ビールの泡
「よぉ。 待ってたぜ」
眼帯をつけた男がビール瓶を氷水から取り出し、姿を見せた来客へと掲げる。
「目の調子はどうだ? しっかし、良い家住んでんのな。 ミリアは住んでないのか?」
だいぶ打ち解けた表情で返事を返す赤目の男。モーガンが手土産とビール瓶を交換し、横の座椅子へと腰掛けた。
「アイツは別の仕事さ。 自宅兼職場ってのは良い。 通勤時間がなくてな。 まぁ飲もう。 お互い時間が無かったんだ、祝杯だ」
あぁ。そうだな。 そう呟いたモーガンがビール瓶の蓋を親指で弾き飛ばす。その光景を見て苦笑いを浮かべてオープナーを引っ込める。
「なんせ、あのカサンドラを屠った狩人だと式典に呼ばれては……療養に専念すべきだと思うんだけどね。 ポマードを嫌いになる所だったよ。 ヘアスタイルのセットに背広。 毎日あんなもんやってたら神経摩耗するよ」
「お前、式典とか苦手そうだよな」
ランディが脚を組みビールを一口含む。
「この仕事で嫌なことの内の1つだよ。 無名の狩人がいくら手柄をあげようが、感謝なんざされないのにな。 強個体を屠りゃ、上流階級が擦り寄ってくる」
「気になさんな。 式典呼ばなきゃ支配者階級の連中が世論から袋叩きにあうだけだからな。 別に上流階級だろうが、一般人だろうが。 そういう連中は多い。 ミーハー連中なだけさ」
「捻くれすぎでは?」
バカ言え。誰に言っていると鼻で嗤った。そういう連中と絡みがあるのは俺の方だぞ? まぁ聴けよと諭すかの様に。
「貴族崩れだぞ? 世襲で面子を保つのが精々な無能を見分けるのは得意だ」
「見分け方は?」
ほう。 じゃあその得手としていることに聴いてみたいと前屈みで顔を寄せた。
「信念があるか。 理解が深いか。 知識が豊富か。 そして、優雅かどうかだ。 雰囲気があるかってだけさ判るだろ? ガチの王族と会ったことあるだろ。 あの雰囲気だよ」
フェレスドレアの陛下と婚約者が頭に浮かんだ。
「あ〜。 なるほど。 余裕があるってことだよな」
「平たく言えばその一言に限るな。 ガチの金持ちの余裕ってやつ」
「……その……あぁ、いや気にするな」
何を聴きたいかは見当がついたらしい。耳タコな話なのだろう。
「どうして没落したか。 だろ?」
「まぁね。 あまり過去を詮索するのは良くないと思ってな」
「はは、良いさ。 簡単だよ。 借金さ。 土地も家もぜーんぶ売っ払ってな。 幸い俺は術式に恵まれてたってだけ。 親父は首を吊って、は……お袋は妹とどっかに消えた。 馬鹿な親父だったのさ。 金にもならない弱者を目にかけて、自分らが潰れちまった。 やれ食料の配給だ。 借金の工面だ。 結局、助けてやった連中からは何も無し。 上手いこと利用されたんだよ」
「それは災難でしたね。 ……恨んでますか? 父上の事は?」
ランディが汗をかいたビール瓶を膝の上に押さえつけ、丸い模様が浮かび上がる。
「……まぁ、どうだろうな」
「立派な人だったんでしょうね」
その一言をきっかけに目元に力が入ったようにも見える。絞り出される声にも同様にだ。
「……どこがだよ。 知り合いだったなんて冗談は御免だぜ」
「恨んでいるかが判らない。 いい面もあったって事でしょう。 家族が散り散りになり、己の倅が死線をくぐる人生へと向った。 相当な苦労を残した相手を恨めずにいるのは、それだけ貴方に何か素晴らしい何かを遺してくれた証拠だと思いますけどね。 ……それと」
「んだよ」
「貴方の思いだす父上はどんな姿ですか?」
「クローゼットの取っ手に首縄をして、座るようにして死んでいたよ」
「そうじゃなく、食料の配給をしてた時でも良いです。 そのカネにもならねぇ人助けをしてた父上の姿です」
「姿、姿ねぇ……」
「たぶん、笑ってるんじゃない? その様子だと」
「さぁな。 見当外れも良いところだ。 時間が過ぎて恨みも風化したのかもな」
「そうでしたか。 それはそれで良いことでしょう。 人生に厚みが出る」
「良いわけねぇだろ」
「えぇ〜↑ 聴いてもないのに語ってたからさぁ〜。 なんか聴いて欲しいのかなコイツって思っただけよ〜ん」
「……ッチ。 こいつ」
「まぁまぁ、親父も人の子だったという事よ。 そういこともある」
「はん、達観してる奴ってムカつく所あるよな……頭をビール瓶で殴ってやりたくなってきた」
「お〜。 こわいこわい。 どんな人間もムカつく部分はあるだろうにな。 チームを置き去りにしてファットボーイを討伐した奴だとかな」
「まぁ、勝てば官軍ってヤツさ。 それとも、何かトラウマでも踏みつけちまったか?」
「トラウマと言えばそうだな。 落涙の精霊達。 私の狩猟団の名前だが、元々は3人でやっててな。皆死んじまったケドね。 聴きたい?」
「あぁ存分に。 あんな美人を惚れさせた野郎の過去だ。 気にならないと言えば嘘になるな。 なんでその他チームメンバーを殺したと噂に?」
「紅い目のせいだろうね。 二人はいい奴だった。 紅い目なんてことは気にもせず、強い奴なら歓迎だとさ。 だが二人が死んだ後、遺族の方々からすれば、赤い目の男ってだけで疑うのは十分だったんだ。 狩猟団には不幸な事に……流動資産が結構な額があった。 んで、金目的の乗っ取りだなんだの」
「その二人は何故死んだ?」
「狩人証の更新でね。 私はその日仕事に出られなかった。 二人には絶対にその間は狩猟に行かない様にと頼んでいたんだが、特急案件の狩猟。 クラス4狩人を7人殺した個体が出てな、なんと普段の報酬の3倍。 それを受けて死んじまった。 お人好しで大馬鹿者だったよ。 もちろん、生前の彼らの姿は笑ってる表情が思い浮かぶ。 本当に良くしてもらったよ」
「恨んでるか、苦労を掛けてきた相手なのに」
「いいや、まったく。 だが2つ学んだ事がある。 チームで動けない奴はメンバーに加えない事。 優秀な狩人だとしても、狩猟団から追放された経歴のある奴は加え無い事」
「……ほう」
「その点、ファットボーイの件では少々頭に来たよ」
「そりゃあ悪かったな。 だけど、助かった奴も居る」
「まぁね。また勝手な行動されたら困るから釘を打っておこうかとな。 単独行動は得意だろ?」
「……ムカついた。 肉はお前が焼けよ?」
「おっけ〜。 へそ曲げ坊やは座って待ってな。 肉を焼くのは大人の仕事だ」
クーラーボックスに入った食い物は全て筋の入った肉ばかりだ。
「おぉ〜随分といい肉だな。 ……野菜は?」
「え? 無いけど」
「野菜は焼かない文化なのか。 エルフのところだと野菜も焼いてたからな……ふぅん。 やっぱり野菜は焼かないよな……海老を焼こうとしたら珍しい言われたんだがな」
「海老は焼かないだろ。 バーベキューだぞ?」
「海老は焼かない……文化の違いか……? バーベキューソースは?」
「……え?」
「肉塊にソースを塗りたくるモンだろ。 こう……クッソ体に悪そうな赤いソースをだな。 満遍なくたんまりと……」
「……いや?」
「そうか……。 私のやり方が異端なのか……? アリスさんは燻製器を初めて見たとかも言ってたな……なんだろうか、屋外で肉炙ってるだけでバーベキューと言えるのか……バーベキューってなんだ?」
「外で肉を炙って食べる事の総称じゃねぇの?」
「そうか。 いつかエント材でスモークした肉を食べてみたいものだ……」
「植物の化け物で燻すつもりか……?」
「化け物の肉を化け物の煙で燻す……。 今度やってみよ」
「好きにしろ。 ほら、早く焼け」
暫く後。庭に置いてあるコンロの炭が程よく落ち着いて来た頃だ。火加減を覗き込むモーガンの前に見覚えのある女が姿を現す。
「お。 ランディの……連れの人だ」
封殺術式を扱う魔術師。ミリアだとか言う人物だ。パッと名前が出て来なかった事にムカついたのか、普段から情緒が不安定なのか。
「名前くらい覚えろよ、モーガン」
「相変わらず不機嫌なことで。 まぁ座ってビールでも飲めよ。 焼けたら呼ぶし」
「……で、お前は客に肉焼かせてるのか」
「だって〜↓ 腕生えてないんだし〜」
「…………はぁ〜。 まぁ座ってな、モーガン。 私がやっておこう」
「……………………なんか企んでます?」
「うっせぇよ! あっちで座ってろ!」
渋々トングを渡してランディの横に座る。ダルそうに背もたれに身体を預けて鋭い息を漏らす。
「だはは〜! 怒られてやんの〜」
「……来なきゃ良かった。 ……しかし、焼き加減に関しては私はうるさいぞ……。 私からトングを奪ったその時からすでに覚悟があると見た……!」
「まぁ、ビールでも飲めよ。 てか、今回の依頼だが8割も貰って良かったのか?」
「……弱らせたカサンドラに槍ぶっ刺して、グールを消し飛ばしただけですし。 手柄としてはそっちの方が妥当では?」
「槍ぶっ刺して貰うまでは、全然効いてなさそうでな、弱らせたと言うのはどうかと。 まぁ少し申し訳ないと思ってるから、こうやってご馳走してるのもある。 遅くなったけど、乾杯」
「乾杯。 ミリアさん、飲みます?」
「ん〜ん」
「良いってよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。 ふ〜。 何本でも行ける」
「でだ、基本的に仕事関係の飲み会ってのは。 共通の話題が仕事関連だろ。 それについて話もしたかったってわけ。 術式における神秘性。 言わば生命を削った術式効果の底上げについてだ。 あれってどうやるんだ? コツとかあるのか?」
金網の上で焼ける肉の音が大きく聞こえ、モーガンは少し口元を曲げながら首を傾けた。
「……まぁ、そうなりますよね」
「はは。 というと?」
「目を見ればわかりますよ。 あの力に対して羨望の目を向けている人間の目だ」
「……利用価値があると思ってね。 あれを使えれば、どんな悪党が来ても負けることが無いのでは? 上位者がこれから出てくるとすりゃ、会得しておけば戦力になれる。 それとも、生まれた段階で出来る出来ないが決まるものなのか」
「…………さぁ。 どうでしょうね。 こればっかしは運としか」
「生まれつきか?」
「判断基準が少すぎてなんとも。 ただし、他人のを使える様になるまでにはそれなりに練習必要ですよ?」
「練習方法ってのは?」
「感覚でのコントロールになりますからね。自分の精神と寿命を削って、数年か死ぬまで廃人状態になるリスクを負えるのなら」
「操作を誤ったりすればどうなる?」
「そりゃあ死にますよ。 当然ね。 他人の命を使うドーピングと同義なんです。 力には代償と相応のリスクを伴う。 悪い事は言いません。 これに関しては諦めたほうが良いです。 百面サイコロを振って1の目が出れば10年分の給料を今すぐもらえる賭博と例えるとなら、参加するのに必要なのが一生分の寿命、もしくは人生。 これに乗るかという話です。 金ならもう一度稼げばいいだけですが、死んだら元も子もない」
「自分はいつでも使えるのにか? ちょっとズルくないか?」
「儲ける方法は同業者に教えないモンだ。 教えてやるなど抜かすやつは詐欺師だからな。 幸い私は詐欺師じゃない。 それに」
「正気を保てなくなりますよ。 自分は特別で出来ると思った奴から、病院のベッドの上で自分が虚ろになり、看護師に流動食を食わしてもらう羽目になる。 若くして前掛けの必要な幼児の如き人生を送りたいですかね」
「……じゃあ君は何故出来るようになった?」
「……運が良かっただけですね。 色々あってね」
「色々ってのは」
ミリアがテーブルに焼き過ぎた肉を乗せた皿が雑に置かれる。
「おーし! 焼けたぞ野郎共ぉ! ミリア様が焼いた肉だ。 さぁ食え。 感想は旨いか、美味しいかのどっちかだ」
「わーい。 あはは! ちょっとコゲげてんだけど〜。 ん〜少し少し苦いね。 良いアクセントでgoodよgood!」
「……ん。 すげぇ、肉焼くだけでここまで微妙な味になるとは……ビールがすすむな……ほら、モーガン要るだろ?」
「うっす。 いただきます。 いよぉし↑ 今度は私が焼きましょう! ミリアさんは寛いでてください↑」
「おい。 流石のアタシでも傷つくぞお前ら」
「いやぁ、炭火で焼くのって意外と難しいっすからねぇ……お任せあれ。 こう見えて肉焼くの得意ですし」
「だよな、しょっちゅうグールとか焼いてるもんな。 痛ぁ!」
モーガンが突発的に精製した親指サイズのゴムがランディの眉間を弾き飛ばした。
「……冗談でも言うんじゃねぇ。 次それ言ったら蹴り飛ばしますよ? マジで」
「……悪かったって。 マジになるなよ」
「……あぁ。 マジになる歳でも無いしな。 ふ〜」
つづく




