35
この時間なら、マヤはきっと家には帰らず、どこかで遊んでいるはずだ。
スマホを取り出し電話を掛けると、2コール目を待たずして返事があった。
「おお、サボり魔。あんた今どこで何してんのよ?」
「ごめんなさい。ちょっと、色々あって……」
「え、何、そのしゃべり方、ウケる。まさか優等生キャラにイメチェンでもするつもり?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……。ちょっと話したいことがあって。これからどこかで会えませんか?」
「何? 電話じゃ話せないこと?」
「はい。……マヤさんの力にも関係することなので」
エレンがそう言うと、電話の向こうからマヤが微かに息を飲む音が聞こえた。
「私の力って、何のこと?」
「人の心が読める」
端的なエレンの返事にマヤが言葉を失う。警戒させてしまったかもしれない。だが、マヤ相手に迂遠な言い回しをするのは気が引けた。何より、彼女なら、今の言葉だけでも、きっと答えに辿り着いてくれるような気がした。
「……あんた、誰?」
案の定、望んでいた返事が返って来た。
やはり恐ろしく頭が切れる人だ。
「それも含めて、お話ししたいことがあるんです」
それから数秒の沈黙の後、「分かった」とマヤが答えた。
「でも、その前にお昼にしない? この前、何かいい感じの店を見つけたから付き合ってよ」
「分かりました」
「とりま、店の場所を送るから」マヤはそう言って、通話を切った。
それから一分もしない内に、エレンのスマホに店の位置情報とメッセージが届いた。
『その店、ピザが美味しんだって』
◆
マヤが指定して来たその店は、隣町の湖の近くにあった。最寄り駅で電車に乗ったエレンは、隣町の駅へと向かうと、そこからはバスを使って移動することにした。
エアコンの効いたバスの中、エレンがぼんやりと遊歩道を眺めていると、炎天下の中でランニングをしている人がちらほら見えた。インドア派のエレンにはとても真似は出来そうもない。
『次のバス停で停まります』
誰かが停車ボタンを押したのだろう。バスの中にアナウンスが響いた。エレンが降りるバス停はまだ先だったが、下車する時に手間取りたくなかったので、スマホの決済用アプリは起動させておくことにした。
それからしばらくしてバスが停まった。二名の乗客が降り、再びバスが動き出す。湖に沿うように道を走っていたバスが緩やかなカーブに差し掛かると、窓の外から強い日差しが差し込んで来た。
「眩しっ!」
エレンがブラインドを下げると、後ろの席から声が聞こえた。
「……ママ、桜の木が折れてるよ」
「あら、本当? この前の大雨の所為かしらね?」
他愛のない親子の会話。だが、自分には、ひどく縁遠いものに思えた。考えてみると、前世でも今世でも、まともに両親と会話をした記憶がなかった。
さらに三つ、四つと無人のバス停を通り過ぎたところで、エレンは座席付近のボタンを押した。マヤが指定して来た店は、次のバス停のすぐ近くにあるはずだ。
やがて静かにバスが停まり、エレンが下車すると、目的の店が目に留まった。
そこではすでにマヤの姿があった。
エレンは駆け足で店の方へと向かう。
「すみません。お待たせしました」
エレンが頭を下げると、「ええよ、ええよ」とマヤが似非関西弁で返した。
「むしろ、あやまるのはうちの方かもしれんし」
「え?」
首を傾げたエレンに、マヤは店の前にある看板を指差す。
「何か、思ってたのと違う店だった」
「えっと……。ここ、ラーメン屋さんですよね?」
「うん。でも、何かここで出すピザが美味しらしいんよ」
「何でラーメン屋さんでピザ?」
「さあ、知らんけど。とりま、立ち話もなんだし入りますか」マヤはそう言って店の扉を開ける。
何だか見覚えのある店だと思ったが、その理由はすぐに分かることになった。




