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 エレンたちとファミレス会議をしたその日の夜。

 マヤは、シュウジに自室へ来るようにと伝えた。


「何、姉ちゃん? 俺、さっさと風呂に入って寝たいんだけど?」


 ちょっと不機嫌なシュウ君もかわいいなあ……。

 ベッドに腰掛けていたマヤは、そんなことを考えながら目の前にあるデスクチェアを指差す。


「そこに座って」


 シュウジはマヤに言われるままデスクチェアに腰を下ろす。


「で、何?」


「うん……。ちょっと、うちの目を見てもらいたいんだけど」


「目を見るって、どうして? カラコン変えた?」


「今日は、カラコンしてねえわ!」マヤはそう言うと、自分の顔をグイッとシュウジに近付ける。「いいから、ほら。うちの目を見て」


「ああ、もう! 分かったよ。 だから、そんなに顔近づけんな!」シュウジはやけくそ気味に答えると、マヤの目を見つめる。「これでいい?」


 ……あ、ああ! ヤバイ! 

 シュ、シュウ君が、うちのこと、じっと、見つめてる!

 脳内で大量のドーパミンが分泌されたマヤが幸福の海に溺れていると、「おい、姉ちゃん!?」とシュウジが現実に引き戻す。


「大丈夫かよ? 何か、顔がすげえことになっているけど?」


「な、何でもない!」


 危なかった。

 目的を達成する前に溺死する所だった!


 一度深呼吸をしたマヤは、今度こそシュウジの目を覗き込んだ。

 その瞬間、マヤの脳裏にシュウジの記憶が次々と浮かび上がった。

 

 シュウジにイレイザーズの兆候が見られるか。記憶を読めば、何か手掛かりを掴めるかもしれない。だが、過去一週間分の記憶を閲覧しても、特に気になるようなものは見つからなかった。


 それでも油断は出来なかった。

 このループ世界は、7月20日を起点に始まっている。前回のループでは、そこまで読み取ることはなかったが、今回は状況が違う。ならば、可能な限りシュウジの記憶は確認しておきたい。

 

 シュウ君のためだし、ちょい疲れるけど、頑張りますか!

 マヤは、気合を入れて更にシュウジの記憶を読み込んで行く。

 

 7月19日の記憶を読み取ろうとしたとき、強烈な抵抗が感じられた。

 

 どうして? 

 これはシュウ君が抵抗している? 

 ……それとも?

 

 深く、深く、シュウジの記憶の奥へと手を伸ばす。

 抵抗は更に強くなり、これ以上踏み込んではいけないといった予感に襲われた。

 それでも、シュウジに危機が迫っているのなら、見過ごすことは出来ない。

 マヤは、必死になって、7月19日の記憶を追った。


 ……それがいけなかった。

 

「姉ちゃんっ‼」


 シュウジの大声が聞こえ、マヤの意識は唐突に現実に引き戻された。

 気が付けば、マヤの鼻にシュウジがティッシュを当てていた。

 どうやら、能力を使い過ぎた様だ。


「おい、姉ちゃん、大丈夫かよ?」シュウジが心配そうに尋ねる。


「あー、うん、大丈夫。平気、平気」マヤは自分でティッシュを押さえるとそう答える。


 しかし、頭の中は先ほど見たシュウジの記憶で一杯だった。


 ……何てこと! 

 私の知らない所で、あんなことがあっただなんて!


 マヤはシュウジの顔を覗き込むようにすると、「ねえ、シュウ君?」と尋ねる。


「何?」


「うちに秘密にしていることない?」


「姉ちゃんに秘密? ……別にないけど」


「本当に?」


「ああ」


「ふーん」マヤはそう答えると、ゴミ箱にティッシュを放り込む。「……だったら、あの女は誰?」


「は? あの女?」


「7月19日。……シュウ君、同級生の女の子から告白されていたよね?」


「んなっ!? 何でそれを」


「やっぱり!」


「いや、っていうか、何で姉ちゃんがそのことを知ってるんだよ?」


 マヤは一瞬、返事に窮する。

 今ここで、シュウジに自分の能力について伝えて良いものか。

 前回のループでは、初っ端からシュウジを実験台にしていたが、今回は状況が違う。

 迂闊な行動は取ることは出来ない。

 

 シュウジに告白をした泥棒猫のことで頭に血が上っていたマヤだったが、そのくらいの思考能力はかろうじて残っていた。


「知らないの? シュウ君のことで、うちが知らないことなんてないんだよ」


「…………。それって、つまり、俺のこと調べたってこと?」しらっとした目でシュウジが尋ねる。


「え? う、うん、まあ……」


「キモ」


「なっ! シュ、シュウ君、いま、キモイって言った!? お姉ちゃんのこと、キモイって!」


「いや、普通にキモイだろ? いくら姉弟でも、今回のは度が過ぎてる。プライバシーくらい守ってくれよ」


 シュウジの声は落ち着いていたが、トーンがいつもより低くなっていた。

 どこか吐き捨てるようなその口調に、マヤの血の気がさっと引いて行く。 

 

 どうしよう。

 これは、本気で起こっているときのやつだ。


「あ、あの、シュウちゃん、ごめ――」


「いいよ、もう。姉ちゃんの過干渉は今に始まったことじゃないし」


「ごめん、なさい」


「しかし、いきなり鼻血を出して何事かと思ったら。次に出て来た言葉がそれって……。まったく、心配して損した」


 シュウジはそう言うと、マヤの部屋から出て行こうとする。


「あ、あの、シュウちゃん」


「っていうかさ。そのシュウちゃんっていうの、やめてくれって前に言っただろ?」


 パタンと、扉が静かに締められる。

 それをマヤは茫然と見送った。


 たとえ、シュウジを守るためだったとしても、越えてはいけない線はあった。

 その線を越えたことを、マヤは今になって理解していた。

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