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渡良瀬の記憶を丸裸にしてやろう。
そう意気込んでみたのはいいものの、どうにも気乗りがしなかった。
イレイザーズの情報を得るためとはいえ、こんなやつの目を見つめ続けなければならないなんて。
こうなったら、マジで本気出して、さっさと終わらせよう。
とりま、あの規制がされていた記憶領域まで潜りますか!
マヤは意識を集中すると、渡良瀬の瞳を覗き込む。
最初に見えたのは、既知の情報であるリョウのプロフィール。
これは果てしなくどうでもいいので華麗にスルー。
次に見えたのは、イレイザーズとしての渡良瀬の記憶だったが、あの気持ち悪い生き物に変態することが出来るということを、それはもう自慢げに記録されていた。
あと、自分のことをリョウはSVだと言っていた。
SVって、何?
エスブイ、エスブイ……。
あ、あれだ!
すごい、ヴァカ!
あーね。
自覚あったんだね。
マヤは一人で納得すると、さらに渡良瀬の深層心理へと進んだ。
ほとんどノイズに等しい渡良瀬の記憶を掻き分けて、やがて件のレイティング・ゾーンに辿り着いた。
そこで、マヤは、この能力に目覚めてから一番と言っていいほどの集中力を発揮した。
それは、重い井戸の蓋を動かすような感覚だった。
只々、ひたすらに力を込めて、少しずつ、蓋をずらして行く。
――ん!
蓋が動く度、井戸の底からループ前のリョウの記憶が溢れ出す。
もっとも、それは、今と変わらず、ただの軟派男の記憶でしかなく、興味を惹かれるようなものはどこにもなかった。
それでも、マヤには、たしかな手応えがあった。
渡良瀬の中のイレイザーズとしての記憶が少しずつ消え始めていたのだ。
――さん!
よく分からんけど、これ、何か行けるんじゃね?
――ヤさん!
ん? 何か、さっきから五月蠅くない?
マヤがそう思った時だった。
唐突に、頬を張られたような痛みを感じ、マヤの意識が現実へと引き戻された。
「マヤさん!」
「お姉様!?」
「斉木さん?」
目を覚ますと、マヤは休憩スペースで横になっており、エレンたちが不安そうな顔でこちらを見下ろしていた。
◆
渡良瀬と同調をしてから数秒と経たずしてマヤは変調を来した。
体はずっと痙攣し、いくら呼び掛けても返事はなかった。
彼女が目から血を流し出した時は、もうダメかと思った。
とにかく、能力の使用をやめさせなければならない。
だが、その方法が分からずエレンが狼狽えていると、ソウがこんな時は外部から強い衝撃を与えれば、能力が解除されることがあると言った。
エレンは迷わずマヤの頬を張った。
直後、焦点の合っていなかった瞳が光を取り戻し、ゆっくりとエレンの方に視線を向けた。
「どしたん、エレン?」
マヤがいつものようにそう言ったのを聞いて、エレンは心底ほっとした。
「マヤさん、無理し過ぎです」
「え? 無理って、うち、別にそんなに大したことしてな――」言いかけて、マヤの体がふらりと横に傾く。
それを咄嗟に支えたエレンは、マヤの体が異常な程に熱くなっていることに気付いた。
「マヤさん、ひどい熱ですよ!?」
エレンがマヤの額に手を当てると、「あー」と気だるげな声が聞こえた。
「エレンの手、冷たくて気持ちいい」
「何を暢気な……」
エレンがそう言うと、「日野森さん、落ち着いて」とソウが声を掛ける。
「これは能力の使い過ぎによる一過性のものだから。少し休めばすぐに治ると思うよ」
「本当ですか?」
「うん。俺も、メイも同じような経験があるからね」
エレンが目を向けると、メイが無言で頷く。
「そうですか……」
「あれ? 何か、うち、結構心配掛けてたっぽい?」
「はい、かなり……」珍しく強い口調でエレンが答える。
「何か、ごめん」マヤは弱々しい声で謝ると、ふと自分の頬に手を触れる。「そういえば、さっきうちのこと叩いたの、エレン?」
「ええ、そうです」
「めっちゃ痛くて一発で目が覚めたわ……。って、何これ? 血が出てんだけど? ちょっと、エレン、強く叩き過ぎじゃない?」
「それ、私のせいじゃないです。マヤさんの目から出てるやつです」
「……ま?」
それから思いのほかビビり散らかしたマヤが落ち着くまで、しばらく時間が掛かった。




