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 悠長にしていると、余計な詮索をされるかもしれない。

 そう思ったエレンは、早々に朝食を済ませると目的地である隣町へと向かうことにした。

 

 外に出るとうっすらと雨雲が広がっていた。

 だが、夏の暑い日差しに晒されるよりは余程良い。

 最寄りの駅に向かう途中、カレンが楽しそうに隣町に着いてからのことを話す。

 駅前に新しい服屋さんが出来たとか、可愛いケーキ屋さんを見つけたとか、今日見て回りたい所を次々と口にする。

 

 何だか今日のカレンは、いつもより少し饒舌だ。

 昨日までの私なら、同じノリで話を盛り上げていたことだろう。

 だが、見た目はギャルでも中身は陰キャと化した今のエレンには、愛想笑いで相槌を返すのが精一杯だった。


 最寄りの駅が見えて来た所で、ふと、会話が途切れた。

 沈黙がどこか息苦しい。

 陰キャ特有の被害妄想。

 ――あれ? 私、この人に気を遣わせてる?


 そんなことを考えていると、今更ながらにこの状況に不満を覚え始めた。

 普通、こういう時の転生先ってファンタジーものの世界じゃないの?

 

 この世界のほとんどは、エレンの前世と大きく変わらない。

 科学水準は前世の世界より高いけど、建築様式はどこかで見たことのある建物ばかりだし、言語も普通に日本語が使われている。

 その所為で要らないトラウマが秒単位でフィードバックし、余計に気分が重くなって来た。


 多分ここは、並行世界(パラレルワールド)みたいなものなのだろう。

 友だちは電子書籍と言って憚らない前世のエレンは、その手の娯楽知識だけは豊富にあった。


 どうせ転生するのなら、前世を想起するようなものがい世界だったら良かったのに。

 ラノベに出て来るような乙女ゲーの世界ならなおよしだ。


 まあ、そんなことを言ってもどうしようもないのだけれど。

 あの女神様、滅茶苦茶綺麗だったけど、中身はポンコツっぽかったし、つくづく私は運がない。

 

 エレンが小さく溜息を吐くと、突然、眉間に誰かの指が突き立てられた。


「エレンちゃん? そんな顔ばかりしていると、しわが寄っちゃうよ?」


「お、お姉ちゃん!?」姉からばっと離れてエレンが言う。


「大丈夫? やっぱり具合が悪いんじゃ……」


「ち、ち、違うよ。ぜ、全然平気だから。ただ、ちょっと……考えごとをしてただけ」


「エレンちゃんが考えごとって、珍しいね?」


「そ、そうかな?」


「そうだよ。いつもは考えるより先に口を開いている感じだし」


 割と失礼なことを言われた気がする。

 だが、確かに日野森エレンという女の子はそういうタイプだ。


「わ、私だって、たまにはそういう時もあるよ?」


「うん。まあ、そうだよね」クスリと笑ってカレンが言う。「でも、あまりぼうっとしてたらダメよ」


 全く怖くない叱責を受けながら、エレンは奇妙な感覚に襲われていた

 昨日まで普通に話をしていた姉なのに、今日はどこか初対面のような新鮮さを感じる。

 前世の記憶が蘇った弊害だろうか。

 だが、不思議と悪い気分ではなかった。


 カレンの人となりがそう感じさせるのか。

 何となく、この人は自分が守って上げなくてはいけないという気分にさせられる。

 それは記憶を取り戻す前からエレンが姉に抱いていた感情でもあった。


「感情、か……」前を歩く姉を見ながら、エレンが呟く。


 自分の中には二つの記憶と感情がある。

 そのどちらも持て余してしまっているエレンは、今日から夏休みで良かったと心の底から思った。

 これでもし知り合いに遭遇するようなことでもあったらーー。


「あれ? エレンじゃん? どしたの、こんな所で?」


 会っちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼


 余計なフラグを立てた自分を呪いながら、エレンが心の中で絶叫する。


 ど、どうしよう? 

 どうする? 

 何でこんな所でマヤと会うの!?


 正直、陽キャの見本のようなマヤとは上手く話せる気がまったくしない。

 ぜっっったい、キョドる!

 っていうか、もうすでにちょっと吐きそう……。


 エレンが返事はおろか、目を合わせることさえ出来ずにいると、「どしたん、エレン?」とマヤが首を傾げる。


「何か、今日、元気なくね?」


「あ、い、いや、えっと、その……」


「マヤちゃん、マヤちゃん」


 エレンが前世の記憶(本来のスペック)を遺憾なく発揮していると、マヤの肩をカレンが軽く叩いた。


「あ、カレン姉。おひさ」


「うん、おひさー」


「ねえ、カレン姉。何か今日のエレン、おかしくね?」


「うん、ちょっと今朝から調子が悪いみたいなの」


「え? そんなんで出歩いてもダイジョブなん?」


「まあ、熱もないみたいだし、本人も平気だって言うから」


「ふーん」マヤはそう言って、腰を横に折ると、下から覗き込むようにしてエレンを見上げる。


 ほんの一瞬、目が合って、エレンが咄嗟に視線を逸らすと、「ふむ」と顎に手を当ててマヤが呟く。


「あー、これは、あれだね」


「あれって?」カレンが小首を傾げて尋ねる。


「前世の記憶が蘇ったパターン」


「ブフッ! ゴホッ、ゴホッ‼」


 初手から当たりを引いたマヤにエレンが咳き込んでいると、「大丈夫?」とカレンがその背中をポンポンと叩く。


 どうしてノーヒントでその答えが出て来るの!?

 確かにマヤは勘がいい方ではあったけど。


 心でも読まれているのではなかろうか?

 それともエレンの顔にそう書いてあったのか?


「何かさあ、うち昨日から目があった人の心が読める様になったんだよね。すごくない?」


「…………え、何て?」素で返してしまった。


「だーかーらー、人の心が読めるようになったんだって」


「え? ……え、え、えっ?」


「エレン、キョドり過ぎだし。ウケるわ」


 え? ちょっと待って? 

 人の心が読めるって、それってつまり私のことも――。


 ちらりと視線を向けると、マヤと目が合う。


「あー、何だ。読み間違いかと思ったけど、やっぱりそういうパターンか」一人納得したようにマヤが言う。「エレンさあ、そのことカレン姉には言っといたほうがよくない?」


「んん? 何のこと?」マヤとエレンを交互に見ながらカレンが尋ねる。


「何かねえ、エレンの奴、ちょっとトラブってる感じなんだよね」


「トラブってるって、どういうこと? っていうか、私としてはさっきのマヤちゃんの発言の方も気になるんだけど」


「まあ、うちの方は大したことないよ。マンガとかだとよくある系の話だし」


「そうなの? 私、あんまりマンガとか読まないからよく分からないけど……」


「それより問題はエレンだよ」マヤはそう言って、エレンの方を見る。「ねえ、エレン。マジでちゃんとカレン姉には話しておいた方がいいよ。ぶっちゃけ、あんた結構ヤバめの状況だし。こういうのって、相談できる人が居ないと心が潰れちゃうから」


 マヤがどこまでこちらの事情を把握したのかは分からない。

 だが、親身になってくれていることだけは伝わって来た。


「マヤ……、さん」


 ようやく絞り出したエレンの声に、「うわっ、キモ」という言葉が被せられる。


「まさかエレンから、さん付けで呼ばれる日が来るとは」


 ケラケラと笑うマヤに、やっぱりギャルは苦手だとエレンは思った。

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