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今のは一体、何だったのか?
自分の意思とは無関係にエレンは言葉を発していた。
だが、それが功を奏したのか、マヤは落ち着きを取り戻してくれた。
「……ありがと、エレン。もう大丈夫」そう言って、マヤは気丈にも笑顔を浮かべる。「カレン姉もごめんね。我儘言って」
「謝らないで。私がマヤちゃんの立場だったら、きっと同じことを言うと思うから」
「うん。ありがと」マヤはもう一度礼を言うと、大きく深呼吸をする。「さて。それじゃあ、うちも出来ることをしないとね。……カレン姉、悪いけどやっぱり予知の記憶を見せてくれる?」
「で、でも……」
カレンの記憶の中には、マヤの弟が殺された予知も含まれている。
それを見せるのをカレンは避けたいと思っているようだった。
「大丈夫。シュウちゃんを助けるためだから。ね? だからお願い」
そう言われたら断ることも出来ず、カレンはマヤのお願いを聞き入れる。
そして、マヤはカレンと目を合わせ、予知の記憶を読み取った。
だが、余程凄惨な記憶だったのか、マヤはすぐにトイレに駆け込んでしまった。
しばらくして戻って来たマヤは、ひどい顔色をしていた。
「マヤちゃん、大丈夫?」
「う、うん」そう言って、自分の肘を掴んだマヤの手は震えていた。「それより、カレン姉の予知を見て分かったけど、犯人は二人いるみたいだね?」
「うん。理由は分からないけど、シュウジ君は彼らに捕まっていて、一人が見張りをしていた」
「そこに我慢しきれず私が飛び出した所為で、犯人がテンパって……」
シュウジ君を射殺してしまったらしい。
カレンの予知では犯人2人は銃を所持しており、どちらも中年の男性とのことだった。
「もう一つの予知でも、私が居ないこと以外、状況はほとんど同じだったけど、あれってどういうことかな? カレン姉、分かる?」
マヤの質問に、カレンも困惑した表情を浮かべる。
「分からない。本当に一瞬のことだったから」
「あの……、二人は何を見たの?」
「それが……。どうやってシュウジ君を助けたのかは、はっきりとは分からないの。ただ、何かを話していた犯人たちが突然、シュウジ君に銃を向けてね。それに驚いた私が物音を立てちゃった所為で、犯人の一人がこっちにやって来たんだけど、急に足音がしなくなって……」
「それで?」
「おかしいなって思って、様子を見てみたら、犯人が二人とも倒れていたの」
「え、なに? どういうこと?」
「だから分かんないんだって。ただ、倒れていた犯人たちの前には、いつの間にかエレンちゃんが立っていて……。多分、エレンちゃんが何かしたんだと思うんだけど」
「え!? 私?」
何それ?
私が大の大人二人を昏倒させたとでも言うのだろうか?
いや、それはありえない。
自慢ではないが、前世も今世も私の身体能力は高く見積もっても中の下だ。
とてもそんな芸当が出来るとは思えない。
「マヤちゃんはどう思う?」
「んー。うちはそれよりも気になることがあるんだよね」
「何?」
「倒れた犯人の前で立っていたエレンをシュウちゃんがぼうっと見つめていたの」
「う、うん? それがどうかしたの?」
カレンが首を傾げて尋ねると、マヤの目からすっと光が抜け落ちる。
「あんな顔、私にだって見せたことなかったのに……」キレイにデコった爪を噛みながらマヤが言った。「ねえ、エレン。あれ、どういうこと?」
「私にそんなこと聞かれても……」
淡々とした口調が余計に怖い。
ギャルのメンチに私がビビっていると、横からカレンが思い出したように口を開く。
「ああ、たしかにあの時のシュウジ君、エレンちゃんをじっと見つめていたね」
「でしょ!」
「うん。でも、あれってエレンちゃんに見惚れていたっていうより、むしろ怖がっていたように見えたけど」
「私を怖がるって、どうして?」
身に覚えのないところで冤罪が増えて行くことに、私が戦々恐々していると、「あ、ちょっと待って!」とマヤが声を上げる。
「え、もしかして、そういうこと?」
「マヤちゃん、何か気付いたの?」
「気付いたっていうか、予知で見たエレンなんだけどさ」
「うん」
「手がめっちゃ赤くなってなかった?」
「あ!? 言われてみれば、たしかに」
「あれって、多分、血だよね?」
「そう、だと思う……」
「ってことは、やっぱりエレンがあのオヤジどもをやっつけたんじゃない?」
「うーん……。正直、あんまり信じられないけど、状況証拠的にはその線が濃厚かなあ?」
いや、無いないナイナイ。
一体に何がどうなったら、そんな状況になるのか分からない。
私は全力で否定しようとしたが、二人はすでに確信に満ちた目でこちらを見ている。
「エレンちゃん、もしかして前世で格闘技とかやってた?」
「ううん。まったく」
「じゃあ、喧嘩三昧のスケ番だったとか?」今度はマヤが尋ねる。
「ちがいます」
それ以前に喧嘩をするほど距離の近い人は周りには居なかった。
……そういえば、スケ番って久々に聞いたなあ。
エレンが悲しい事実に目を背けていると、マヤが襟を掴んで体を揺すって来た。
「ちょっと、エレン! あんたが頼りなんだけど!? 何か隠していることがあるんなら白状して!」
「な、何も隠してませんよぉ」
エレンが今にも泣きそうな声で答えるとマヤが頭を抱える。
刻一刻と過ぎて行く時間に、マヤは焦りをぶり返していた。
「まったく、さっきはすっごいかっこ良かったのに! あれは一体何だったの?」
「いや、あれは私にも何が何だか。口が勝手に動いたと言いますか。もう一人の私が顔を出したと言いますか……」
「だったら、そのもう一人のあんたをすぐに出しなさい! いっそのこと、ここで覚醒してカレン姉の問題も一遍に解決しちゃいなよ」
「無茶ですよ、そんなの!」
「ふ、二人とも、ちょっと落ち着いて。今、私たちが言い争っても何も――」仲裁に入ったカレンが、不意に遠くを見めたまま硬直する。
「カ、カレン姉?」マヤはそう言って、直立不動になっているカレンの顔の前で何度の手を振る。
それでもカレンが返事をする気配はなかった。
「あの……、マヤさん? これって?」
「うん。多分、そうだと思う」
おそらく、カレンは今、新たな予知を見ている。
エレンとマヤがその様子をじっと見守っていると、やがてカレンが口を開いた。
「……やっぱり、エレンちゃんだったみたい」
「何が?」
「犯人たちをやっつけたの」馬鹿みたいに首を傾げたエレンを見て、カレンはそう答えた。




