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紫草の宴  作者: 田中のべんべん
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紫草の館

楽しんでいただければ嬉しいです。

虫の知らせという言葉がある。

よくないことが起こる予感、要は『勘』だ。ただ自分、羽場修二はそれが人よりよく当たる。


これまでに見事当ててみせたのは「今日はカラスに糞を落とされそうな気がする」、「こっちのゲームセンターへ寄り道をしたら生徒指導の勝山と鉢合わせしそうだな」だったろうか。


懐かしい話だ。

初めはこれを確かめるのにクラスメイトを道連r……誘っていたのだが、自分と居ると良くないことばかり起こると誰も寄り付かなくなってしまった。

ならばやめろというのも分かる。しかし残念なことに自分自身が持ち合わせている好奇心のせいで感じた予感を確かめずにはいられないのだ。

こればかりは遠い昔に割り切った。

そんなことをして得られたものは、自分の勘は九割九分当たるという事実だ。

これをどう捉えてもらっても構わない

自分はこの、誰と関わるでもない現実をつまらない以外の何とも思っていない。

そんなスタンスで今日まで生きてきた。

そして今日も懲りずにこんな山奥まで来てしまったというわけだ。

普段なら来るはずもない場所だ。


「だぁもう、暑いなぁ!!」


それもそのはず。現在夏真っ盛りの8月。それなりに標高があるため多少マシとはいえ暑いものは暑いのだ。分かりきっていたことだがやはり耐え難いものがある。


「だいたい駐車場からが長いんだって。何なんだよ駐車場から徒歩40分って」


そんな悪態をつきながらどこへ向かっているのかと言えば、まったく身に覚えのない懸賞で当たったという温泉旅行の旅館だ。確か一か月ほど前に差出人不明で招待状が送られてきていたか。


前述した勘に従えば来ないのが正しかったのだろう。

手紙を手に取り中身を読んだ瞬間のことだ。何の疑いも無く「よし、行こう」と思ってしまった。

一瞬、冷静になって感じた悪寒、あれ以上のものをこれから先の人生で経験することは絶対に無いと言っても良い。

あまりにも自然。

何の疑いも無く行こうと思ってしまった。

生物としての本能が警鐘を鳴らす、とはまさにこのことかと実感させられた。

ゾッとした。初めての感覚だった。

たった紙切れ一枚だ。

一枚読んだだけで思考がまんまと誘導された。


直接感じるわけではない。

が、これに従ってしまったら命が危ないと思った。

未だって信じがたい。

向かっている旅館だって、調べただけならごく普通のそれだった。


「だからこそ確かめたくなっちゃうってんだから、馬鹿だね、本当に」


初めこそ気圧されたが今の自分にそんなものは露ほどもない。

命が惜しくないとも違う。

背筋に電撃の走るようなゾクリとした感覚の正体を確かめたい。見たい。

そんなことを思い出しながら歩いた。

招待券を取り出し、眼前の建物と看板を、二度、三度行き来させ確かめる。


「旅館、『紫草』で……合ってるよな」


老舗旅館と銘打つだけあって中々の風格だ。恐らくだがこんな機会でもなければ一生縁のない場所だったのではなかろうか。

どれだけ変わった力があっても自分は一般人に変わりない。

思わず元々の目的を忘れそうになってしまう。


「……羽場様、でよろしかったでしょうか。お客様?」

「!?」


そんな気の緩みを咎めるが如く、横から不意に声をかけられた。

そこにいたのは自分よりやや背の低い長髪の女だった。特にこれといった特徴の無い、全体的に整ってはいるが平凡な容姿の女。

しかしそんなことを気にしていられるわけもない。

気が付かなかったこと、至極単純に突然声をかけられたことに驚き一歩後ずさる。


「草鹿です。まずは大広間までご案内し、その後お部屋へ案内致しますので、ご承知おきください。それではこちらへどうぞ」


こちらの都合などお構いなしに草鹿と名乗る女そうは続け、これまたお構いなしに振り返ると足早に館内へと向かっていった。

ハッとして小走りで後を追う。置いていかれてはかなわない。

……置いて行かれないよな?などと思いつつ、彼女ならば、やりかねない。そんな気がした。

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