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「何だったの、あの子?」
まるで煙のように消え去った謎の男の子。
だが、エレンは意外な程、落ち着いていた。
散々、異常事態に遭遇して来て耐性がついて来たのかもしれない。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からなかったが、少なくとも今この状況に限って言えば、平静を保っていられるのは間違いなく良いことだと思った。
なぜなら、今、彼女の目の前には、夥しい数のイレイザーズが押し寄せて来ていたからだった。
「ねえ、今日、二回目なんだけど……」
マジで勘弁して!
そう言いたくなるのをぐっと抑えて、エレンは迫り来るイレイザーズに目を向ける。
「……これ、この町の人のほとんどが集まって来てない?」
道の向こうに蝟集する人、人、人。
うっかり集合体恐怖症を発症しそうになるのを、独り言を呟くことで回避しようとしていると、不意に頭の中で声が響いた。
(あそこに爆弾とか落としたらえらいことになりそうじゃね?)
「……エレンさん」声の主にエレンが答える。「あの、前から思ってましたけど、発想がちょっとサイコパスじゃないですか?」
(いや、みんな口には出さないだけで、割とそういうこと考えてるから。あとでマヤに訊いてみ?)
マヤさんだって同類じゃないですか?
割と失礼なことを考えながら、「そうします」とエレンは答える。
「まあ、無事に帰ることが出来たらですけど」
(いや、楽勝でしょ。あんな有象無象がいくら集まったって、今のエレンちゃんに勝てる訳ないし。むしろ、エレンちゃんしか勝たん!)
「有象無象って……。って、それよりどうしていきなり出て来たんですか?」
(ダメ?)
「ダメってことはないですけど……」
(じゃあ、いいじゃん)
「軽いなあ……」
(まあ、実際、私にもよく分からんのだけど。……何か、波長が合ったっぽいんだよねえ)
「波長?」
(うん、そう。……ただ、これはダメだね。多分、すぐに回線切れると思う)
「え!?」
(まあ、別に私が居なくてもエレンちゃんなら大丈夫っしょ? ちゃちゃっと逃げちゃえばいいんだよ)
「まったく、他人事だと思って……」
(だって、こんなのピンチの内に入らないでしょ。それに本当にやばいのはこっちより、マヤたちの方だろうし)
「え?」
(イレイザーズ、あっちも出たっぽいよ?)
エレンさんの声がそこで途切れる。
同時にポケットの中でスマホの着信音が鳴った。
画面を見ると、連絡をして来たのはマヤだった。
「エレン、ヤバイっ!」通話モードにすると、間髪入れずにマヤのテンパった声が聞こえて来た。「イレイザーズが出たんだけど!」
「今、どこですか?」
「駅に向かう途中! 諌山君ちを出て少ししたら、いきなりこれだもん! 何なん、コレ? 何なん!?」悲鳴に近い声でマヤが言う。
あ、これ、本当にやばい奴だ。
「すぐに向かいます。マヤさんはどこかに身を隠していて下さい!」
「いや、隠れる所なんてないんだわ。諌山君んちの周り田んぼや畑ばっかだし」
「悪かったな、田舎で!」電話の向こうでソウが叫ぶ声が聞こえる。
「諌山君とメイさんも一緒なんですね?」
「うん……。ただ、メイちゃんは、さっきからぐったりしてる」
私の所為だ。
あんな破格の能力を使ったのだから、何の代償もないはずがない。
「大丈夫なんですか!?」
「諌山君が言うには、少し休めば大丈夫みたい。どっちかって言うと、メイちゃん背負って走っている諌山君の方が死にそうな顔してる」
「しゃーないじゃん。俺、どっちかっていうとインドア派なんだから!」
「諌山君、逃げられそうですか?」
エレンがそう言うと、ソウが大きな溜息付く。
「うん? ああ、まあ、それは大丈夫だよ」あっさりとした口調でソウが答える。「それより集合場所を決めとこうか? 学校の近くにある市立図書館はどう?」
「え? あ、はい。分かりました」
「それじゃあ、後で」
その言葉を最後に通話が切られた。




