流星の落ちる場所
啖呵を切ると共に、モーガンの姿が消えた。消えたように見えるがラフィーはおおよその行き先に見当がついている様だった。
赤く伸びる残光が視界の縁に途切れると共に熱が肌を炙る。
「同じ手を」
腐っても長年生き続けた魔族だ。 モーガンの術式を逆推理するのには大して時間が掛かる事でもない。
(この刀身に、肉体強化。 肉体強化の動きは圧巻の一言しか無い。 神秘性無しでの自己補完の範疇にしては動けすぎる。 おそらくあの刀身。 内部で魔力を増幅して励起状態の魔力を循環させているのか……熱放射はその副産物か)
「随分と高練度な術式じゃないか……そんなにも生きるのに苦労が多かったのかな?」
縦向きに放たれた六角型の術式。 断ち切るには酷く不向きな形状の様に思えるが、高圧プレス機並の力で弾き飛ばされた鉄板の様な物だと考えれば人間の肉体を破壊するのは難しく無い。
外れた飛翔体が石造りの家を3軒ほど貫き4軒目の外壁へと穴を開けて、やっと勢いを失って静かになったのを鑑みると、程よく術式が温まってきた。 ようやっと本領発揮と見える。
「……まったく。 酷いじゃないか……全部避けたと思ったのに……」
モーガンの左肩の肉が爆ぜて骨が露出している。 思ったように動かす為の筋肉や健、動力供給の為の血管の残骸が背中側の壁にへばりつき、トクトクと血が小指を伝って地面に落ちる。
「馬鹿ねぇ。 早く動けたとして、目が慣れれば追えるっての。 黒い腕で防げば良かったのに」
それ、分かって口にしてるのか。 そんな皮肉めいた笑いを浮かべたモーガンが顎を引いて返事を返す。
「そりゃ、ご助言どうも。 アレで防いだとして、止められる代物じゃないよ。 一瞬魔力の高密度化で軌道を逸らさなきゃ、今頃左腕は全部持っていかれてただろうねぇ……まさか魔術の申し子たる君が気づかんとは思えないが」
モーガンの左肩をよく見ると赤黒い粒子が舞っていて渦巻いている。 一瞬だけ可能な高密度化による純粋魔力の防護壁、少ない魔力消費量で燃費の悪い術式を弾く手法である。
「それで左腕が使えないんだ。 賢いやり方じゃない」
「だけど避けちゃえば胸に穴が空いてたろうしさ。 仕方が無いよねぇ……」
「人間が腕を失うとか、苦痛を永らえさせるだけだろう。 傷なんてすぐには……塞がらな」
そういいかけた途端にラフィーが眉間へと皺を寄せる。 奇妙な光景、人間がそんな事を出来るはずがないと困惑しているようにも見える。
「なんだ、それは?」
「っへっへっへ、酷いなぁ……まるで化け物を見た顔だ。 君等だって腕の2本や3本直ぐに直せるだろうに」
モーガンの傷口が黒い脂で埋まり、ツヤのある筋張った繊維状の代替器官が形成される。 流血は止まり、血塗れの五指を滑らかに動かしている。
「コレが私の術式さ。 器用貧乏な術式でね……比較的外れな術式だとかよく言われるよ。 幅広く応用が利く。 これしか強みが無くってね。 それと比べて、君の術式はとてもシンプルでパワーがある。 さぞチヤホヤされただろう。 魔族の中でも上澄みだろう」
「ま〜ね。 でも、お前には関係ないね。 潰れて無くなれ……狩人」
左右から挟み込むように壁が迫る。 気がついた頃には咄嗟に手を広げて受け止める程度の幅しかなかった。
両方の掌底で壁を押さえつけ潰されないように堪えるが、体の中の関節が悲鳴を上げる不気味な音が鳴り響いている。
「わ〜。 すっごーい。 よく防いだねぇ。 でも判ったでしょう? 四方八方、好きな位置から飛ばせる。 薄さに幅、変幻自在なんだよね。 まぁ、要するに無駄な足掻きってやつさ」
モーガンの膝から胸に掛けて無数の六角穴が浮かび上がり、血液が散らばった。
「お〜しまいまい♡」
左右の支えが消え4メートル程の地盤沈下が起こる。透明なガラスが地表に埋め込まれたかのように六角形の溝が生じ、モーガンのいた陥没した場所には表面張力で薄く広がった液溜まりが残るだけだった。
同じ地区では電気が寸断され、土が圧縮されて近隣の建物が傾く。
「よし♪ 邪魔なの死〜んだ♪ 派手にやるか〜!」
月光を反射する六角形の壁。 ラフィから見た月が少し屈折し歪んで見える程に大きく形成された術式が空から落ちると共に、地震が生じた。
揺れで街中のガラスが砕け落ちる音と、パニックになる民衆の悲鳴が聞こえてくる。 目覚めのコーヒーをたしなみながら小鳥の囀りを心から楽しむ様な表情でそれらを味わっている。
「今ので数万人? やっぱり虐殺は良いもんだねぇ〜。 あぁ……魔力が滾って仕方無い……! あんまし殺しすぎても噂が広がらないか? でも楽しいからいっか! どれ、もう一撃……!」
再び歪んだ星々を抱えた空が広がる。 もう一度虐殺しようと手を掲げた時だ。 黒い影がラフィの背後へと回り込み、見覚えのある魔力残渣が尾を引いている。
彼女が顔を向けると、夕暮れの太陽色の光で視界が歪んで光が体の内側に沈んで行くように見える。
ラフィの左脇腹から入った横刀が胸を裂き、首筋を削ぎ剥がして眼球を切り潰す。 勢いに乗ったまま脳髄を切り飛ばすと頭蓋骨ごと切り取られた体が地面へと滑り落ちた。
「……」
ユラリと体躯がよろめき、地面へと向かう魔族を見るモーガンの目には未だに敵意が残っている。
「……ちっ! 浅いか……!」
「やってくれるわねぇ……モーガン♡」
微かに欠けた胸にある核が鼓動し、黒い粒子が立ち上る中、魔族の瞳が怪しい光を放つ。
額からは太く角張った巻角が音を立てて伸び出てくると共にラフィーの輪郭が太く見えた。 魔力の圧に臆したせいか、死を覚悟し感情が昂ったせいかもしれない。
「〈虚空の槍〉」
モーガンの視界が白飛びすると共に凄まじい熱が背中を焼いた。 その刹那、大勢の死人の成れの果てが風に乗って吹き抜けた事だけが妙にはっきりと記憶に残っているのだった。
つづく




