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人助けそのものに関心はなかった。
来世を望まぬこの身としては、徳を積むことにもあまり意味を感じなかった。
それでも、カレンを見つけ出し、このループから抜け出すためならば、まあ、頑張ってみようかなと思っていた。
……思っていたのだが。
「どうしよう。全然、やる気が出ない」
現在、エレンたちは、地元のレジャープールにやって来ていた。
前回のループと同じなら、今日ここで事故が起こる。
事故と言っても、一人のチャラ男がプールで溺れるだけの話なのだが。
だが、優しいカレンはそれを見過ごさなかった。
そのせいで、自分が怖い思いをするとも知らずに。
「……はあ」
エレンが今日何度目かも分からない溜息を吐く。
そのすぐ近くでは、マヤがプールサイドチェアの上で体育座りをしていた。
「シュウちゃん、今日も口きいてくれなかった。マジ病む。もう、何か、全部どうでもいい……」
心を守るための防衛本能がそうさせるのか。
マヤは、今日、みんなで集合した時からずっと無表情のままだ。
「……兄さん。メンバーの半分、というか、発起人の二人にまったくやる気が見られないのですが?」
「うーん。大丈夫かな、これ?」
諌山兄妹がひそひそ話をしているのが聞こえる。
彼らの言いたいことはよく分かる。
でも、やる気が出ないのは、どうしようもない。
あの男に会うのが嫌だというのもあるのだが、それ以前に場違い感がハンパない。
青い海、眩しい太陽、行き交う陽キャたちと楽しそうな笑い声。
そのどれもが私の劣等感を刺激する。
ああ、早く帰りたい。
「ところで兄さん?」
「何?」
「今日の私の水着、どうです?」
「うん、まあ、普通じゃない? 露出も控えめだし、中学生が着るには、ちょうどいいと思うけど」
「可愛いですか?」
「え?」
「可愛いですか?」
「ま、まあ、可愛いんじゃない」
「ふふ。最初から正直にそう言えばいいんです」
……何だろう?
どこからか、付き合いたてのカップルみたいな会話が聞こえる。
「……いいなあ。うちもシュウちゃんと海、来たかったなあ。……もう叶わぬ夢だけど」
あっちは、あっちで、完全に闇落ちしてるし。
このテンションで、これからあの不愉快な人を相手にしなければならないと考えると、気が滅入る。
もう、何でもいいから、さっさと終わらして帰ろう。
やる気なく、エレンがそう誓った時だった。
「おー、見つけた、見つけた!」
会いたくなかった。
でも、会わなければならない男の声が聞こえた。
どうか、聞き間違いであって欲しい。
そう願いながらエレンは振り向く。
「げっ」思わず本音が口から零れた。
「マジで現れやがった。いま話題の陰キャギャル」
それはまるで、エレンがここに来ることを知っていたような口ぶりだった。
男は嘗め回すようにエレンを見てから、「へえ、顔は結構いいじゃん」と上から目線で言った。
「お前だろ? トーマさんを撃退したってやつ?」
「トーマ?」
「あれでしょ。この前、襲って来た似非イケメン」ぼうっとプールサイドを眺めていたマヤが、鋭い視線を男に向ける。「っていうか、何で、あんたがそのこと知ってるの?」
マヤの口調は明らかに荒れていた。
機嫌が悪いということもあるのだが、それ以外にも理由はあった。
「そんなの、俺がトーマさんの仲間だからに決まってるだろ?」
前回のループでエレンたちが助けた人がイレイザーズになるという仮説が、男の返事によって、より真実味を帯びて来た。
「……ああ、最悪」と、マヤが小声を漏らす。「で、何で、あんたはうちらの所に来たわけ?」
「お前らが、余計なことをしているからだろ」
「余計なこと? ループの流れを変えていること?]
「分かってんなら聞くんじゃねえよ、カス」
イラっという擬音が聞こえてきそうな表情をマヤが浮かべる。
「本当に……、聞いていた通りの人ですね。品性のかけらもない」
聞えよがしにそう言ったメイに、「はあ?」と男が威圧的な声を上げる。
「んだあ? 今、言ったのはてめえか? ああ!?」
「他に誰が居るって言うんです?」小馬鹿にしたような口調でメイが言い返す。
「生意気なガキだな?」男はそう言うと、メイの体に値踏みするような視線を向ける。「……はあ。お前はいいや。俺の趣味じゃねえ」
「どういう意味ですか、それ!?」
「お前みたいに貧相なガキ、いたぶっても面白くねえからな。どうせやるなら、そこに居る女くらい実ってねえと」
下卑た視線を向けられて、「ひっ」とエレンは反射的に後退る。
すると、男の視線からエレンを隠すように、ソウが前に出る。
「諌山君?」
「本当は、イレイザーズとことを構えるのは本意じゃないんだけど。こいつは、どうも食わない」
「何だ? お前もそいつらの仲間だったのか? 影が薄いから、モブかと思ったぜ」
「モ、モブっ!?」
気にしていたのか。
ソウの顔に精神的ダメージの色が浮かぶ。
出会って数分と経たずに、男はエレンたち全員のヘイトを最大まで稼ぎ出した。
その間、エレンたちは、たしかに男に意識を取られていた。
それが周囲の状況に気付くのを遅らせた。
「あれ? 何か、やけに静かな気が……」
最初に口を開いたのはメイだった。
彼女の言うとおり、先程まで聞こえていた人の声はいつの間にか止んでいた。
「……おいおい」
次に異変に気付いたソウが周囲を見渡す。
そこには、無言のままこちらを見つめる入場者たちの姿があった。
「まさか……、これ全部、イレイザーズ?」
目を見開きエレンが言う。
十人や二十人ならどうとでもなる。
たとえ百人相手でも、先日、退けたイレイザーズ程度なら負ける気はしなかった。
だが、この数になると……。
戦うべきか、逃げるべきか。エレンが逡巡していると、後ろからメイが手を握って来た。
そんなメイの態度に気を良くしたのか、男が得意げな様子で両手を広げる。
「どうよ、ビビった? これ、全部、俺の下僕ちゃんたち」
「下僕? ここにいるイレイザーズがか?」ソウが尋ねる。
「おうよ」
「ふーん。前にも、お前みたいなやつに会ったことがあるけど、こんなにぞろぞろ仲間を引き連れて来たやつは初めてだな」
ソウが言外に腰抜けと揶揄すると、男の表情が変わる。
「お前……、俺やトーマさん以外にもSVに会ったことがあるのか?」
「SV? それがお前みたいに自我を持ったイレイザーズの呼び名か?」
「みたいだな。まあ、誰が言い出したのかは不明だが」
「お前みたいなやつは、ほかにも大勢いるのか?」
「んなこと、教えるわけねえだろ、馬鹿」
「聞かされてないだけなんじゃないか? お前、明らかに下っ端ぽいし」
「てめえ……」ソウの挑発に男の目つきが変わる。「女の前だからって粋がってると、潰しちまうぞ!?」
典型的なチンピラの発言。
だが、ソウは全く意に介さず、「やってみろよ」と更に煽る。
「もう遅いけどな」
その直後、男の脇腹にエレンの拳が突き刺さった。




