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 諌山兄妹がエレン宅にやって来て数十分後。

 リビングにあるソファには、いつの間にか眠ってしまったマヤとそれを膝枕するメイの姿があった。

 それを横目に見ながらソウが口を開く。


「ようやく落ち着いたことだし、一先ず、次に予定している人助けの相手について整理しようか」


「はい」エレンはテーブルの向かいに座るソウに向かって答える。「それにしても、メイさんが居てくれて助かりました。私だけじゃ、とても面倒を見切れなくて……」


 そもそも論として、陰キャが人の面倒を見ること自体が無謀なのだ。

 落ち込んだ人を励ますなんて、ハードルが高すぎる。

 ……まあ、私の場合は、自分の面倒だって見られるのか疑わしいけれど。

 

 それに比べて、メイは本当に良く出来た子だと思った。


「あいつ、あれで面倒見がいいんだよ」苦笑しながらソウが言う。


「自慢の妹さん?」


「……まあ、ね」


 ソウが頷いた時だった。

 ソファの方から、メイの独り言が聞こえて来た。


「……ふふ。何だか、可愛いですね。()()()に子供が生まれたら、こんな感じなんでしょうか?」


「……………………」


「どうしたの、日野森さん?」


「いえ、何でも」ソウから目を逸らしてエレンは言う。


 マヤといい、メイといい、どうして私の周りの女の子は、腹の中に狂気を孕んでいるのだろう。

 いまの所、まともだったのは、カレン(お姉ちゃん)くらいだ。

 

 まあ、幸い、諌山君の耳には、メイさんの独り言は届いていないようだったし、何も聞かなかったことにしておこう。

 

 エレンがそんなことを考えていると、ソウが口を開く。


「じゃあ、前回のループで日野森さんたちが次に助けた人について教えてもらえる?」


「次に助ける人ですか……」


「何か、めっちゃ嫌そうだね」


「はい。私がもっとも嫌い……、苦手なタイプの人でしたので」


「うん。言い直した意味ないよね、それ? まあ、それだけ嫌いなタイプってことか……。一体、どんな人なの?」


「そうですね。まず、無駄に体と態度が大きいです」


「……ああ、何かそれだけで日野森さんが苦手なタイプだって分かるわ」


「あと、かなりチャラいです」


「へえ。それはこの前、襲って来たやつより?」


「あの人の方が断然マシです。出来れば一生、関わらないでいたい類の人ですね」


「日野森さんが、他人をそんな風に言うなんて珍しいね? そんなになの?」


 そんなになんです。

 その人物は、前回のループで、エレンたちに命を救われた。

 だが、そのことにはまったく気付かず、あまつさえ、カレンにしつこく言い寄って来たのだ。


 あの時は、まだエレンも能力を十分に引き出すことが出来ておらず、カレンがナンパされても、怯えるばかりで何も出来なかった。マヤが、人を呼んでくれたおかげで事なきを得たが、あの時ほど人助けを後悔したことはなかった。


『あはは……。ちょっと怖かったね』

 

 男のナンパから逃れた後、カレンがそんな風に言ったのをエレンは思い出した。それはそうだろう。自分よりも、ずっと大きな男の人に必要以上に迫られたら、誰だって怖い。


 そういえば、あの時のお姉ちゃん、足が震えていたっけ……。

 

「――ああ、何か思い出したら苛々して来た」


「ひ、日野森さん?」急に口調を荒くしたエレンにソウが目を丸くする。


「あいつ、マジでありえないから。まず、笑顔が気持ち悪い。薄っぺらな人間性が透けてみるっていうか……。あと、気安く触ろうとするの何? お姉ちゃんは、お前の女じゃねえっつうの! 大体、人を見る視線がいやらしいんだよ。下半身でしかものを考えてないタイプっていうか。タトゥも似合ってかったし。あれ何? 竜なの? 蜥蜴なの? ロン毛はうざいし、息臭そうだし、無駄に声は大きいし! 張りぼてみたいな筋肉見せびらかせてイキってんじゃねえっつうの! 話しも、クッソつまんねえし! あれもう、絶対、頭悪い。会話の端々から知性の低さが滲み出てる。そのくせ、お姉ちゃんみたいに見た目大人しそう子が相手だと、強気に出て来るの、マジ最悪。きっつい香水も不快。お姉ちゃんがナンパ断ろうとしたら、君、空気読めないよね? とか言って、おめえは空気を汚染してんだろうが! 口開くな、この環境破壊生物が! あれで、平然とナルシストを気取れる神経を疑う。鏡見た方が良い。いや、鏡に失礼か。生涯、フルフェイスのヘルメット被っていて欲しい。それから――」


「ステイ、ステイ、ステイ!」呆然とエレンの独り言を聞いていたソウが、慌ててエレンを制止する。「何かよく分かんないけど、落ち着いて。呪詛が垂れ流しになってるから!」


「――え?」我に返ったエレンが、ソウの顔を見つめる。「あ、ごめんなさい。何か歯止めが聞かなくなっちゃって……」


「いや、いいんだよ。ごめんねえ。嫌なことを思い出させちゃって」


 何だか、すごく気を遣われた。


「あ、いえ、こちらこそ。……それで、やっぱり、あの人も助けないといけないんですよね?」


「まあ、一応、貴重な情報源になるかもしれない人物だし……」


「そうですよねえ……」気落ちしながらエレンが答える。


「でも、それだけ印象に残ってる相手なら、見ればすぐに分かるんじゃない?」


「そうですね。あの人だったら、顔を見なくても、近くに居るだけで不快指数が上がると思うので!」


「さっきから、毒が泉のように湧いて来るね」口元を引き攣らせてソウが言う。「……しかし、いつも大人しい日野森さんにそこまで言わせるって、相当、やべえ奴だな」


「あっ、でも、あの人がイレイザーズだったら、躊躇とかしなくていいから、かえって気が楽かもしれませんね」


 うん、そうだ。

 良いことに気が付いた!


「しれっと、怖いこと言うんだよなあ、この子……」


「……そっちが本性なんですよ」


 ソファの方から、メイが小さくそう言ったのが聞こえた。

 その言葉に、たしかにその通りだとエレンは小さく自嘲の息を吐く。

 この先で助けなければならない相手が、あんな男だということは、正直、耐え難い。

 それでも、ソウの言う通り今は情報が必要だ。


 何より、シュウジを助け出す手掛かりになるのなら……。


 メイに膝枕をされながら寝息を立てているマヤに目を向ける。

 

 ……このままってわけにはいかないよね?


 エレンは、ぎゅっと拳を握り締める。

 甚だ気乗りしないミッションだ。

 それでも、今のマヤを見て見ぬ振りも出来ない。


 生まれて初めてかもしれない。

 友人のために頑張ろうなんて自分らしくないことを思ったのは。


「やりますか」


 エレンは覚悟を決めた。

 もう、引き返す気はなかった。

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