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 決して焦燥を悟られないようにゆっくりとイレイザーズの青年――朝倉トーマは、エレンの前から立ち去った。

 相手の心拍や呼吸器系に危険パターンを誘発させるトーマの能力――Anomaly Beatは、本来、戦闘向きではない。だが、トーマの身体能力は人間のそれを遥かに凌駕している。だから、たとえ能力者といえど、女の子一人に遅れを取るなどということは想定していなかった。


「……冗談じゃない。何なんだ、あれはっ!?」自身の探査領域から完全にエレンの気配がなくなると同時に、トーマは堪え切れなくなったように声を上げた。


 あれは人間でもイレイザーズでもない。もっと異質な何かだ。本人に自覚は無いようだったが、トーマの能力が通用しない時点で、あれが異常な存在であることは間違いなかった。


 先日、同じイレイザーズの一員である白鷺レイが、「面白いお姉さんに会ったよ」と嬉しそうに話していた。そのお姉さんはどうやら能力者らしいのだが、トーマの関心はもっぱら彼女の容姿にあった。


「レイ君、そのお姉さん美人だった?」


「うーん、僕、そういうのよく分かんないよ」


「はは、まあそうか」


「……あ、でも、前にトーマ君が消した茶髪のお姉さんとちょっと似ていたかも?」


「茶髪のお姉さん?」そう言いながら、トーマは以前その手に掛けた女性の姿を思い出す。「えっ! あの子と似てるの!?」


「う、うん……。まあ、ちょっとだけど。あ、でも、胸は大きかったよ」


「マジかあ!」


 レイはトーマとの付き合いも長く、彼の女性の好みもよく心得ていた。

 まったく素晴らしい報告を寄越してくれたものだと、トーマはレイを大絶賛した。


「あ、でも、あのお姉さんは規格外だから気を付けてね」


「規格外って? え、そんなになの?」


「え? う、うん」


「そうか……」


 レイの話を聞いて、トーマは俄然やる気が出て来た。

 能力者というのなら、いずれでどこかで遭遇することもあるだろう。

 その時は、持てる力を最大限に駆使して、最高の苦しみを与えながら消してやるのだ。


 美しい女性が最後に見せる苦悶の表情。あれは何度見てもいいものだ。病みつきになる。

 その子は一体、どんな顔を見せてくれるんだろう?

 ああ、早く会いたい。


 そう息巻いていたのだが、まさかこんなにも早く出会うことになるとは思わなかった。胸のサイズについては、かなり誇張していたようで少し残念ではあったが、そんなことより問題は、彼女があんな怪物みたいな人間であったことだ。


 エレンと対峙していた間は、終始、余裕の笑みを崩さなかったトーマだったが、いつ捻り潰されるのかと、内心では冷や冷やしていた。


「冗談じゃない!」


 トーマが苛立ち紛れに地面を思い切り踏みつけると、舗装面に足がめり込んだ。驚異的な脚力だ。しかし、あの女の子にはこんなものコケ脅しにもならないだろう。地面から足を引き抜きながらトーマがそんなことを考えていると、どこからか男の声が響いた。


「――あはは! トーマ君が怒ってる!」


 その声を聞いて、トーマは軽く溜息を吐いて振り返る。


「レイ君?」トーマの視線の先で景色の一部がまるで蜃気楼のように歪み、そこから白鷺レイが姿を現わした。「まったく、君は……。いつもいつも、俺の探査領域を簡単にすり抜けないでもらいたいんだけどね」


「ちょっと驚かせたくなって。でも、珍しいね? トーマ君がそんなに感情的になっているなんて。何かあったの?」


「ああ……。君のいたずらよりずっと驚くことがね」


「へえ、何だろう? 聞かせてよ!」


「君が言っていた女性に会ったよ?」


「僕が言っていた……? ああ、それって、もしかしてあのお姉さんのこと?」


「ああ」


「ええ、いいなあ。僕もまた会いたかったなあ」レイはそう言うと、トコトコとトーマの近くまでやって来る。「で、どうだった? 戦ったんでしょ?」


「……端的に言って脅威だよ」


「だよねえ」楽しそうにレイが頷く。「僕だって、あのお姉さんとは正面からやり合うのは勘弁したいし」


「そう思うのなら、先に教えておいて欲しかったな。彼女があんな怪物だと知っていたら、下手なちょっかいだってかけなかったのに」


「いや、教えたよ?」


「え? 聞いてないよ? レイ君からは綺麗で胸の大きくて面白いお姉さんがいるとしか」


「そのあと、言ったよ。あのお姉さんは、規格外だから気を付けてって」


「は? あれ、そういう意味だったの?」


「他にどんな意味があるって言うのさ?」


「いや、俺はてっきり……」それ以上は墓穴を掘ると一度口を綴んだトーマは、別の話題に切り替える。「何にしても、このままだとマズいな」


「だね。いま動けるSVは僕とトーマ君を合わせて、7人だよね?」


「ああ」


「どうにかなると思う?」


「やりようはある」トーマは、はっきり答える。「あの子には、致命的な弱点があるからな」

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