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「……ところで、お姉ちゃん。終電って、何時だったっけ?」
「あっ!?」
話を途中で切り上げたエレンとカレンは、こっそり家を抜け出すと大急ぎで最寄り駅に向かうことにした。
「……間に合わなかったね」駅の入口で、過ぎ去って行く電車を見つめながらエレンが言った。
その後ろでは、カレンが膝に手をつき、ぜえぜえと息を吐いている。元々、運動が得意ではない彼女がエレンと同じペースで――それでもかなりゆっくり走ったのだが――1km以上も全力で走ったのだ。疲労困憊になったカレンは、美少女がしてはいけない顔になっていた。
「エ……、エレンちゃん、……は、早過ぎ。……うぷっ!」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「だ、だいじょばない……」
これはもう徒歩での移動も無理そうだ。
「仕方ない。タクシー、拾おうか」
「う、うん……」
エレンがスマホでタクシー会社に問い合わせると、10分以内に来てくれるとのことだった。
その間に、カレンは途中になっていた予知の内容について話してくれた。
出火の原因は放火。ただ、その予知を回避するには、事件現場にエレンがいるだけでいいらしい。
「それだけでいいの?」
「そうみたい」
「どうして私がいるだけで予知が回避出来るんだろう?」
「そこまでは分からないけど……」
それからカレンがマヤに電話を掛けると深夜であるにも関わらず、すぐに応答があった。マヤはカレンから予知の話を聞くと自分も合流すると言った。
「住宅街の近くにコンビニがあるから、そこに集合しようって」
カレンがそう言った時、タクシー会社から駅の前に到着したとエレンのスマホに連絡が入った。エレンとカレンはタクシーに乗ると、マヤとの待ち合わせ場所であるコンビニへと向かった。深夜で道が空いていたおかげで、予知の時刻の30分前にはコンビニに到着することが出来た。そこではすでにマヤがエレンたちを待っていた。
「あ、来た来た」エレンたちを見つけたマヤが、こちら駆け寄って来る。「なんかヤバイことになってるね」
「うん」
「カレン姉、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。火災の方は、多分どうにかなるはずだから」
「いや、そっちじゃなくて。もう一つの予知のこと。せっかくこの町に近付かないようにしたのに……」
「まあ、なんとかなるよ。きっと!」
あと一時間もしないうちに、自分の命運が決まるというのに、カレンからは不安を感じている様子はあまり覗えない。むしろ、火災を予知した時の方が遥かに動揺していたくらいだ。
それから三人は、予知にあった住宅街へと向かった。そこでは、窓から明かりが漏れている家もいくつか見られたが、深夜らしい静寂の闇に包まれていた。
カレンの話によると、出火の原因はどうやら放火らしい。ならば、人の気配を辿れば先に犯人を見つけることが出来るかもしれない。そう思ったエレンは五感を研ぎ澄まし、周囲の様子を窺った。
エレンの身体能力はすでに人の域を超えている。たとえ夜闇の中だとしても視界は遥か遠くまで映し出し、わずかな衣擦れの音も逃さない。風に乗ってくる微かな匂いでさえ、今のエレンには膨大な情報を齎してくれた。
それでも、この住宅街の中に犯人らしき人物は見つからなかった。
……どういうこと?
怪訝な表情を浮かべるエレンを見て、「ダメだった?」とマヤが尋ねる。
「はい。全然、人の気配を感じません」
「おかしいね? カレン姉の予知だと、火災は人為的なものなんでしょ?」
「うん」と、カレンも困惑した様子で答える。
今まで、カレンの予知が外れたことは一度もない。だが、エレンの力を持ってしても何の情報も得られないことに、皆が一抹の不安を感じていた。
「そう言えばさ、エレンがここにいるだけで今回の事件は回避出来るんでしょ? それってどうしてだろう?」
「私にも分からない」
「カレン姉、ちょっと記憶を見させてもらえる?」
マヤはそう言うと、「うん」と頷いたカレンと答え合わせをするように目を合わせる。
「……何か分かりましたか?」数十秒後、深く息を吐き出したマヤにエレンが尋ねる。
「ダメね。カレン姉の言う通り、手掛かりらしいものは見当たらない。ただ、エレンがここに居て、予知の時間が過ぎている場面が見えただけ」
「そうですか」
「ただ……」そう言い掛けて、マヤが口を噤む。
「ただ、何ですか?」
「うーん、ちょっとだけ気になる点があったんだけど……」
「気になるってどんな?」
カレンの問いに、マヤがエレンに目を向ける。
「エレンがね、何かにめっちゃ集中してたんだよね。あれって、何をしようとしてたんだろうって思って」
「……それはやっぱり、犯人を探そうとしていたんじゃない?」
「カレン姉もそう思う?」
「うん。だって、この状況でエレンちゃんが集中することっていったら、それくらいしか考えられないし……。でも、それがどうして事件を回避することにつながるんだろう?」
「そこが分かんないんだよね」
「もしかして、エレンちゃんの気迫に犯人が怖気づいたとか?」
「それはないでしょ……」そう言って苦笑したマヤは、すぐに真剣な表情を浮かべる。「あ、待って。それあるかも」
「え、どういうこと?」
「今のエレンがガチで殺気を放ったら、普通の人間ならビビって逃げ出してもおかしくないんじゃない?」
「そ、それはどうでしょう……」
「試しにさ、エレン、ちょっと殺気を出してみてよ」
「いや、そんなの出せって言われても出ませんよ」
「そんなことないでしょ? 最近のエレンって、集中するとめっちゃやばい気配が出てるし」
「え、そ、そうなの? そんなことないよね、お姉ちゃん?」
エレンがそう尋ねると、カレンが申し訳なさそうに頷く。
「ごめんね。実は私も、最近のエレンちゃん、ちょっと怖いかもって思うことあるよ」
「ええ……」
衝撃の事実である。
転生して、おかしな力を身に付けて、そのうえ他人がビビるような気配を撒き散らしているなんて。
……私、もう普通の人間には戻れないのかも。
何か、諦念のようなものを感じながら、エレンは空を見上げた。




