草露の反射
高々と振り上げられた巨大な腕。悪臭と粘り気を持ったタール状の巨腕が薙ぎ払われると、蜘蛛の子を散らすかのように傀儡術式を吹き飛ばし、引火した体躯は塵へと還っていく。
「やっぱりその術式。 本当に厄介だって事を痛感させられるね……液体でもあり、固体でもある。 しかも気体でもあるし、弾性に靭性、硬度。 本当に厄介だな」
燃え盛る傀儡術式の陽炎の中、冷めた目でモーガンがデクスターを睨む。
「お褒めに預かり、光栄とでも言っておこうか。 アンタの術式、端的に言っちまえば模倣系の術式か?」
「コピー系。 まぁ、似て非なるものかな。 あぁ、出し惜しみしなくても良いよ。 見た術式を真似たり、食らった術式を盗んだりは出来ないし。 もっとも、君のは模倣されたとしても、同様の効果は期待出来ないだろうし、コピー系の駄目なところは相手の培った技術までは会得できないところ。 本人の魔力出力が足りない場合は模倣できたとして、顕現させられない事さ」
「……結論から言えよ。 イエスかノーか。 それだけの事だろ。 下らん詳細を並べ立てるな鬱陶しい」
「ははは。 まぁまぁ、久しく強い術者と対峙できてなくてさ。 嬉しいのさ」
「言ってろ」
モーガンがデクスターの眼前へと移動して武器を構えていた。
(また斬撃か。 懲りないな)
飄々とした表情で後ろに飛ぶと共に、強烈な違和感に襲われる。思った様には飛ぶことができず、寧ろ蹴躓いたかのように体が傾いたのだ。
「あれ? あ〜……これは」
タールボウイがデクスターの片脚を握り潰し、モーガンが鬼の形相で武器を振り下ろしている。その光景の圧巻たるや、これから辿る未来が見えるほどだ。
「……死んだかな。 流石に」
短くひり出した唸り声とともに、胸から上が千切れ飛ぶ。動脈から吹き出た血煙がモーガンの紙を紅く染めていく。
無惨にも解体された人体を見下ろしながら、少しの沈黙へと浸っていると、何か違和感を感じ取ったかの様な表情と共に左手側へと視線を上げた。
「……これは、どういう事だ」
「さぁ、どういうというのは? 具体的に質問されないと、返事に困るんだけどね」
デクスターが石棺の縁へと腰を乗せ、眠たげな視線を送り返す。
「間違いなく、取ったと思ったろう? その疑念には、こう答えるべきかな。 間違いなく取ったよ。 腕一本増える術式でよくも追い込んでくれる……。 確かに殺した。 僕の模造品だけどね」
そのデクスターの脚は捻じれて体液が垂れ出ている。ものの数秒で勢い良く逆回転しては、潰す前に元通りだ。
(まったく、長年培ってきた自信って奴が揺らいじまいそうだ)
「あははは。 大丈夫大丈夫。 そこに転がってるのは肉の模造品ってだけだよ。 咄嗟に作ったから、ちょっと顔が変かもだけど」
「変? 元からだろ?」
「まったく、近頃の魔術師ってやつは、礼儀がなってないなぁ……ま、いいか。 欲しかった遺物は手に入った事だし」
デクスターが手にした立方体。無機質で切れ目の入ったそれがこの男の預けていた遺物らしい。時折切れ目から紫色の光が漏れ出ている。
デクスターの手元に出現した空間の揺らぎへと落とすと、遺物の姿が消え去った。懐に収まったのは間違い無い。
「……まぁ、逃げられても問題無い。 んで、どうするね。 僕から遺物を盗むには、多少分が悪いと思うけど」
「……確かにな。 でも、ここで逃がしたら人殺すんだろ? じゃあ、立ちはだからないとさ。 まったく、嫌な仕事だよ。 感謝なんざされたことないのに、アンタみたいなバケモン魔術師に向かって行かなきゃならんとはな」
「ははは。 じゃあ、遊んでやるよ」
デクスターの瞳が一瞬光り輝くと、甘い匂いが漂ってくる。血の匂いと制汗剤の匂い。デクスターが拳を突き出し、既に脇腹を捉えていた。
「術式が肉体から引き剥がされる痛みは、さぞ辛かろう……」
「ゔえ……!」
石材製の壁に叩きつけられ意識が混濁する。焦点を合わせ直したと共に、デクスターが再び拳を突っ込ませて来る。
「……お、避けた」
頭蓋を潰せる程の威力。石材にめり込んだ拳を引き抜いて、咄嗟に転げ出たモーガンへとつま先を向けた。
「魔術師に共通する弱点はいくつかある。 生物としての臓器機能の低下。 特に肺はヤバい。 持久力を潰せるからね。 まぁ、君ほどの術者なら知ってるだろうけど、相手の手札をはたき落とすのが魔術師の戦い方ってな」
「へぇ、肋砕いた程度でいい気になったもんだ」
黒腕が何度も振り下ろされては地面を砕く。それでもデクスターには一度として当たることはなかった。
「その攻撃たしか。 レッドラムだとか言う術式だったかな。 超高温で相手を炭化させる、熱系の技か。 破壊力は目を見張るものがあるけど、如何せんスピードが遅すぎる」
「そうかよ」
「やっぱり、この時代の魔術師ってやつは肩透かしもいいとこかもな……」
デクスターが再び側に現れた後に、彼が元居た場所から音が遅れて聞こえて来る。
「おつかれさん♡」
額を握り、脚を払われる。そのまま床へと叩きつけられると地面に大きな亀裂が走り、建物全体が揺れ動いた。
しばらくの沈黙の後、デクスターが立ち上がった。眼前には白目を剥いたモーガンが倒れており、側に佇む術式が崩れ去って行く。
ポケットに入ったタバコを咥えて火をつけながら辺りを見回すと上の基礎部分が一部陥没しており、整然と保管されていた遺物は瓦礫に埋まっている。
タール含有量の多いタバコで火口から脂が暴発する音が聞こえて来る。
「まぁ、この程度か。 依代にするにはまだ弱すぎるかな……」
石棺の側へと舞い戻り、中に入った遺体の頭を掴んで引きずり上げる。干からびているその遺体の眼球には微かに魔力が宿っており、ほんのちょっとだけ体温もある。
「さぁ、久々に外の空気をすっておいで」
デクスターの指先から輝く幾何学模様が遺体へと移り、光が遺体の内側へと染み込んで行く。
少しの沈黙の後、水気を帯びた眼球がデクスターを見つめると、みるみる内に体躯が若返った。黄金色の目の中には2つの瞳が宿り、冷たい地下室をみるみる内に温かな魔力で満たして行くのだった。
つづく




