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「てゆーかさあ? とりま涼めるとこ行かない?」
マヤの提案により、エレンたちは最寄りのカフェに入ることにした。その店は、これから向かうはずだった駅のすぐ近くにあり、平日だからか店内にはほとんど客がいなかった。
「いらっしゃいませ」出迎えたのは細身で愛想のいい老婆だった。「どうぞお好きな席へ」
エレンたちは店の奥にある窓際の席に座った。マヤはさっそく開いたメニューに視線を落としながら、前に座る姉妹に小声で言う。
「何か、この町っておじいちゃん、おばあちゃんがやってるお店が多くない?」
「うーん、確かにそう言われるとそうかも」カレンはそう答えると、テーブルの隅にあった小さなルーレットを物珍しそうに見つめる。「ねえ、これ何か知ってる?」
「ルーレットじゃん」
「そうだけど、でも、何で星座が書いてあるの?」
「デザインでしょ?」
「そっかあ」マヤの適当な返事にカレンが納得する。
「いや、おみくじでしょ?」
思わずつっ込んだエレンに、マヤとカレンが目を向ける。
「おみくじ? どゆこと?」
「え? えっと、だからそこの穴に百円玉をいれて……」
エレンがそう答えると、マヤとカレンが不思議そうな顔を浮かべる。
「百円玉?」
「何それ?」
「あ……」
そうだった。
この世界ではエレンたちが生まれる前に完全キャッシュレス化がされており、硬貨はすでに流通していなかった。二人がおみくじ機を見て分からないのも無理はない。もっとも、エレンも、世の動画サイトか何かで見た記憶があるだけで、実際にそれを使ったことはないのだが。
それからエレンがあやふやな記憶を頼りに、おみくじ機の使い方を説明すると、マヤもエレンも興味を示した。
「えー、何かおもしろい。ちょっとやってみたいかも」
「私も」
そんな話をしていると、水の入ったコップを持って、先程の老婆がこちらにやって来た。
老婆は三人の前にコップを置くと、それぞれに注文を聞いた。
「うちはオレンジジュース」
「私はアイスティで」
「えっと、わ、私はコーヒーを下さい」
「あれ? エレンちゃん、コーヒー苦手じゃなかったっけ?」
まだ、カレンには、エレンが前世の記憶を取り戻したことを伝えていない。
そもそも、それを話すためにこの店に入ったのだから、当然なのかもしれないが。
ちょうどいいタイミングだし、ここで話を切り出すか。
「あ、ああ、うん。それは――」エレンが思い切って口を開こうとした時だった。
「いや。今はそれよりおみくじ機でしょ」
ええ……。
どんだけそのおもちゃが気になってるの!?
「たしかに」
お姉ちゃんまで!?
「お客さんたち、それが気になるのかい?」
おばあさんも話に入って来ちゃった!
あ、ダメだこれ。
完全に話を切り出すタイミングを失った。
その後、店の奥に向かった老婆は注文の品と一緒に、百円玉を三枚持って戻って来た。
「これを使ってごらん」そう言って、老婆が三人に硬貨を一枚ずつ渡す。
その硬貨には、聞いたことがない年号が刻まれていた。
やっぱり、ここは私の知っている世界じゃないんだ。
そんなことを考えていると、マヤが老婆のレクチャーを受けて、おみくじ機に硬貨を投入していた。
「あ、何か出て来た」そう言って、マヤがおみくじ機から出て来た筒状の紙を広げる。「おお、やった。大吉だって」
「すごい、マヤちゃん!」
「でしょ!」
「それで、おみくじにはなんて書いてあったの?」
「えっとねえ……。何か、自分の新たな才能に気づくでしょう、みたいなことが書いてある。まあ、たしかに気付いたっていうか、勝手に目覚めた感じではあるけれど……」
「そういえば、マヤちゃん、人の心が読めるようになったって言ってたよね?」
「そうそう。あ、待って。ルーレットの番号でも占いが出来るみたい。えっとそっちはねえ……。何か、友人がヤバイ的なことが書いてある」
「友人がヤバイ?」
「そそ」
「そっかあ。じゃあ、お友達に何かあったら助けて上げなくちゃね」
「あーね」
今、まさにその友人が目の前でありえない状況に陥っているのだが。
っていうか、昨日までの私、よくこのマヤと会話が成立していたな。
「じゃあ、次、カレン姉の番ね」
「うん。よーし、頑張るぞお」
頑張っても結果は変わらないと思うけど。
「いや、頑張っても意味ないから」
苦笑するマヤの前でカレンがおみくじを引く。
「……あ! やった! 私も一番!」
「大吉ね」
「そう、大吉」
「なんて書いてあるん?」
「新世界の神になるでしょう? って書いてあるけど……」
「ま? カレン姉、神様になっちゃうの? マジウケる。で、ルーレットの方はどうなの?」
「そっちはマヤちゃんと似ているね。家族がヤバいことになるって書いてある」
「うっそ、お揃いじゃん。イェーイ!」
何故かここでハイタッチをする二人。
私だけが完全に取り残されている。
滅茶苦茶、核心を突くようなことが書いてあるのに……。
「じゃあ、最後はエレンね」
マヤに促され、エレンがおみくじを引く。
結果は、案の定――
「――大凶」
「あー、まあ、そういうこともあるよね?」
「エレンちゃん、元気出して!」
ただおみくじを引いただけなのに、ものすごく居た堪れない気持ちになった。