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 転生してから一ヶ月あまり。

 エレンは大抵のことでは驚ない自信があった。


 女神に出会い、身内や友人に超能力者が現れ、あまつさえ自分まで化物染みた力を得てしまった。

 それに比べたら、日常に起こる出来事など些末事でしかない。


 そう思っていたのだが……。


 いつもの、朝食の匂いがしなかった。


「……これはないでしょ?」


 姉を死の運命から救い出し、ようやく普通の生活が送れると思った矢先、本来なら二学期の初日であるはずの今日は結局、訪れることはなかった。最初は何かの間違いだと思った。しかし、スマホもテレビも新聞も、皆一様に今日が7月20日だと伝えていた。


 手の込んだドッキリ、という可能性は真っ先に除外した。そんないたずらを仕掛けそうな人間は、エレンの周りにはいない。いや、そもそもそこまで親しい人間は、転生する前にも後にも数えるほどしか居なかった。ならば、今、目の前で起こっている現実を受け入れるしかない。


 どうやら私は、転生した一日前まで戻って来てしまったらしい。


 大概ふざけた状況だったが、ここまでおかしなことに巻き込まれ続けて来ると、何かもうそういうものなのかなと、ある種の達観を得る様になっていた。それでも本来、ここに居るべき人が居ないという状況だけは、受け入れ難いものがあった。


「……お姉ちゃん、どこに行っちゃったの?」


 転生後のエレンの姉である日野森カレンは、家のどこを探しても見当たらなかった。それどころか、彼女がこの家に居たという痕跡すらなくなっていた。一縷の希望を託し、スマホで両親に電話を掛けたが、すぐに留守電話に繋がった。


 そういえば、彼らとはまだ話をしたこともなかったと今更になってエレンは気付く。今世のエレンの両親はとても多忙な人たちで、ほとんど家に帰って来ることはなかったらしい。らしいと言うのは、その記憶がエレンのものではなく、この体の本来の持ち主である「エレンさん」のものだったからだ。


 エレンにとって幸運だったのは、転生して最初に会ったのがカレンだったということだろう。カレンは、転生してまったく別人となってしまったエレンに対して、以前と変わらず接してくれた。まるで本当の妹に接するように。


 どうしてお姉ちゃんは、あんなに私に良くしてくれたんだろう?


 日野森カレンは、妹のエレンをとても可愛がっていた。

 そんな妹の体に、ある日、突然、別の人間が居着いてしまったら、私だったら間違いなく追い出そうとする。だが、カレンは一度もそんな態度を取らなかった。


 ……複雑な思いもあったはずなのに。


 もしかしたら、口にしなかっただけで、お姉ちゃんは私のことを憎んでいたのかもしれない。

 それが普通だし、当たり前の反応なのだから。

 

 考え事をしているうちに、時刻は正午を回っていた。

 一学期の終業式をサボってしまったが気にはならなかった。


「……お姉ちゃん、私のことどう思っていたのかな?」


 誰も居ない家の中でそう呟いたエレンは、思考が悪い方へと流れていたことに気付く。

 同時にある人物の顔が頭に浮かんだ。


 あの人なら、何か答えをくれるかもしれない。

 

 そう思ったエレンは、初めて学校の制服に袖を通すと、斉木マヤに会うため家を出た。

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