文明の音
モーガンが日陰へと入り双眼鏡を覗き込んでいる。正午前でも、日照りの中歩き回るのは疲れるとボヤきながら、水筒に口をつけた。
「……で、どんな感じよ?」
ウォルターがそう問うと、取り敢えず見てみ。 そう言ってウォルターへと双眼鏡を手渡す。石製の外壁に背を預けて寛ぐように座る。
「見た感じ、問題なさそうかな」
ウォルターが双眼鏡を覗き込み、口元が歪んだ。立派な物見櫓にライフルを装備した男が立っており睨みを利かせている。
「おいおい。 問題アリアリじゃん。 櫓の上に銃を持った男がいて、問題無い? 足下にすんげ〜死骸の量転がってるんだけど」
その足下に広がる道路には馬防柵が並べられ、人型のシルエットが大勢倒れ込んでいる。正直、生きた人間でない確証は無いのにも関わらず、モーガンは楽観的な態度を示した。
「警備会社の従業員か、横流しされた武器か。 狩人協会の人間か。 なぁに、撃たれたら魔術ガードすれば大丈夫。 ちょっくら挨拶に行きますか……」
「……流石にライフル弾はキツくないか?」
「最悪グールの死骸でも盾にすれば大丈夫でしょう」
「うげぇ~……あの見張りには、お前が話つけて来てくんね? 撃たれるなんてまっぴらだぜ」
そして少し時間が過ぎた頃。物見櫓から見た景色の中に、しっかりとした足取りの人影が見えた。
「……グールか?」
照準を合わせる構えをして人影へと向けた。人影が近付いて来るにつれ、向こう側も自身が狙われている事に気が付いたらしい。照準の向こうに見える人影が手を振っている。
馬防柵に寄りかかったグールの死骸を避けながら櫓の足元へと近付いていく。
「そこで止まれ!」
「ここって避難所で合ってますよね? 入っても良いですか? 実は1人連れが居ましてね、受け入れてくれると有り難いんですが」
モーガンの腰には拳銃がぶら下げられており、死人から剥ぎ取った危険人物かもしれないとライフルを握り直す。
「君がそこら辺の蛮族と違う保証が欲しい。 あと両手を頭の上に」
偉く警戒している状況を見るに何かあったのかもしれない。あるいは警戒心が強い人物であるか。後者なら良いのだが、敷地内での銃撃による死人が出ているだとかであれば避難所で過ごすのも気楽にとは行かなそうだ。
「狩人証ならありますよ。 もう一人は違いますけど……左手使っても?」
「良いですが、下を向いた状態で取り出して下さい。 安全の為です」
右手を後頭部に添えたまま頭を前に倒す。狩人証を左手で掲げると、一応の信頼を得たのか警備員の声色が柔らかくなった。
「下の警備室前まで移動してください。 確認するので」
「了解」
入場門前に立ち止まり堅牢な扉と正対する。物見櫓の男は相変わらず照準を胴体に狙いを定め、再び声を発するのだった。
「妙な動きはするなよ」
鉄製の覗き窓がスライドすると懐疑的な目をした警備がモーガンを睨む。
「はじめまして、モーガンと申します。 クラス7の狩人をやってる者です」
「お預かりします。 少々。お時間頂けますか?」
「もちろん。 ただグールに食われる前には戻ってきて欲しいです」
狩人証を渡すとスライドが勢い良く閉まる。ちょっとした冗談を聴く気分では無かったらしい。物見櫓の男へと視線を向けて苦笑いを浮かべたが、相手様は先程よりもキツい視線を返してきた。
「……確認できました」
「じゃあ、入っても? 後ろの連れも一緒に良いですか?」
ウォルターとモーガンが壁内へと入った。見た感じ、避難民の栄養状態は良好で清掃も行き届いている。思っていたよりも状況は良さそうだ。
「肩パッドはいなさそうだな」
「そんなやつ、十中八九あの櫓の人に撃ち殺されてるよ。 さ、代表に話をつけて来よう」
行き先は知っているとモーガンが歩を進める。持ち出せた物資が少ないせいでもあるだろうか、背後に集まる視線を感じる。
「……隙を見せれば盗もうって視線だ」
「お互い気をつけましょう。 下手に物資を恵むとキリ無くクレクレされるので、子供相手でも容赦なさらない様に」
「意外だな。 狩人ってのはお節介焼きな連中の集まりと聞いていたが」
「結局は優先順位の問題です。 難民に時間を割かれるより、早く情報を狩人協会に届ける方が事態の収拾に繋がりますからね。 殺し損じた上位者をさっさと殺しちまうのが最重要です」
「……アンタにはそれが出来ると? あの槍か?」
「私は嘲笑う人差し指と呼んでいますがね。 あれは言わば使徒、上位者特攻の術式です。 人間の魂をエネルギー源とした魔術の破壊と、エネルギー源の吸奪特性のある拡張特性でして。 アレを握ってるだけで重力での圧殺だとかに怯える必要が無くなるんで重宝してますよ」
「……なぜ術式の開示をした。 俺が言いふらさない保証は無いだろうに」
「さぁ、なんででしょうね。 この先魔術師協会の人間と敵対する可能性があるので投資と思って開示したんです。 制約の応用で多少は術式性能が向上しますからね」
「おっかねぇな〜。 お〜こわ」
この話題は止めよう。もっとどうでも良くて気が滅入らない話が良いとウォルターが口走る。これといって話題が無さそうなので手頃な話題が無いか周囲を見回した。
「しっかし、立派な建物だな。 そう言えば、避難所ってのは狩人協会の管轄だっけか。 避難所って割には堅牢な外壁で、建物も無駄に綺麗だな」
「外壁塗装を数年に1回はやってるんじゃないですかね? 金を掛けてる施設なのは、人間同士での戦争が起きた場合の人道支援の要衝としての側面もあります」
「へぇ。 知らなかった」
「わざわざ調べる機会も無いでしょう。 ウォルターさんって本国在住なんですか?」
「そだよ〜。 そっちは?」
モーガンが眠たい目を擦り、伸びをしながら答える。
「今はなんかエルフの国で居を構えてます」
「へぇ。 そら、難儀な事だ」
紅い目のせいで何処でも警戒されるのはお互いに同じらしい。
「まぁ何処で住んでも大変な事は変わりませんよ。 景観が良くて、町中が清潔なんですよ。 それに、治安も良い」
「あとは……女とかか?」
「現状住んでるのはそれが理由でもあります。 純血主義の中央とは違って混血達が迫害されて出来た場所せいか、中央よりも住みやすいです。 精々エルフ狩人に胸をブチ抜かれるくらいで」
「……訴訟モンで笑う」
「街中のゴミ箱に人のバラされた部位が入ってたり、術者同士の喧嘩で死人が出ることも無い。 平和そのものですよ」
ウォルターの記憶に思い当たる場所が無いせいか、イマイチな表情を浮かべている。ある程度考えた後に、壮絶な環境で育った方なんだろうかと遠慮した声色で返事を返す。
「…………え、どの出身? スラムだとか?」
「金が無い時に住んでましたよ。 殺人だとかも多かったですけど、住んでる人同士では諍いとかは少くて、中流階級の他所モンが犯罪やってましたね〜。 ああいう手合いは幾らでも湧いて出るんでね……馬鹿が術式持ったらロクな事にならないですよね〜」
「……あ〜。 はぇ〜」
「ウォルターさん、割と普通の家庭出身でしょう? そりゃ、そんな顔にもなりますか。 まぁどうでもいい話はここまでにして……」
モーガンが建物前の警備に身分証を渡して要件を伝える。
「すみません。 通信設備を使いたいのですが、代表の方に許可を頂けませんかね」
「……モーガンさん。 代表は先日亡くなりました。 代理の方に直接お会いしますか?」
「えぇ、お願いします」
「ではコチラに。 ……お連れ様は入れません。 狩人協会の方以外は通すな。 とのお達しで」
「あぁ、おっけ。 じゃあなモーガン。 暫く別行動だ」
「気をつけて」
施設の中へと案内され、一階の廊下を進んでいく。
「この先に?」
「ええ。 今は電力の復旧作業中でして」
機関室の中には大勢の人間が集められ、発電機のメンテナンスが進んでいる。 その作業を見ていた1人の男が振り返り、モーガンの顔を見るなり握手を求めてきた。
「はじめまして。 モーガンだね?」
「はい。 はじめまして」
「おそらく、通信設備を使いたいが為に来たんだろ? アンテナと地下ケーブルのメンテは先日済ませ、後は動力を戻すだけ」
「どのくらい掛かりそうですか?」
モーガンがそう言った瞬間に部屋全体に駆動音が響き始める。導通した電力が設備に光を与え、機能不全だった鉄塊に息吹を吹き込む。
その光景に拍手が起こると、目の前の男性が檄を飛ばす。
「後は、各々役割をこなせ。 事前に話した通りだ。 ……システムが回るようになったら、声を掛けますのでお待ちを」
「……随分と用意が良いですね」
「こんな惨状になる前に狩人協会から連絡がありましてね。 モーガンというグルド人が来たら優先的に通信設備を使わせろと。 まさか、その通りになるとは。 寛いでいてください」
つづく




