8
昨日の疲労が溜まっていたのか、エレンはいつもより少し遅く目を覚ました。
リビングに降りるとすでに両親の姿はなかったが、それはいつものことなので気にはならなかった。
気になったのはカレンがまだ起きていないということだった。
きっとカレンも疲れていたのだろう。彼女は先週から自身の変化に悩んでいたとのことだったし、今日はゆっくり休ませてあげよう。そう思ったのだが、昼過ぎになってもカレンが起きて来る気配はなかった。少し心配になりエレンはカレンの部屋に様子を見に行くことにした。
「……お姉ちゃん? 起きてる?」
部屋の前から何度か呼びかけたがカレンの返事はなく、エレンはやむを得ず部屋の扉を開けて中に入った。すると、ベッドの上で寝息を立てているのが見えた。
「何だ……。やっぱりただ寝坊していただけか」ほっと息を吐い呟くと、エレンは寝ている姉の顔を覗き込む。「……お姉ちゃん?」
カレンはひどくうなされていた。発汗が尋常ではなく、目からは涙が流れた跡が残っていた。流石に放っていは置けないと考え、エレンはカレンの肩を揺すった。
「お姉ちゃん、起きて。お姉ちゃん」
「……ん、んん? カレンちゃん? ……おはよう」
目を覚ましたカレンは自分がうなされていたことに気付いていないのか、いつものぼんやりした顔をこちらに向けて来た。
「お姉ちゃん、大丈夫? すごいうなされていたみたいだけど?」
「私が?」
「うん」
「……そう。うん、たしかにすごく嫌な夢を見ていたわ。でも、すごく素敵な夢でもあった」
「なにそれ?」
エレンがそう問いかけた時だった。
ぐぅーっと可愛いらしい音が聞こえた。
「……ねえ、カレンちゃん。その前に、朝食にしない?」
「もう、お昼だけどね」
◆
「それでね、エレンちゃん。私から一つ、相談なんだけど」昼食を終えたあと、唐突にカレンが言った。
エレンは何となく嫌な予感がして、「ごめんなさい、無理です」と即答した。
「ちょっとお、カレンちゃん! まだ、何も話してないじゃない」」
カレンはプンプンと怒った様子を見せていたが、ぶっちゃけ全然怖くない。
むしろ、可愛さが二割増しになっているようにさえ思える。
……どうしよう、私の姉が可愛すぎる。
前世の記憶を取り戻す前から、エレンはカレンに懐いていた。
その時の感情を引き摺っているのかもしれない。
「話を聞いてくれるだけで良いから」
小動物のような態度で懇願するカレンを見て、エレンは盛大に溜息を吐く。
「まあ、話を聞くだけなら」
「本当!?」
「うん。まあ、どうせお姉ちゃんのことだから、昨日みたいに人助けをしようとか言い出すんだろうけど」
「当たりい! 流石はエレンちゃん。分かってる!」
「いや、そりゃあ分かりますけれど……」
「じゃあ、手伝ってくれるよね?」
「じゃあの意味が分からない! っていうか、話を聞くだけって言ったよね?」
「うん。でも、大丈夫。エレンちゃんはなんやかんや言って、結局は私を助けてくれるから」
なにその根拠のない信頼?
ああ、でも以前の私も姉にお願いされると断れなかった気がする。
「だめ。無理だよ。私なんかじゃ絶対役に立たないし」
「そんなことないよ。昨日だってあの男の子を助けてくれたじゃない」
「あんなのはただの偶然よ」
以前の私ならノリで、「りょっ!」とか言っていたかもしれないが、今の私はエレンであってエレンではない。
安請け合いは怪我の元だ。
「うーん、でも、もう私、他にもエレンちゃんが人助けしている光景を見ちゃってるんだよね」
何ですと!?
「え、待って。どういうこと?」
「さっき夢でね。立て続けに予知を見たの」
ずっとうなされていたのはそういうことか……。
「あの……、それって私が断った場合、どうなるんでしょうか?」
「多分、不幸な人が増えると思う」
これは、あれだ。お願いじゃない。脅迫だ。
この人、可愛い顔して本当にいい性格をしている。
「……そんなの断れないじゃん」
そう言ったエレンに、「だよね」とカレンが良い顔で答えた。