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 意識を取り戻した時、エレンの体は、既にもう一人のエレンさんが操っていた。

 彼女は、夜の街をとんでもない速度で駆け抜けて行く。明らかな速度超過、これが自動車なら一発免停待ったなしである。それはまるで暴走車の助手席に座らせられたよう感覚だった。


「止めて、止めて、止めてえええええっ!」あまりの恐怖にエレンが声なき声を上げる。


「エレンちゃん、ビビり過ぎ」


「だ、だって……」


「エレンちゃんも、いつもはこのくらいの速度出してんじゃん?」


「自分で運転するのと、他人が運転するのじゃ全然違うんですよ!」


「いや、自分の体なのに運転って……。ウケる」


「全然、ウケません!」


「それよりエレンちゃん。気が付いた? ここから北西の方角。微妙に空気の流れが変わっている所がある」


「え?」エレンさんに言われて、エレンは北西の方角に意識を向ける。「……本当だ。ほんの少しだけど、風が途切れている場所がある? もしかして、あそこにお姉ちゃんがいるんですか?」


「多分ね」


 エレンさんはそう答えると、最短距離で目的の場所へと向かった。


「……やっぱり私よりエレンさんがこの体を使ったほういいんじゃないですか?」


「あはは。エレンちゃんが言いそうな台詞だね。でも、ダメだよ」


「どうしてですか?」


「だって、この体も、この力も、エレンちゃんの為にあるんだから」


「え? それってどういう……」


「ああ、おしゃべりはここまでね。はい、目的地に着いたよ」そう言ったエレンさんは、繁華街の一角にあった裏路地の前で急停止する。「ねえ、エレンちゃん」


「何ですか?」


「もう少しだけ、この体、使わせてもらってもいい?」


「は、はい。それは構いませんが」


「ありがとう……」


 エレンさんのその声は、なぜか少しだけ悲しそうに聞こえた。


     ◆


「お姉ちゃん、どこー?」


 その女は裏路地の入口から姿を現わすと、ひどくご機嫌な様子でそう言った。それを聞いた少女は胃がキュッと締め付けられるような悪寒を覚えたが、次に女が発した言葉を聞いてすぐに気を持ち直すことが出来た。


「あれ? おかしいなあ? 確かにこの辺りに居るはずなんだけど……」


 女はキョロキョロと路地裏の様子を探っており、こちらの居場所までは分かっていないようだった。

 どうやってこの場所を突き止めたのかは不明だが、少女の能力――ハイドアンドシーク――が有効に働いている証拠だった。


 ハイドアンドシークは、任意の相手から自分や自分の指定した存在を知覚させないことが出来る。

 少女は今、自分と攫って来た女の子の二人の存在を隠蔽していた。

 だから、あの女にこちらの居場所が見つかるはずはない。  

 そう思った時だった。


「……はあ。何か、面倒くさくなって来た。もういいや。この辺全部、吹っ飛ばしちゃおっか」


 は?

 いや、ありえないでしょ?

 そんなことをしたらこの子はどうなる?


 少女が目を向けると、ビール瓶のケースにちょこんと座った女の子は苦笑を浮かべた。


「……ああ、あれは多分、元のエレンちゃんかなあ?」


「な、何、どういうこと?」


「えっとね。あの子は、私の妹でエレンちゃんって言うんだけど、ちょっと前に前世の記憶が蘇って、元の人格がどこかに行っちゃったの」


「は? ぜ、前世?」


「そう。それでね、元のエレンちゃんって、結構短気だから、探し物とかが見つからないと割と簡単に癇癪起こしたりしてたんだけど……。何か、今のエレンちゃんが元のエレンちゃんみたいだなって思って」


 話にまったく脈絡が見えない。

 この女の子は、見た目だけでなく頭の中までお花畑になっているのだろうか?

 おかげでこっちまで頭がこんがらがって来た。

 今のエレンとか、元のエレンとか、まったく訳が分からない。


 いや、そんなことより今はもっと重要なことがある。

 先程から、あのエレンとかいう女が発する圧力(プレッシャー)がどんどん膨れ上がっている。

 さっきは遠くから見ただけだったからはっきりとは分からなかったが、こうして相対してみるとあのエレンという女の異常性がよく分かる。あれは規格外だ。決して敵対してはいけない相手だと少女の本能が告げている。


「ね、ねえ? あの人、さっきこの辺全部、吹っ飛ばすとかどうとか言ってたけど……。あれ、本気?」


「ああ、エレンちゃんが本気出したら、それくらいは出来るかもね」


「いや、そういう意味じゃなくて。……本当にやると思う?」


「百パーやると思う。元のエレンちゃんって、頭に血が上ると見境がなくなるから」


「でで、でも、あのエレンって女、あんたがここに居るかもしれないって分かってるんでしょ? それなのに?」


「あはは……。エレンちゃんって、ちょっとおバカな所があるから」


「ちょっとどころじゃないでしょうが‼」このままここに居たら、本気で殺されかねない。「付き合ってられないわよ!」


 そう吐き捨てた少女はカレンをその場に置いて路地裏から逃げ出した。

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