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マヤと一緒に隣町までやって来たエレンは、最初に古書店へ向かった。
雑居ビルの二階にあるその店は、客はほとんど入っておらず、雑然と本が積まれていた。
その中の一冊を手に取ってマヤが言う。
「どう? なんか記憶と違う所はある?」
「分かりません。あまりはっきりとは覚えていなくて……。でも、お店の中はたしかこんな感じだったと思います」
「今にもつぶれそうな感じ?」
「まあ、有り体に言えば……。ただ、このお店はご主人が趣味でやっているだけだから、あまり利益は気にしていないらしいってお姉ちゃんが言ってました」
「ふーん。他に何か気付いたことは?」
「他にですか……」エレンはそう言いながら、店の中を見渡す。
すると、見覚えのある本を見つけた。
太宰治著、人間失格。
ただし、こちらの世界では著者は別人、というよりAIになっている。
背表紙に刻まれたAIの識別番号と編集者名を見ていると何だか味気ない気分になった。
そういえば、ループ前の世界でもこの本を購入したが、結局、手つかずになっていた。
そんなことを考えながらエレンが本を捲ると、何かがぱらりと足元に落ちた。
「何? レシート?」と、マヤが尋ねる。
「そうみたいです」エレンはレシートを拾い上げると、ふと、そこに書かれた文字に目を向けた。「あれ?」
「どしたん?」
「このレシート、おかしくないですか?」
「どこが?」
「ほら、ここ。お店の名前が、この店の名前になってる」
「別に普通じゃない? 一度買って、また売りに来たんでしょ?」
「でも、だったらどうして、日付が今日の、それも今と同じ時間になってるんですか?」
「え?」眉をひそめたマヤが、エレンが持っていたレシートを覗き込む。「本当だ。どういうことだろう?」
不信に思ったエレンたちが、店主にそのレシートを見せると、「知らんよ。誰かのいたずらじゃないかい?」と素っ気ない返事をされた。
「あのおじいさん、中々の塩対応だったね」店を出た後、マヤが言った。「あれじゃあ、客が少ないのも頷けるわ」
「あはは」
エレンは愛想笑いを浮かべたが、店主の弁護はしなかった。
そんなことより、先程のレシートのことが気になっていた。
「私、ループ前の世界で、あれと同じ本を買ったんです」
「へえ、面白かった?」
「いえ、結局、机の上に置いたままにしてしまって。前世でも同じ本は読んだことがあったから、まあいいかなって」
「それって、前世にあったのと同じものを傍に置いておきたかったからとか?」
「そういうわけでは。前世に未練はありませんし。ただ――」そう言い掛けて、エレンは足を止める。
「何、急に立ち止まって?」
「静かに」エレンが耳を澄ますと、複数の足音が聞こえて来た。
少なく見積もっても三十人以上。
エレンたちがいる路地裏の出入り口の周りに集まって来ていた。
その足音はどれも不安定で、まるで酔っぱらいみたいに正気を失っているようだった。
「囲まれてます」
エレンがそう言うと、マヤはぎょっとした表情を浮かべた。
「囲まれてるって、うちらが? 何で? どうして?」
「分かりません。この路地裏の出入り口の周りに少なくとも三十三人。その外からもまだ集まって来ています」
「え? え!? ちょっと待って! めっちゃ、ヤバない、それ?」
「ヤバいです」
端的に答えたエレンに、マヤの顔に焦りが浮かぶ。
「どうしよう!? 何かすでに詰んでる状況なんですけど!」
「大丈夫です。私の身体能力はループ前の世界から引き継がれているみたいですし。状況はよく分かりませんけど、私がマヤさんを守りますから」
「エレン、かっこいい。惚れそう」
どうやらまだ冗談を言う余裕はあるらしい。
そうこうしているうちに、路地裏にうじゃうじゃと人が押し寄せて来た。
「何か、あの人たち正気じゃないっぽくない?」
「そうみたいですね」
「目が合っても記憶とか全然読めないんですけど!」
まるでホラー映画のワンシーン。
正気を失った人々が、雪崩のように襲い掛かって来た。




