硝子の雨
大勢の屍が平原を進んでいる。平らな草地を埋め尽くすほどの屍が一斉に、そして規則的に移動を続けている。
魂無き肉殻が惹かれる何か。 遥か上空に2つの円環を冠した怪物が空を漂い進んで行く。
「……こちらバードアイ。 識別個体、カサンドラを確認。 映像届いているか?」
荒い映像を見つめるレオ。他のスタッフも映像の中に光る豆粒ほどの狩猟対象を見つめる。
「了解バードアイ。 良く見える。 そのまま追跡を。 先の派遣でわかったことだが、近寄るだけでグール化させられる。 不用意に近づくな」
グリフィンを操る男。バードアイと呼ばれている彼が地表へと目を落とし、哀しい表情を浮かべた。
「了解。 ……言われなくても判るっての。 ……良いやつほど早く逝く。 報われねぇよな……」
髭を撫でるレオの横に見覚えのある顔が並ぶ。彼の右腕的存在のシャロンだ。
「カサンドラ。 で、どうします? 相手は空中でふよふよしながら別の国に進路をとってます」
「到達予定は?」
「大体38時間後。 最終防衛線を突破されれば全員が死にますね。 ざっと8万。 対象の標的が人口密集地帯を巡る経路を選んでいると。 てか、なんでクラス9とか10を使わないんです?」
「さぁな、中間職の俺にはサッパリだ」
バードアイの遥か上空にいくつかの雲が集まり、カサンドラの前へと立ちはだかる。雲の繭がほつれ破れると中から見覚えのある男が姿を現す。
「……まったく。 上位種ってのは」
上位種の口は細い鎖で縫い付けられ、第三の目を宿す額は大きく窪んでいる。円環を宿した頭を傾けてランディへと目線を向ける。
「紫電の狩人。 ランディと申します。 この度は」
上位種の傍らに円環の魔法陣が浮び上がり、赤黒い光弾がランディへと射出された。あまりの射出数で正対した本人からすれば、黒い壁が迫って来ている様に錯覚する程だ。
黒い壁が不規則な積乱雲の輪郭を切り取り、奥へと消えて行く。その景色を眺める上位種が突然として右手を払う。
「その首、安くはねぇってか」
雷を宿した剣は華奢な手を浅く割いただけで、それっきりだった。上位種の口元が優しく緩み、聖母の様な微笑みを浮かべたかと思うとランディの視界が急に揺らぐ。
「照れんなよ」
片手で投げ飛ばされたランディが姿勢を戻す。何度も繰り返し上下左右が巡るとようやっと頭が空を指した。地表との距離が遠いせいか色彩が青み掛かって上か下かが判りにくい。
握られている剣が妙に軽いと視線を向けると、根元からポッキリと折れてしまっている。それを見て笑うと、剣を手放し雲へと捨てた。
「アイツの様には行かないか。 得手不得手があるってのは知ってたが、まぁまぁ、俺の戦い方をしよう」
上位種が魔法陣を再び展開し、魔力を凝集させている。術式ではなく、純然たる魔力の塊。千切れ飛んだ雲を切り取ったさっきの光弾は今頃、どこかで爆発して山火事でも起こしているだろう。
「魔力をぶつける。 あんたほどの使い手なら掠めるだけで半身が文字通り消し飛ぶだろうなぁ。 まぁ、ここで死ぬつもりは無い、明日はステーキでも食いに行こうと思ってたんだ」
「〈ストームコール〉 こっからが紫電の狩人の本領発揮さ」
周囲の真っ白な雲がどす黒く濁っていく。紫電を帯びた球状の雷雲がランディの背後に整然と並ぶ。
上位種の魔法陣から光弾が飛び出た瞬間、上位種に紫電がぶち当たり、光弾を誘爆させる。幾重にも重なる球状の爆縮が見られた。炎が外に向かって拡散するのではなく、光弾の爆心地に向かって炎が渦巻いて吸い込まれるような光景。
「その程度では死なないだろう?」
熱で揺らいだ空間が消え、再び上位種の姿が見える。使徒の壁に阻まれたカサンドラがランディを見つめ、殺気じみた目線を向ける。
爆縮によって体躯を削り取られた使徒がボロボロと雲の海に沈む。残った使徒が編隊を組んでランディへと迫る。
「蝿が……〈パープルスネイク〉!」
いくつもの雷雲から帯状の雷が使徒を焦がし殺す。紫色の雷は、食い足りないと言わんばかりに他の使徒を焼き殺していく。
圧倒的な殲滅力。生み出された使徒全てが湯気の尾を引きずりながら雲へと落ちていく。
「……はは、今のって威力偵察ってやつか?」
落ち行く使徒から視線を戻すとカサンドラの周囲には無数の使徒が集っており、カサンドラがその影に見切れるほどに夥しい数で飛んでいる。
「蚊の交尾かよ……まぁ、変わりはないがね……〈雷霆刃〉……!」
ランディの手元から光の糸が伸び、握りしめると一振りの刀が現れた。淡い紫色を輪郭に宿す白色の刀身。握っているだけの刀からは太鼓を連打するかの轟音が鳴り続けている。
「〈月影〉!」
刀が薙ぎ払われたが、ランディの詠唱だけが響いた。何も変化は無い。派手な閃光も轟音も無く、ただただ風が鬱陶しいほどに耳元で渦巻いている。
上位種が手をかざした時だ。己の手の甲に円状の焼け焦げを見つけた。じわじわと赤熱した外周が広がるのを見ていると、前方の使徒達が真っ黒に焼け焦げて戦線を離脱する光景が見えた。
ほぼ全ての使徒が死に絶えて地面へと戻って行く。残ったのはカサンドラと数体の使徒のみ。
「クラス8をナメるなよ? 厄介なのはモーガンだけじゃねぇぞ」
愉しませてくれると白い歯を見せて笑うカサンドラ。口元を縫い付けていた鎖が引き千切れると、艶やかな声を漏らすのだった。
「ふふふ♡ 愉しませてちょうだい。 坊や」
つづく




