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開始時刻

ある日を境に私は、私の生きている道、私が生きようとしていた道、私の未来の想像図。そういったモノから遠ざかることになった。


 多分これに理由は特にないのだろう。誰に聞いたって「どうしてそんなことを」と答えるかもしれない。でも、聞いた相手はその答えを持っていないことも私は知っている。


答えは自分で見つけるしかない、という答えがそこにあるだけでそれ以上のことは何も分からないのだから。


・・・。


流行色を取り込んだ彩り豊かな絵を見ても、私の心に届くことは無い。その世界に溶け込めることもないまま、ただ単に電車に乗っている時に流れていく風景みたいに過ぎ去っていく。


 心に留まるのはいつも不出来で不格好でそれでいて意味の分からない物語。ツッコミどころ満載の物語。自分がそこに居ないと成立しない物語。


 そうそれは一体どこにあるのでしょうか。


 雨が淑やかに降り続け、私はいつもの喫茶店へたどり着く。マスターは無口で無言。最初に訪れた時、私の顔をみて黙って差し出してきたのはコーヒーでも紅茶でもなく


ただの「水」だった。


 その水を一口入れてしばらくじっとしていると次第に水の温度が体温と同化して、次第に自分の体の一部になって来て、違和感はどこかに行く。


「コーヒーとか紅茶じゃそうはいかないでしょう」


 マスターが私にかけた最初の言葉。


でもそれだけじゃ味気ないと思ったのか私が落ち着くとキチンとした香りのする紅茶を入れてくれた。

煙草、コーヒー、紅茶・・・あとはアロマ?なんかそういう香りのする煙が立ち込める喫茶店で私は会話に取り掛かることにした。


 相手はいけ好かない生意気な天使。


 この天使の名前は・・・何だったかな。初めて会った時に自己紹介をしてもらったんだけど、印象に残らないもんだから忘れてしまった。・・・なんだったかな、そうだミリーさんだ。天使のミリーさん。


ミリーさんはゆっくりと私に話かけてくる。


「足りないものは何ですか?面白さ?それとも・・・楽しさ?やりがいですか」


「そんなものを求めて何になりますか?」


 にこやかな笑顔で紅茶を口に運び、そして出されたお菓子を食べ始める。私に質問をぶつけてくるのだけれど、その答えを私は持ち合わせていなかった。


 他の人はどうか分からないのだけれど、何か問題に直面した時、どういう風にそれを捕まえて分解してまたそれを解決に導くのか。それを知りたいのもあるのだけれど、それってでも所詮「他人の問題」で「私の問題」ではない。


 問題を提言する天使が目の前に現れて「これ、どうしますか?」と言われると「うーん」という気持ちになってしまう。


「欲しいのはありふれた幸せな生活?充足した日々?それとも?」


 ミリーさんは立て続けに質問を繰り出してくる。それを躱すこともままならないからこそ、私は正面で受け止めたフリをしながら見ないようにはしていたのだけれど。


 欠落した日々を、無くしていた感触を、虚像で埋めるための実像としての色彩で塗り固められた世界。でも本当のところ色彩は塗ることも固まる物でもないということを「既に知ってしまって」いるのだから。


よくわからない物を「素晴らしい」と感じたり、面白くない物を「面白い」と思ったり。


 自分を騙して相手を騙して、世界を騙す。けれど、騙されていたのは自分なんだと月が教えてくれる。どうしても振り切れない律がそこにはある。私は震える手で煙草を掴むとこれまた震える手でマッチを擦って火を付け、深く吸い込むと紫煙を口から吐き出した。


「・・・嘘が無い、境界線の無い世界はありますか?」


 そう、その言葉を口にしていた。するとミリーさんは少しだけ笑った。


「作ったのは誰でしょう。人ですか?それとも世界ですか、それとも天使でしょうか?」


「・・・わからない。わからないけれど、あるのは確かに感じる」


「うんうん、そうでしょう。あなたはそれが無い世界に行きたいわけですね」


「はい」


「ふーん、でも困りましたね。そんな世界はどこを探してもありません。そうです、しっかりと嘘も境界線もありますから。というよりも、無ければお話にならないのですよ」


「お話にならない・・・」


「そうです。無ければお話になりません。そんなものは常にあります。私の周りにだって。だけど、少しだけ違うんです。嘘と境界線という表現じゃなくて」


「別の本当の事と世界が違うということだけです。そこを勝手気ままに分けるのは自由自在ですが、自由には責任が伴うと言われるように、その責任がありますからね」


「責任・・・」


 私がそう呟くとミリーさんは外を指さす。


「決めなければいけないということですかね」


「それは・・・」


と会話を続けているとミリーさんはカバンから本のようなものを取り出し、机の上に置いた。


なんというか不思議な本。それはきっと何かを探求する気持ちにさせる本。見てみたいと、気になると思わせるそんな本だった。


「これ、紙で作られた本じゃないんです。布で作られているんです」


 そう言うとページを開いて中を見せ、私に触らせてくれた。


「・・・確かに。これは布で出来ていますね」


 シルクのような肌触り・・・とまではいかないけれど、なめらかですべらかな感じ。でも中には何も書かれてはいなかった。


「この本はあなたにとって、そして私にとって何か面白い事をしてくれるかもしれませんよ」


 そういうとミリーさんはまた紅茶を飲み始めた。


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