかった。
青年の意思に反して、病を元とした瘴気の粒を、辺りにばらまくようになってしまったのだ。
少しずつとは言え、ダメージは蓄積される。人々はこの青年の木を愛でながらも、やがて恐れるようになっていった。
青年は、また僕は余計なことをしてしまったのかと、涙をこぼした。
「こうして生まれたのが、モンキーポッドの木だな」
「スギじゃねぇのかよ」