66
ソウたちとファミレスで会議をした翌日の午前11時。
次の人助けについて、エレンたちは学校近くの図書館に集まることになっていた。
しかし、今朝方、とある事情で急遽予定を変更し、エレン宅に集合することになった。
事の発端は、昨日夜遅くに掛かって来たマヤからの電話。
「エーレーン。……どうしよう。うぢ、もう、ダメがもじんない」
いきなり鳴き声でそう言ったマヤは、ひどく取り乱した様子だった。
「どうしたんですか、マヤさん!?」
「うぢ……、うぢ……。う、うええーん」
エレンが何を訊いても、マヤは泣いてばかりでまるで要領を得なかった。
これでは埒が明かないと考えたエレンは、マヤの家まで行くことにした。
「マヤさん、ちょっと待っていて下さい。すぐ、そちらに向かいますから」
エレンが、電話口でハウリングするマヤの鳴き声にそう言うと、自宅のチャイムが鳴った。
こんな時に一体、誰?
バタバタと足を鳴らして、エレンが玄関に向かうと、そこには目を真っ赤に腫らしたマヤが突っ立ていた。
「エレーン」
スマホを耳に当てたまま、まるで子供のように泣きじゃくるマヤを、エレンは急いで自宅に入れた。
それから冷たい飲み物を飲ませて落ち着かせ、冷水で濡らしたタオルで目をに当てさせた。
甲斐甲斐しく世話を焼き、やがてマヤが泣き止むと、エレンは事情を尋ねた。
すると、どうやら、シュウジと喧嘩をしてしまったらしいことが判明した。実にしょうもない理由だと拍子抜けしたものだが、マヤにとってはこの世の終わりのような出来事だったらしい。
「……それでこの有様な訳か」
メイと一緒にエレン宅までやって来たソウは、通されたリビングの惨状を見てそう言った。
そこには椅子にもたれかかったまま、抜け殻のように天井を見上げるマヤの姿があった。
「終わったあ。シュウちゃんに嫌われたあ……。もう、だめだあ。うちの人生、マジで終わったぁ……」
ソウとメイには、予め、掻い摘んで事情を説明していた。しかし、想像以上にマヤが凹んでいたので、二人とも大層、驚いていた。
「お姉様。何て、お労しい……。弟さんに嫌われたのが、相当、ショックだったんですね」
「いやあ、姉弟喧嘩でここまで凹むか、普通?」エレンが口にしないでいたことをソウが言う。
すると、「お兄様、そういう所ですよ」とメイに睨まれていた。
「女の子は繊細なんですから、もっと優しくしてください」
「いや、そうは言ってもさあ。実際、どうすんの、これ? 斉木さんがこの状況じゃあ、作戦会議も何もないだろう?」
本来なら、マヤにはシュウジの記憶を探ってもらい、今日、報告を受ける手筈になっていた。
もしかしたら、シュウジの直近の記憶を辿れば、前回のループでエレンたちが助けた人たちがイレイザーズ化する理由が見つかるかもしれない。
昨日のファミレス会議でそんな意見が上がったからだったが、完全に空振りに終わってしまった。
「でも、マヤさんをこのまま放っておくわけにも行きませんし。それに、次の事件が起こるまで、あと3日しかありませんし……」
「まあ、確かに悠長にはしていられないか」ソウが肩を竦めて答える。「シュウジ君から、何か有益な情報が得られたらって思ってたんだけど……」
「シュウ、ちゃん?」ソウが発したシュウジの名前にマヤが反応する。
あ、まずい。
せっかく落ち着いて来た所だったのに。
昨日から、マヤはシュウジの名前を聞くだけで、わんわん泣き出してしまい、始末に負えなかった。
「諌山君。マヤさんは、今、とても神経質になっているので、注意してください。シ……、弟さんの名前とか、それを連想させるような言葉はNGワードです」
「え、なに、その縛り?」
「昨晩も、寝かしつけるのが、とても大変だったんです。それで、朝、目を覚ましたと思ったら、またこんな感じで……」
「そういえば、日野森さん、ちょっと隈できてない?」
「……まあ、あまり、寝られなかったので」
「何だか、育児中のお母さんみたいですね……」
メイがぼそっと呟いた。
笑えない冗談だった。
マヤが動けないという事実は、作戦が止まっていることを意味する。
そして、止まったままでも時間だけは確実に減っていく。




