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休憩後、エレンたちは予定通り図書館へとやって来ていた。
「でも、どうして図書館なの?」
入口の前でそう尋ねたマヤにメイが答える。
「イレイザーズが現れないからです」
「え、何で?」
「理由は分かりません。ただ、これまでのループで、イレイザーズが図書館には近付こうとしないことは分かっています」
「あれかな? 図書館ですることなんて、読書か勉強くらいだから。ループの流れを大きく変えるようなことにはならないってことかな?」
自問するように言ったマヤに、「かもね」とソウが頷く。
「俺も、その可能性はあると思ってる」
「じゃあ、さっきレイザーズに襲われたのは、うちらが何かループの流れを変えるようなことをしたってことなんかねえ?」
「多分ね。まあ、俺が君たちと一緒に行動していることが、本来ならあまり考えられないことだから、流れを変えているっていえば変えているのかもしれないけど」
「確かに。こんなことでもなかったら、諌山君とは話すこともなかっただろうし。ねえ、エレン?」
「え? あ、そうですね」
急に話を振られたエレンが反射的に答えると、ソウがどんよりとした顔を浮かべる。
「はは……。何気に傷つく」
「ごめんね。うちのエレンは嘘が付けない子だから」
「うん。その捕捉はいらなかった」
「あ、そういえばさ。エレンが襲われたっていうイレイザーズって、前回のループで助けた男の子だったんでしょ?」
「はい」
「どんな奴か見せてもらっていい?」
「え? ……ああ、記憶を読ませてってことですね。いいですよ」エレナはそう言って、マヤと目を合わせる。
「エレン、段々、うちに記憶を読まれることに慣れて来てない? 抵抗とか無いの?」
「全くないわけじゃないですけど……。ただ、何の記憶を読まれているのか、感覚的に分かるので。言葉で伝えるよりも効率いいかなって」
「陰キャの割に、そういうところはオープンなんだ」
「別に陰キャだからってカミングアウトが苦手なわけじゃないですよ。私の場合は人と話すのが苦手なだけで」
「目を合わすのは?」
「苦手です。でも、マヤさんならいいかなって……」
「え、何それ? 告白?」
「あの、話が進まないので、さっさと日野森さんの記憶を読んでくれませんか?」
若干苛立ち気味のメイの口調に、「ごめんなさい」と謝ったマヤは、改めてエレンの瞳を覗き込む。
すると、マヤの表情が見る見る真剣みを帯びて来た。
「…………え? ちょ、ま? え、これマジ!?」
「どうしたんですか?」メイが尋ねる。
「いや、うん。これはちょっと想定外だったって言うか……」
マヤが驚くのも無理はない。氷を自在に操るあの男の子の能力は、恐ろしく暴力的だった。普通の人間なら五秒と持たずに氷像に変えられてしまうだろう。エレンでさえ、出来れば二度と会いたくないと思う程に。
だから、次にマヤが発した言葉を聞いて、エレンは正気を疑った。
「うわあ……。うちも見たかったわ」
「は? え、何言ってるんですか、マヤさん? 相手はイレイザーズですよ?」
「いや、だって、めっちゃ可愛いじゃん? エレンもそう思わなかった?」
「ま、まあ、たしかにきれいな顔立ちの子でしたけど」
「でしょ? ああ、何かうち、ちょっと新しい扉が開きそうなんだけど」
「……あの、兄さん? お姉様は何をおっしゃってるんですか?」
「お前は分からなくていいよ」首を傾げるメイに、ソウはげんなりしながら答えた。
その後、館内に入ったエレンたちは、窓際の空いているテーブル席に座ると、ソウの提案で閉館時刻まで待機することにした。ソウの話によると、他の利用者と一緒に帰れば、イレイザーズに狙われることもないらしい。
「それも、ループの流れを変えないようにすればってやつ?」
「そうです」マヤの言葉にメイが答える。
「でもさ、エレンを襲ったあの男の子はヤバいんじゃない? 自我があるってことは、何かそういうルールとかに縛られないってことでしょ?」
「いえ。自我を持ったイレイザーズも例外ではありません。それについては、今までのループで私たちが何度も検証しましたから」
「ふーん。じゃあ、とりま余計なことさえしなければ、奴らに狙われる心配はないってことかあ」
「そのとおり。でも、それじゃあ、いつまで経ってもこのループから抜け出せない」
「ジレンマだねえ」
「うん。だから明日からは、この図書館を拠点に行動をしようと思うんだけど、どうかな? 安全を確保しつつ、カレンさんの捜索とループ脱出の手掛かりを探すってことで」
「異議なし」
そう答えたマヤに続いて、エレンとメイも頷く。
それからしばらくして、他の利用者が帰宅し始めたので、エレンたちも図書館を後にすることにした。
◆
その晩、エレンは誰も居ない自宅で夢を見た。
見覚えのある夢。それは前回のループでエレンたちが未然に防いだ交通事故だった。
ただ、前回のループと違い、そこにカレンの姿はなかった。居たのはエレンとマヤ、そして諌山兄妹の四人だった。その夢の中のエレンたちも、交通事故から被害者を救っていた。それはまるでこれから起きることを予知しているような夢だった。
いや、そんなことある訳ない。エレンがそう思った時だった。耐え難い光景がエレンの前に広がった。
グチャグチャに壊された三つの肉塊が暗闇の中に浮かんでいる。
『――これは予知を否定した先にあるもう一つの未来』
不意にエレンさんの声が聞こえた。
「エレンさん!? どこに居るんですか!?」
エレンの呼び掛けにエレンさんは答えない。
ただ、独り言のようにこの先の未来を暗示する声が聞こえた。
『――これがお姉ちゃんがエレンちゃんに託したもう一つの力』
「どういうことですか? お姉ちゃんが託したって?」
エレンが必死にそう問うと、しばしの沈黙の後、耐えかねたように笑い声が聞こえた。
『ご、ごめん。やっぱ無理。意味深な感じで出て来てみたけど、私のキャラじゃないわ』
「……エレンさん」
非難混じりにそう言ったエレンに、『ごめんて』と再びエレンさんが答える。
『怒んないで。ちょっとふざけてみただけだから』
「ちょっとって……。いくらなんでも、さっきのは悪趣味過ぎませんか?」
『さっきのって? エレンちゃんが見た予知のこと?』
「そうです」
『いや、あれは私がやったんじゃないから。普通にエレンちゃんの力』
「へ?」思わず間抜けな声が出る。
『確証はないけどね。多分、お姉ちゃんの仕業だよ』
「お姉ちゃんの?」
『うん』
「ど、どういうことですか?」
『さあ? 私もあの人の考えていることはよく分かんないし。ただ――』そう言い掛けて、エレンさんが眉を顰める。『ああ、やっぱ無理か。ごめん、エレンちゃん。もう、時間がないみたい』
「え? ちょ、ちょっと、待って下さい! 私の力って何ですか? お姉ちゃんは生きてるんですか? ……私は、どうしたらいいんですか?」
畳み掛けられる質問に、エレンさんが困った表情を浮かべる。
『今は、自分の力を信じて。そうすればきっと――』
その言葉は最後まで紡がれることなく、唐突に途切れた。
「自分の力を信じてって……」反芻するようにそう呟いたエレンは、愕然とした表情を浮かべる。「自分ほど信じられないものなんて他にないんですけど?」
悲哀に満ちた声を残し、エレンの意識は今度こそ深く沈んで行った。




