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 シュウジに銃口を向けていた男を突き飛ばすと、唐突に時間の流れがいつもの早さに戻った。

 一瞬にして、二人の犯人が近くにあったコンテナに激突し、倉庫の中には強烈な音が鳴り響いた。


「あわっ、あわわわわ……」


 思いのほか、凄いことになってしまった。

 狼狽えたエレンがその場で固まっていると、後ろからパタパタと足音を鳴らしてカレンがやって来た。


「エ、エレンちゃん、大丈夫?」


「あ、お姉ちゃん。う、うん。私は、大丈夫だけど……」


「その手は?」


 エレンは真っ赤になった自分の右手を見て、「ひっ!」と声を上げる。


「こ、ここ、これって、まさか、本当に血!?」


「ちょっと、見せて!」カレンはエレンの手を取ると、クンクンと匂いを嗅ぐ。「……これ、トマトジュースだね」


「え、ジュース? 何で?」

 

 エレンがそう言うと、足元から声が聞こえて来た。


「それ、犯人が持ってたやつだよ」声の主はシュウジだった。「……ほら、あそこ」


 シュウジが指差した所には、ぺちゃんこにつぶれたペットボトルが転がっていた。


「何で、あんなものを持ってたんだろう?」


「さあ? 血糖値がどうとか、あのおっさんは言っていたけど」カレンの独り言にシュウジが律儀に返事をする。「それより、あんたらは一体何者なんだ?」


「マヤちゃんの友達だよ」


「姉ちゃんの?」


「そうそう」


「何で、姉ちゃんの友達がこんな所にいるんだ? ああ、いや、それより今は礼を言うのが先か。……助けてくれて、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げたシュウジを見て、カレンがむっふーと得意げな顔で胸を張る。


「どういたしまして」


「それで、さっきのあれは何なんだ?」


 シュウジが転がっている犯人たちを見て尋ねると、カレンが視線をこちらに向けて来た。


「わ、私に聞かれても分からないよ! な、何か、急にみんなの動きが遅くなっちゃって……。それで、今ならシュウジ君を助けられるって思って、慌ててあの人たちを突き飛ばしたんだもん。そ、そしたら、こんなことに……」


 段々と尻すぼみになって行くエレンの声に、「うーん」とカレンが首を傾げる。


「まあ、一先ずそれは置いとくことにしようか。今はシュウジ君を縛っているその縄を解いて上げないと」


「あ、そ、そうだね。ご、ごめんなさい、気付かなくて」エレンはそう言うと、慌しくシュウジの縄を解きに掛かる。「……あ、あれ? この、縄、すごく、固い。んっ、んんっ!」


 それから数分掛けて、縄を解いたエレンは、ふぅーっと深呼吸をする。

 思いのほかの重労働に、息が荒くなってしまっていた。


「も、もう大丈夫、ですよ?」


 人見知りのエレンにしては、精一杯、笑顔を浮かべて言ったつもりだった。

 しかし、それを見たシュウジはすぐに顔を逸らしてしまった。


 ……な、なんだろう?

 もしかして、私の笑顔って、見るに堪えない代物なんだろうか?

 

「うーん。これはやっぱり予知で見たとおりかなあ? そうなると、あとが怖いな……」


「お、お姉ちゃん。どうかした?」


「ううん、何でもないよ。それより、エレンちゃん。あの人たちのことどうする?」


「え、どうするって?」


「このまま放っておく?」


 たしかその場合、逃げ出した犯人たちは車ごと夜の海にダイブすることになるはずだ。

 それは流石に気が咎める気がした。


「このロープで縛って警察に連絡しよう」


 エレンがそう答えると、カレンがにっこりと頷く。


「うん、そうしようか」


     ◆


 犯人たちのスマホを使い、警察に連絡をした後、三人はエレンの家に向かった。

 その間、カレンがシュウジに誘拐された理由を聞いた。

 シュウジの話では、部活の帰り道に突然、彼らに攫われたらしい。 

 それを聞いてカレンが足を止める。


「あの人たちは、どうしてシュウジ君を誘拐なんてしたのかしら?」


「ああ、それ、俺も気になってました。あのおっさんたち、俺のこと攫っても身代金? とかそういうの要求する感じもなかったし……。何がしたかったんですかね?」


「まあ、そのあたりは警察の人たちが調べてくれるんじゃないかな?」


「そうですね。……あ、でも、僕たち、あの場に残らなくて本当に良かったんですか?」


「うーん、ほんとはねー、そうしないといけないんだろうけどねえ……。色々と説明が難しいこととが多くて……」 


「そういえば、さっきは聞きそびれちゃいましたけど、お二人はどうしてあの場所に?」


「ああ、それね。もしかしたらマヤちゃんから聞いてるかもしれないけど、私、予知能力が使えてね。それで今日、シュウジ君が殺される予知を見たの」


「へえ、予知をねえ……」シュウジがピタリと足を止める。「え、いま、何て言いました!? 俺が殺されるとか何とか聞こえた気がしたんですが!?」


「あ、ごめんね。驚かせちゃって……。でも、大丈夫だよ。その予知なら、ちゃんと回避できたから」


「それですよ。 何ですか、予知って!?」


「あれ? マヤちゃんの弟さんにしては、意外なツッコミ体質だね?」


 カレンがエレンにそう言うと、シュウジが顔が悲しげに曇る。


「姉ちゃんが自由な人なんで……」


「ああ……、なるほど」


「で、でも、マヤさん、すっごく心配してましたよ?」


「姉ちゃんが?」


「はい。いま私たちの家に居るので、早く帰って安心させてあげましょう?」


 エレンが下手くそな笑顔でそう言うと、シュウジが急に顔を逸らす。


「そ、そうですね。すぐ行きましょう!」


     ◆


 案の定、家に帰ると出迎えに出て来たマヤがシュウジの顔を見て号泣した。

 マヤが落ち着くまでには、しばらく時間が掛かりそうだった。

 そのためマヤのことはシュウジに任せ、エレンは先にカレンを部屋で休ませることにした。


「――お姉ちゃん、大丈夫?」カレンをベッドに寝かせてエレンが言った。


「うん、大丈夫だよ。まあ、ちょっと疲れたけどね」


「ごめんね、無理させちゃって……」


「気にしないで。それより、エレンちゃんの方こそ今日はお疲れ様。大活躍だったね」


「いや、私も何が起こったのかよく分かってないんだけどね」


「まあ、それについては、また今度……」


 余程疲れていたのか、カレンは話の途中で寝息を立て始めてしまった。


 その後、リビングに向かうと、マヤはすっかり泣き止んでいた。


「ごめんね、エレン。取り乱しちゃって」


「仕方がないですよ。大事な弟さんな訳ですし」


「うん。それから、シュウ君を助けてくれてありがとう。本当に何てお礼を言えばいいか……」


「そ、そんなこと、気にしないで下さい」


「カレン姉にも、お礼を言わないとだけど……」


「ごめんなさい。お姉ちゃん、もう寝ちゃってて」


「ううん。今度、改めてお礼をしに来るから。カレン姉の体調が戻ったら教えてくれる」


「分かりました」


 それからエレンは家に帰る斉木姉弟を玄関まで見送る。

 すると、そこでマヤの隣にいたシュウジが口を開いた。


「あ、あの。俺も、今度、姉さんと一緒に来てもいいっすか? 俺もちゃんとお礼をしたいんで」


「え? あ、はい。それは構いませんけど?」


「あ、ありがとうございます!」


 今日、初めて笑顔を見せてくれたシュウジに、エレンがほっとしていると、マヤが頬を引き攣らせる。


「エレン? シュウ君のことは感謝してるけど、それとこれとは別だからね?」


「それとこれって……、あっ!?」


 そういえば、姉さんの話だと、私に助けられたことでシュウジ君は……。


 マヤの底冷えするような冷たい視線と妙に熱の籠ったシュウジの視線。

 その寒暖差に、今後はエレンが風邪を引いてしまいそうだった。

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