初めてのダンス
これからミシェル王子にダンスの相手をしてもらうと言うイレーネに暫し私は言葉を失う。
(こ、心の準備が!)
怒涛の展開からほんの数日、夜の部屋の前とお茶のおもてなし以外まだろくに深く話したこともない王子とダンスなんて。
勿論二週間ほど先にあるという婚約式のための練習は勿論しないといけないし、結婚するとなれば今後はほぼ永久的に(私の中では)ミシェル王子とダンスを踊ることになるのだけれど。
それでも。
私は静かに深呼吸をした。そしてここ数日見てきた王子の、自分より四つも年下で、まだ完全に身体も成長しきっていない少年のあどけない表情の数々を思い出す。
私が不躾に差し出したケーキを驚きながらも嬉しそうに食べる姿。夜に訪ねてきたときは私の露出の多い姿に赤面して上着をかけてくれた初心な様子。
部屋の前で私に片膝をついて妃にと請うてきた……あの姿。
(なんだか緊張、する)
今までは不意打ちだったから考える余裕もなかったけれど、こうしていると私、もうミシェル王子のことを意識してるのかもしれない。
前の人生も合わせていくら恋愛経験があまりなかったとはいえ、これはあまりにもチョロすぎるのではないか。
「ユーリン様、王子のお越しです」
「は、はい!」
私を見るとニコ。と笑みを浮かべる王子を見ると思わず息を呑んで赤面する。セレスティア王妃は絶世の美女だが、それが男の顔になっても絶世なのは変わらないようだ。
「練習は捗っていますか」
「ええ、なんとか」
セレスティア王妃に言われて今日はずっと踊っていたこともあり、すっかり身体が覚えた感じはあった。ただこの身体の記憶力だと、明日も覚えているかは定かではない。
「では」
「……」
ミシェル王子が私に向かって軽く頭を下げたので、私もその場で背筋は伸ばしたままカーテシーの姿勢で踊る前の一礼をする。そして差し伸べられた手を取って踊り始めた。
(めちゃめちゃリードがうまい!慣れてる!これが王子様!)
午前中にセレスティア王妃と踊った時も思ったが、リードがうまいととても踊りやすい。
そしてなにより。楽しい!
「……」
「母が心配していましたが、全く問題ないようですね。とても軽やかに踊れていますよ」
「ミシェル王子のリードがいいからですよ!」
「そう言っていただけると嬉しいですが、私だけの力ではないですよ」
「いえ、本当に!こんなに踊りやすいなんて凄いです!楽しい!」
「……っ」
思わずはしゃいだ声で喜んでしまった私にミシェル王子がはっとする空気を感じた。少しはしたなかったかと反省して、あとはダンスに集中し踊り終え、離れる。
「ありがとうございました……!」
それでもこんなに楽しく踊れたことに感動して私は満面の笑顔になっていたようだ。そんな私を見てミシェル王子が礼をしこちらこそ、とはにかんだ笑顔で答えた。
「お強いだけでなく、ダンスもこんなに上手なんですね」
ミシェル王子は武術に長けている戦闘派なのに、いつどこでこんなに上手にダンスを踊れるようになるまでレッスンを受けていたのだろう。
私が衣食住に困らなければなんでもいいとばかり、妃として何も王を支えることもせずただ流れるように生活していた頃、この人はどれだけの努力をしてきたのだろう……
そんな感動やら申し訳なさやらが色々と混ざった感情で感想を述べる。
「母が厳しかったのもありますが……一国を背負う立場になる者であればこのくらい出来て当然です」
「そうですか……」
返答に困った私がそう答えると、フォローのように困った笑顔の王子が続ける。
「月鈴様のダンスの相手として不足ないようであれば嬉しいです」
「それはもう……!」
私の勢いに少し驚いた王子はこうも続けた。
「それに、強さといえば月鈴様も相当な腕前ではないかと」
「い、いいえ、私なんてもう特に鍛錬もしていないのできっと動けないと思います」
私が『武芸に秀でた姫』だったのは大昔の事。しかも、アラサーOLの私の精神が入ってからは全くそのような鍛錬をしてきていなかったため、私は慌てて王子の言葉を否定した。
「そのうち、そちらの方でも手合わせをお願いしますよ」
「いえ!私なんか、相手にもならないと思います、恥ずかしいです」
慌てて両手を振って精一杯手合わせルートは回避しようとする。もうコテンパンにして嫌われるというシナリオは発動しないとは思うが、下手に武術で接触しない方がいいだろう。
「そうですか……?残念です」
「う……もし、機会があれば、でお願いします……」
子犬のようにしゅんとしたミシェル王子に負けて私はそう答えたのだった。
☆
「……なんだあの姫は」
部屋を後にした俺は赤面しながらそう呟いて、口元を隠した。
見た目だけは美しいが今まで誰とも深く交流しようとせず、どこか感情の読めない無機質な様子が浮かんでいた謎の第三妃。
そんな人嫌いすら感じさせていた彼女の、明るく『楽しい!』と感情を隠さず破顔していた人懐っこい顔の数々は反則だろう。
(親しい者にはああいった表情を見せる姫だったのか?)
下賜を願ったあの夜。訪問した際に浮かべていた、困惑したよそよそしい表情から一転、自分には心を開いてきているかもしれないという事実が俺の顔を熱くさせた。
「……」
と、同時に胸元も露わだったあの姿と不安げな様子が思い出され、俺は髪の毛を乱暴に掻いて自室へと急いだ。
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