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 何か、すっきりした。 

 

 エレンが手に持っていた時計の支柱を下ろすと、メイが、「ひっ」と声を上げた。

 それを見て、マヤがメイの頭をよしよしする。


「かわいそうに。トラウマ刺激されるやん」


 あれ?

 これ、私が悪いの?

 そんな視線をソウに送ると、気まずそうに目を逸らされた。


 どうやら、やり過ぎてしまったらしい。

 でも、今回は仕方がないと思う。

 この男の体は、たしかに鉄のように固く、加減をしていたら、いつまで経ってもこの状況から抜け出すことは出来なかったはずだから。


 事実、男が戦闘不能になると、周囲のイレイザーズは、何事もなかったかのように元の人格を取り戻した。ただ、時計の支柱が突然引き抜かれていたことで、場内が一時騒然となってしまったのは、想定外だったが……。


 だが、その混乱に乗じて、エレンたちは、男を休憩スペースへと運ぶことに成功した。

 騒ぎの様子を見に行ったのか、休憩スペースには、ほとんど人の姿は見られなかった。

 ソウは背負っていた男を雑に休憩スペースに寝転ばせると、マヤが何も言わずに男の瞼を強引に開いた。


「記憶読んじゃお。何か情報が抜き取れるかもしれないし」


「気を失っている相手でも、記憶を読むことは出来るんですか?」メイが尋ねる。


「むしろ、その方が好都合かも。変な抵抗もされないし」マヤはそう答えると、男の目を覗き込んだ。「なになに? えっと、名前は……、渡良瀬リョウっていうのか。この近所の大学に通っているみたい。まあ、予想どおりだけど、普段から飲み会と女漁りをしている不良大学生だね」


「本当に、予想通りですね」メイが相槌を打つ。


「イレイザーズについては? 何か情報はありそう?」今度はソウが尋ねる。


「ちょっと、待って。もう少し、深くまで潜ってみる」


 マヤは意識を高める様に深呼吸をすると、再び、渡良瀬の瞳を覗き込む。

 エレンたちは、周囲を警戒しつつ、マヤの様子を見守った。

 それから数分後、マヤが渡良瀬から目を離した。

 だが、その表情は険しく、しばらくの間、マヤは口を開こうとしなかった。


「……お姉様?」黙り続けるマヤに耐えかねたのか、メイが声を掛ける。「何か、分かりましたか?」


「まあね……。良いニュースと悪いニュース。どっちから聞きたい?」


 エレンと諌山兄妹は、それぞれと視線を交わすと、ソウが口を開く。


「じゃ、じゃあ、悪いニュースから」


「りょ。……えっとねえ、やっぱり、このまま行くと、シュウ君は、イレイザーズになるっぽい」


「……マジ?」


「うん。理由はよく分からないけど、前回のループで死を回避した人がイレイザーズになってるみたいだから」


 予想していたこととは言え、それがはっきりと分かると気持ちが重くなった。

 ただ、それにしては、マヤが妙に落ち着いているのが気になる。


「あの、それでは、もう一つの良いニュースというのは?」


 そう尋ねたエレンに、マヤがこくりと頷く。


「シュウ君を、助けられるかもしれない」


「えっ!?」


「どういうことですか、お姉様!?」


「うん……。何か、いま、こいつの記憶を読んでたら、かなり厳重にロックされている領域があったんよ。で、試しにそのロックを解除しようとしてみたら、ほんの一瞬、ありえない記憶が見えて」


「ありえない記憶?」


 エレンが首を傾げると、マヤの口から、たしかにありえない言葉が発せられた。


「カレン姉の記憶。それも、前回のループの時の」


「えっ!?」


「理屈はよく分からないけど、こいつらにも前回のループの記憶があるみたい」


「でも、この人、私のこと、覚えていませんでしたよ?」


 渡良瀬を見下ろしそう言ったエレンに、「あーね」とマヤが答える。


「何か厳重にロックされてるっぽい。それこそ、本人でさえ解除できないくらいに。……前に

うちがエレンの記憶の中の女神様を見ようとしたときのこと覚えてる?」


「え、ええ。覚えていますけど。……たしか、R18の表記が見えたとか言ってませんでしたっけ?」


「そうそう。それと同じものがこいつの記憶の中にも見えたんよ」


「何だそりゃ? どうして、人の記憶にレイティングがあるんだ?」


「兄さん、気になるんですか? R18の女神様が」


「ちがう。気になってるのはそっちじゃない。……いや、まあ、それはそれで気にならないわけじゃないけれども」


 ソウがぼそりと漏らした本音は、誰の耳にも止まらない小さな声だった。

 だが、この場にはエレンが居る。


「諌山君、本音、聞こえてます」


 それを聞いて、メイとマヤはエレンの含意を理解する。


「兄さん……」


「うわ、最っ低ー。皆、真剣に話してるってのに。これだから諌山くんは……」


「これだから男子は、じゃなくて? 俺限定なの?」


「当然です」ぴしゃりとメイが言う。


「……まあ、諌山君の性癖は今はどうでもいいとして。重要なのは、こいつの記憶に本来あるはずのない記憶があるっていうことなんよ」


「どういうことですか?」


「つまり、その記憶を思い出させれば、こいつらみたいなやつがイレイザーズになるのを防げるんじゃねって思って」


 根拠がある訳ではない。

 だが、ネタバレ製造機のマヤが言うと、妙に説得力があった。


「でも、そんなこと出来るんですか?」


 そう尋ねたメイに、「知らんけど」とマヤは答える。


「まあ、やってみる価値はあるでしょ」


 それは、ここ最近聞いたマヤの言葉の中で、もっとも前向きなものだった。

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