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 一学期の終わりを告げるチャイムがなり、クラスメイトたちが三々五々、教室を去って行く。

 そんな中、日野森エレンは本日のHRの時間を使って作成したばかりのネイルを装着すると、隣の席の斉木マヤに話し掛けた。


「ねえ、これ見て、これ。可愛くない?」


「えー、何そのネイル? 変わった模様だね。楽譜?」スマホをいじっていた手を止めてマヤが言う。


「ハズレ。正解はチャートでした」


「チャート? 何それ?」


「知らん」


「知らんのかい」


「何か、昨日ネットで見て可愛かったから作ってみた」


「エレンさあ、そういう思い付きで行動するの……」


「何?」


「いいと思うよ」


「いいんだ」


 まったく中身のない会話、それで大きく感情が動くことはなかったが、そこには漠然とした心地よさがあった。そうしているうちに、教室からはほとんどの生徒が居なくなっていた。


「ねえ、マヤ?」


「何?」


 早くもネイルに飽きたエレンとマヤは、スマホを片手に会話を続行する。


「お昼、どうする?」


「うーん、どうしよ? ファミレス?」


「また? 何か最近、うちらファミレス率高くない?」


「それな」


「マズくない? 思考停止してると、若くてもボケるってネットに書いてあったし」


「じゃあ、どする?」


「うーん」エレンは平坦な唸り声を上げると、地元でランチの美味しいお店をスマホで検索する。「……こことか、どうよ?」


「いいじゃん」


「じゃ、決まりね。行こ」


 二人が向かたのは、老夫婦が経営するラーメン屋。なのだが、なぜがそこで出すピザが美味しいと評判になっているらしい。

 本筋と違うものが売れている店はよくあるが、エレンもマヤもそこまで詳しくは確認しておらず、店に到着した時、「ラーメン屋じゃん……」と声を揃えて言った。


「どする? 入る?」と、マヤ。


「まあ、ここまで来ちゃったしね」


 仕方なく店の中に入ると、そこまで込み合ってはおらず、すんなりと二人掛けのテーブルに着くことができた。

 それから目当てのピザを注文すると、想像以上に美味しく、何故ここがラーメン屋なのか余計に謎が深くなった。


「ねえ、おばあちゃん」会計時にマヤが店員のおばあさんに声を掛ける。「このお店、SNSに上げてもいい? さっきのピザ、めっちゃ美味しかったから」


 笑顔で尋ねたマヤにおばあさんは、「ええよ、ええよ。どんどん上げてちょうだい」と気さくな返事をした。


「お客さんたちみたいに可愛い女子高生も来てくれる店ってなれば、若い男性客も増えるだろうしね」


「おお、おばあちゃん。意外と強かだね!」


「当然だよ。何が理由でバズるか分からないからね」


 ラーメン屋の店主は終始、むすっとしながら麺を茹でていたが、その奥さん? のおばあちゃんは気さくな人だったので、エレンとマヤはこの店が結構好きになった。


「……何か、結構いいお店だったね?」


「ねっ」


 そんな会話をしながら、二人は駅前のカラオケ屋に行って時間を潰しながら、夏休みの計画を話し合った。二人ともバイトをしているため、意外と一緒に遊べる日は限られていたが、概ね満足いく計画を立てることができた。


「ってかさ、うちら二人とも彼氏いないってマズくね?」


「え、マヤは彼氏いるじゃん?」


「昨日、別れた」


「え、マジ?」


「マジマジ」


「うわー。私、知らんかったわ。慰めた方がいい?」


「全然、平気。何となく、そんな雰囲気だったし。むしろ、夏休みに入る前に決着(けり)ついて良かったわ」


 それが本心なのかは分からないが、マヤがそう言うのならそうなのだろう。

 エレンは必要以上に深く話を聞くことはせず、「そっか」とだけ返した。


「ま、おかげで今年の夏は私がマヤを独占できるしね」


「え、なにそれ。ガチ友情じゃん」


「でしょ」


 顔を見合わせて二人は笑う。

 それがつい昨日の出来事だった。


     ◆


 夢を見た。

 色彩も不明瞭なその場所には、一つだけ輪郭がはっきりとしたものがあった。

 それとよく似たものをエレンはつい最近見た記憶があった。


(……ああ、えっとなんだっけ、これ? あ、思い出した。ソシャゲのメッセージウィンドウだ)


 そんなことを考えていると、そのウィンドウに文字が浮かび上がる。


「――残念ですが、あなたは死んでしまいました」


(……は? いや、死んでねえし。勝手に殺すなし。つーか、これ何? ドッキリ?)


 ウィンドウを凝視しながら呟いたエレンは、すぐに別の可能性に思い至る。


(いや、これ夢だわ。……明晰夢ってやつだっけ?)


 エレンが自問していると、再びウィンドウに文字が浮かび上がる。


「あなたは二つの選択肢があります。今世の記憶を引き継いで転生をするか、記憶を消去しまったく別の人間として生まれ変わるか。どちらにしますか?」


(はあ? そんなの前者一択でしょ?)


 エレンはそう思ったのだが、ウインドウに浮かび上がったのはエレンの答えとは噛み合わない返事だった。


「え? 本当にいいんですか? 記憶をなくしてしまうんですよ? 後悔しませんか?」


(いや、記憶引き継ぐって言ってるんだけど? 何これ? 壊れてんの?)


「……私ですか? 私は、この世界を管理する女神です」こちらが訊いてもいないのに、ウィンドウの主が自己紹介をした。


 すると、突然、視界のすべてが明るくなり、次の瞬間、目の前に絶世の美女が姿を現わした。白い衣を身に纏い、緩やかなウェーブの掛かった金色の長い髪が風もないのに揺れている。まるで絵画から飛び出したかのようなその女性を見てエレンは思う。


(うわっ、何この人? マジで綺麗なんだけど? レベチってか、ここまで綺麗だと逆に引くんだけど……)


 もっと近くに行って見てみたい。

 エレンはそう思ったのだが、何故か視界が女神から飛退いたように後退する。


「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのですが。……あなた、随分と委縮していますね? まあ、それも仕方がないのかもしれません。私も見ていましたが、あなたの一生はひどいものでしたから」痛ましそうな声で女神が言った。


(いや、全然、ひどくないけれども? むしろ青春を謳歌していたんですけど? 何、この女神? 全然、人の話聞かないじゃん)


 エレンがうんざりしていると、再び、女神が話し出す。


「分かりました。あなたがそこまで言うのなら、仕方がありません。今世の記憶は消去して、新しい人生をやり直させてあげましょう」


 女神はそう言うと、こちらに向かって手を翳す。その掌から暖かな光が注がれ、エレンの周りから何かがすっと空に向かって抜けて行くのを感じた。


「……せめて、彼女の次の人生に幸多からんことを」そんなことを言って、女神が遠い目で天を見上げる。「あら? ……あら? ちょ、ちょっと待って! これ、もしかして私、間違えちゃった?」


 突然、女神がテンパり出した。


(どしたし、女神様?)何となく無駄だと分かっていたが、エレンは女神に話し掛ける。


「ど、ど、どうしましょう!?」


(ど、ど、とか言うの初めて聞いた。ウケる)


「ああ、私は何ということを。彼女の願いは今世の記憶を消去して生まれ変わることだったのに。私の所為で十六年後に記憶が蘇るように設定されてしまいました」


(具体的な独白。あと、声でかいし。この女神様、もしかしてポンコツ?)


「……こうなったら祈りましょう。たとえ前世の記憶を取り戻しても、それに耐えられるくらい彼女の来世が素晴らしいものであることを」


(祈りましょうって……。めっちゃ無責任じゃん。え、大丈夫、この女神様?)


 おそらく、先程エレンの周りから昇天して行った謎の気配が、この女神が転生させた人物なのだろう。どうもその人物の前世はあまり良いものではなかったようだ。来世に記憶を引き継ぐことを拒むほどに。

 それなのにこの女神の不手際で、件の人物は十六年後にその忌まわしい前世の記憶を取り戻してしまうらしい。


(えー、めっちゃ可哀そう。何とか出来ないの女神様?)


「そうですねえ。私に出来るのは、彼女の来世が人より少しだけ幸福になるようにすることくらい……。あら? 何かしら? 今、声が聞こえたような?」


(あれ、もしかして私の声、聞こえてる? もしもーし、女神様? 聞こえる?)


「……ふむ。やはり気のせいのようですね。最近、上司からのパワハラもひどいですし。疲れているのかもしれません」


(女神に上司っているんだ……)


「はあ……。転職しようかな。やっぱり、私にはこの仕事は向いていない気がします」女神は哀愁漂う声を漏らすと、鈍い光を放ちながらその姿を何もない景色の中へと消して行く。


 それを見送ったエレンの耳にけたたましいベルの音が鳴り響いた。






 

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