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第二王子、ミシェル

(どうしてこうなった……)


 第二王子の戦果を称える宴が終わって自室に戻りながら、私は飲みすぎで痛む頭を抱えて先ほど起きた衝撃の出来事について思い出していた。


 第二王子ミシェル・クロード・ミルタナシア。まだ十七歳で現在二十一の私より四つも年下だ。一方、ミシェル王子とは母親が違う、第一王子のディディエ王子の方が私と同い年である。


 このゲーム内での私の立ち位置が悪役継母ということもあり、実年齢的にはそういう対象になるということが頭からすっかり抜け落ちていたため、動揺する気持ちがおさまらない。


 そう。私は本来悪役姑として、この王子たちを攻略するヒロインをいじめる立場なのだ。

 私は自分が産んだ第三王子を王位につけようと、二人の兄王子にはとことん嫌がらせをするという設定だった。

 十六で王に嫁いだ私はまず、王子たちを牽制することから始める。腕に覚えがある私は無邪気に慕ってきた第二王子ミシェルに「剣の素質があると聞いています。是非手合わせを」と言って手合わせ。そこでまだ十二歳の彼をコテンパンにした挙句、額に刀傷を負わせている。

 それを大したことない腕前だとか、女に負わされた傷が顔にあるなんて結婚出来ないのでは?等散々トラウマ級の暴言を浴びせて犬猿の仲となる。しかしその出来事がきっかけでミシェル王子は武人として目覚めて破壊神並みの力を手に入れるのだが、今回その出来事は回避しているはずなのにミシェル王子はやっぱり破壊神並みの力を手に入れているから、やはり原作設定の力というものがどこかで働いているのだろう。

 そして味をしめた月鈴は兄のディディエ王子にも勝負を挑むのだが、こちらは父王に似て文官タイプのため断られてしまう。それを腰抜けだとか、受けて立たないのは男として恥だと思わないのか等と暴言を浴びせ(我ながらあきれる……)、第一王子とも不仲となるのだ。

 けれども私はそのようなことをしてきていないし、王の第三王子となる子どもも産んでいない。しかし実際は原作の設定の強制力はかなりのものであり、ミシェル王子には手合わせを頼まれたことがある。その時は精一杯警戒のうえ手加減をして穏便に終わらせている。ディディエ王子にも勿論不用意に近づいていないし、何かの際には王に似た戦術に長けた性質を褒めたこともあったはずだ。だから両王子とは良好とまではいかないが悪くない関係だと思っている。


 ゲームは確かミシェル王子が十八、ディディエ王子と私が二十二、そしてヒロインが二十歳という設定で始まる。つまり、今から一年後にはヒロインが登場して王子たちの王位争いが発生してもおかしくない。


「私がこうなった以上、ヒロインはディディエ王子一択になるってこと?まさかヒロインにミシェル王子を奪われて立場を追われるなんてこと……」


 そう呟いた後私ははっとする。


(もしかしてそれで婚約破棄になって、流罪とか追放とかになる流れもあるんじゃ……!?)


 そうなったら国王の妃ではない私にはなんの身分も後ろ盾もない。亡国の王族なんて今更利なんてあるはずもなく、むしろ害しかないだろう。理不尽な判決があったとしても逃れる術はないと簡単に想像できる。

 つまり、ミシェル王子とはいい関係でいないと私の立場が危うくなることは明白だ。


(今まであまり関わらないようにしてきたから今更どうしたら……そもそもミシェル王子はどうして私を?)


 部屋に到着した私は今後についてどうするのが最善なのかをひたすら考えながら、夜の習慣として髪を梳いていた。

 さらさら、と自慢の黒髪が手の上を滑っていく。

 ミルタナシアでは西洋というかファンタジーな明るい金髪の人が多い一方、異国出身の私は黒髪で月鈴という名前からして中華系。普段は自身の恵まれた容姿を最大限に活かして(オタクの血が騒ぐ!)切りそろえた前髪とツインのお団子をメインに、おくれ毛を垂らしたり垂らさなかったり、三つ編みを垂らしたり等好き放題アレンジをして楽しんでいる。既婚者らしく夜会巻きのようなまとめ髪もすることがあるが、普段はどうしてもツインのお団子が多い。これはアラサーまで生きていたが全くコスプレ姿も映えなかった日本人OLのサガとして仕方のないもので、大目に見てもらいたい。


「ああぁ、どうしよう……」


 櫛を握りしめながらジタバタしていたところ、部屋の扉をノックされる音がする。

 こんな時に誰だろう。もしかして、国王から離縁にあたって何か言われるのかもしれない。


(仕方ないとはいえ、簡単に私を手放した文句の一つくらい言ってもいいよね!)


 そう意気込んでずんずん歩き、自室の扉を開ける。


「はい……えっ!?」

「……月鈴ユーリン妃。いや、月鈴、と呼ぶべきでしょうか」


 そこにいたのは第二王子ミシェル。来る可能性は国王の次くらいにあり得ることなのだが、今の私にはその考えがなかった。


「ミシェル王子……」

「……」


 どこか照れたような、恥ずかしそうな表情を浮かべて視線を逸らせたミシェル王子を見て私は一気に身体に緊張が走るのを感じた。

 この時間に、ここに、この人が来たということは。

 ……婚前だけど、婚約をしているのなら求められても不思議はないのではないか。そう考えると自分が薄い寝間着姿であることが急に心細くなり両腕をそっと抱くようにして俯いた。

 その、視界の隅にミシェル王子が上着を脱ぐ姿が入る――


 ……え?今ここで脱ぐの?ここで始めるの?待ってちょっといくらなんでもそれはまずくない?そこにいる護衛兵に見られるよ?あ、もしかして見られながらするのが趣味なのかな?初めてなのにそれはちょっとハードルが高すぎない!?あなたまだ十七でしたよね??


 ほぼ下ネタな考えが頭を駆け巡る中、ふわっと肩に布の感触。


「へ?」

「あまりに目に毒で。上に、何か着て下さい」


 はっとして見上げると、真っ赤になったミシェル王子が私から目を逸らせながら私にかけてくれた上着を前でぎゅっと閉じるようにして離れた。


(もしかして、もしかしなくても上からだったら胸見えてて、しかも私、胸寄せてたかも……)


 薄い寝間着姿は私より少し背の高いミシェル王子の目線からだと胸元がよく見える。そもそもこの肉体は細いわりに出る場所はよく出ていて、隠しようもなく突き出した胸を自分で寄せて見せつけていたという破廉恥な事態が起きてしまっていた。


「……っ、こ、こんな時間に失礼です!」


(しまった、ミシェル王子とは良好な関係を築かないといけないのに、これじゃあ不審者への態度じゃない!)


 恥ずかしさと気まずさから口から飛び出したのはお詫びでもなくお礼でもなく否定的な言葉。完全に間違えた。

 そして私の態度に傷ついた様子を見せるミシェル王子。これで下賜は取り消しなんて言われてしまったらどうしようかと焦るが、もう遅い。

 ドキドキしながらミシェル王子が答えるのを待つと……


「申し訳ありません、どうしても、今日のうちに貴女に伝えておきたくて」

「お急ぎの、お話ですか?」


(やっぱ取り消し、なんて言わないよね?)


「急ぎというか……先ほどの話、驚かれたのではないかと」

「え、ええ。とても、驚きました」

「……」

「……」


(どうして黙るのよ!)


 黙られてしまい、私も何も言えなくなる。驚いたかと聞かれて驚いたと返すのは駄目だったのだろうか。

 けれども考えてみても欲しい。いきなり父親の妃を下賜して欲しいと王子に言われて自分の伴侶が変わってしまうことに驚かない者がいるだろうか。そんなことないわ!予測していたから!なんて言う妃がいるとでも?


「もしかして、お嫌でしたか?」

「えっ」


 嫌と言ったら撤回してくれるのだろうか。そうなると私は王のお飾り妃に戻れるのだろうか?それともこの王子を選んだ方が安泰なのだろうか。ヒロインに断罪される確率はどちらの方が高い?打算という打算が頭の中を駆け巡る。

 弾き出された答えは「絶対に私の味方でいてくれるなら、王子との結婚は嫌ではない」なのだが、はっきりと言えるはずもなく……何より、捨てられた子犬のような目でこちらを見られてしまうと自分の打算的な汚さにどうしようもない気持ちになる。


「嫌では、ございません、わ」


 ぱあああ!!と輝く笑顔になる王子。その表情にこちらも呆けたようになってしまう。こんなに感情豊かに表情を変える方だったのね。最低限のやり取りしかしなかった時には気が付かなかったけれど。


「もし、父を愛していたらどうしようかと」

「い、いいえ、その、頼りにはしていましたが、そこに慕情があったかというと……」


(私の命を繋ぐという意味ではとっても頼りにしていたけど、いざとなったら頼りにならないのはわかっていたしね……)


 私が悪役姑として断罪される時は助けてくれなかった国王。少しでも信頼関係を築くべきかと思ったが、一男をもうけてまでいたのに頼りにならないなら、見込みはないということだと想像できていた。


「それなら良かったです」

「っ!」


 そう言うとミシェル王子は私の前に片膝をつくと私の方に手を差し出して言った。


「私は十二の時から貴女に恋焦がれていました。どうか、妃になっていただけませんか」


 ここまで言われては私も引くことなどできるはずもなく。


「……はい」


 そっと、彼の手に自分の手を添えて返事をしたのだった。


※ミシェル王子が最初照れた様子だったのは、いつもアップスタイル(ツインお団子)だった月鈴が髪をおろしていてとても綺麗だったから、だそうです。


ここまでお読みくださりありがとうございます(^^)

また見に来ていただけたら嬉しいです!

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