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渡良瀬と遭遇した翌日。
朝食を軽く済ませた後、エレンは予定通り、集合場所の図書館へ向かうことにした。
その日は朝から小雨が降り続いており、駅前で一緒になったマヤは、靴が濡れると言ってぼやいていた。
だが、そんなマヤらしい態度に、エレンはどこか安堵していた。
「マヤさん、元気になりました?」
エレンが率直に尋ねると、「どうだろ?」とマヤは曖昧に返事をした。
「シュウ君を助ける手掛かりが見つかったのはいいけど、未だに口もきいてもらえてない状態だし……」
「結構、長引いてますね? 私、姉妹喧嘩ってしたことないから、よく分かりませんが、そういうものなんですか?」
「人ぞれぞれじゃない? っていうか、エレンは前世も今世もお姉ちゃんがいたのに、喧嘩したこともなかったの?」
「ええ。今世のお姉ちゃんは、ああいう人でしたし……。前世の姉は、喧嘩以前にまともに会話をした記憶もほとんどなかったので」
「え、何それ? 仲、悪かったん?」
「いえ。ただ、姉は私にとって遠い存在だったので……。姉妹というより、血のつながっているだけの他人という印象でした」
「ああ、何か、めっちゃ優秀な人なんだったっけ?」
「そうですね。少なくとも、私は姉より優れた人を見たことがありませんでした」
おかげで、自分は出涸らしなのだと、幼い頃から自覚させらてしまったが……。
思い出すと、胃がきゅっとして来た。
まあ、もう二度と関わることのない世界の話だ。
さっさと忘れてしまうに限る。
……あ、そうだ。
「マヤさん、私の前世の記憶も、昨日のイレイザーズの人みたいに消すことは出来ますか?」
「いきなり何!? ヤバイことさらっと言わんでくれる?」
「いえ、元々、消してもらうはずの記憶でしたから」
「ああ……。そういえば、あんた、転生する時、女神様にもそんなことお願いしてたんだっけ?」
「はい。失敗だったみたいですど……」
エレンが残念そうに答えると、マヤが嘆息を吐く。
「ねえ、エレンさ――」
マヤがそう言い掛けた時だった。
駅のホームに電車が入って来た。
「マヤさん、何か言いました?」
「別に」
そう答えたマヤは、何故か、少しだけ不機嫌そうだった。
◆
エレンとマヤが図書館に着くと、すでに諌山兄妹が席を取っていた。
それぞれが軽く挨拶を済ませた後、ソウが最初に口を開く。
「昨日の収穫は大きかった」
「はい。お姉様の能力があれば、弟さんのイレイザーズ化を防げる可能性が出て来ましたから。流石です、お姉様」
メイのよいしょに、「まあね」とマヤが胸を張る。
「うちのシュウちゃんへの思いが奇跡を生んだって奴? これこそまさに愛の力が成せる業なんよ」
「……まさに業だな」
「ん、何?」ソウの独り言にマヤが笑顔のままで問い掛ける。
「いえ、何も……」
実際、昨日の一件で、これまで不安定だったエレンたちの行動に指針が出来た。
これはとても大きなことだった。
目的と手段が明確になれば、余計な迷いも生じなくて済む。
攻撃のカードが手元にあるだけで、随分と気持ちが楽になっていた。
「ただ、手放しで喜んでいられる状況でもないのも確かだ。理由は分からないけど、日野森さんたちが前回のループで助けた人たちが、イレイザーズになることが確定したんだから。そうだよね、斉木さん?」
「みたいだね。あのナンパ男の記憶の中にも、そういう情報があったから」
「となると、問題は、今後、どうやってそのイレイザーズ化する人たちを助けて行くかだけど……」
「昨日みたいに、エレンがやっつけて、うちがイレイザーズの記憶を消去するって流れじゃ、ダメなの?」
「それが出来ればいいんだけど……。そう簡単に行くかなあ? 敵に日野森さんより力の強い奴が居ないとも限らないわけだし」
慎重な意見を口にしたソウに、「いないと思うよ」とマヤが答える。
「お姉様? そう言うってことは、何か根拠があるんですか?」
「ああ、うん。昨日のチャラ男の記憶を見た時、自分が仲間の中では一番腕力がある的なこと言ってたから」
「それが本当なら、これからの作戦も立てやすくなるけど……」
「何なら、もう一回、確認してみようか?」
何気なくそう言ったマヤに、ソウとメイは、「どうやって?」と言いたげな表情を浮かべる。
だが、エレンだけは、マヤが何をしようとしているか予想がついた。
「マヤさん、もしかして、また他人の記憶の中で、他人の記憶を読むつもりですか?」
「え、何それ? どゆこと?」
エレンは、以前、マヤがエレンの記憶を読んだ時、そこに居たエレンの母親の記憶を読み取ったことを説明した。
それを聞いたメイが、「ほとんど、反則ですね」と呟く。
「ま、そういうことだから、任せてよ。……エレン、ちょっといい?」
マヤはそう言うと、エレンの瞳を覗き込む。
それから十数秒、エレンから目を離したマヤは、不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 何でだろう?」
「どうしたんですか、マヤさん?」
「うん……。何かよく分かんないけど、あのチャラ男の記憶、読めなくなってた」




