落葉樹の根元
魔術刻印を纏ったモーガンが再び斬撃を振るう。横薙ぎで飛ばされた魔力が赤黒く弧を描くと、壁から大量の噴煙が撒き散らされる。
石粒がパラパラと転がる音とともに煙が晴れていく。大きく抉り取られた壁面があるだけで、デクスターの姿は無かった。
「使徒を作って各国にばら撒いてるのもお前か?」
刀身の背を肩に乗せたモーガンの視線は既に別方向へと向けられており、デクスターの姿を捉えている。
デクスターは興味深い視線をその壁に向けていた。博物館の展示物を眺めるかの表情で見つめたかと思うと、興が冷めたような喉鳴らしするのだった。
「さぁね。 知らないな。 しかし、風術師の真似事か。 なんか、証拠でもあんのかい? 今の話」
「随分と手のかかる使徒に入れ込んでただろう? 魔力に見覚えがあってね。 その現場で回収された魔力残渣と似てるのさ」
「へぇ。 意外だったな……犬以上に敏感だとは思ってたけど、そうか。 アレで見抜かれるとは。 ……さぞ、ご苦労な人生送ってきたんだろうねぇ。 そこまで高感度だとすれば、人間の成れの果てだとか、精霊まで見えちまうんだろう? 昔の知り合いにも居たよ」
つま先をモーガンへと向けたデクスター。歓迎するかのように手を広げ、仰々しく叩き合わせる。
「まぁ、君とは違って。 クソほどに下らん奴だったがね。 簡単に叩き潰せたよ。 虫けら同然のゴミ術式持ちのクセして、僕に立ちはだかる。 そんで、こうなった」
デクスターが手を開くと、蚊が潰れていた。浅く干上がった血溜まりの虫を見つめていると、一瞬だけ像が揺らいだ。人間。内臓が掻き出された人間がその手のひらに見えたのだ。
「……君もこうなる」
人差し指で弾き飛ばされた人間が地面へと落ちる。床に転がった人間がうめき声を上げ、息絶えるとそこには潰れた虫が転がっていた。
「……へぇ。 まぁ頑張れ。 聞きそびれたけど、何故? 何故物騒な骨董品を集めてる? 理由が知りたい」
「一族の再興。 あとは、人類の人口をある程度減らすこと。 大体3割を目指してる」
「……大きく出たな」
「……夢はデカい程に良い。 夢といえば馬鹿馬鹿しいけど、これは野心だよ。 いい家に住みたい、美味いものを食いたい。 その延長だと思ってくれれば良いよ。 それに、君も見ただろう? 人智を超えた人ならざる存在を」
モーガンが少し考えを巡らせて口調を変えた。わざわざ、チンピラ相手の振る舞いをする必要が無いと思い直したのだ。第一、一人称を俺 とするのは馴染まないのだ。 人によって態度を変える。悪く取られがちだが、必要な事だ。
「その存在とやらなら、私が火葬してやったがね」
「そうだねぇ。 アレは失敗だった。 まぁまぁでも次は上手く作れると思うよ」
その言葉に、モーガンの眉間が強ばる。
「上手く作れるだと?」
「そうさ。 だからこそ、そこに眠ってる遺物を使いたいんだ。 あくまでも補助装置みたいなもんだけど。 どう? 君も1枚噛まないか? 一族の再興が済めば、何不自由なくラクして暮らせる様に取り計らうよ」
「国でも造る気か? お前みたいな奴を何人も見てきた。 抽象的な事を抜かし、具体的に話さない奴をな。 詐欺師と一緒だ。 何不自由なく? そりゃ良い、今不自由してるってなると……お前が息してるって事くらいだな」
「……残念。 ……おっと。 もうこんな時間か。 じゃあ、ササッと片付けて帰るかな。 あぁ、血が冷えて寒いねぇ……少し失礼」
ぐっしょり濡れた上着を脱ぎ捨てる。仰々しく掴み上げた上着を右手に掲げて、落とした。 気持ちの悪い音と共に床に叩きつけられたジャケットに一瞬だけ目を奪われる。
再びデクスターの姿へと目を向け直すと、その右手には本がつままれていた。ジャケットから飛び散った血飛沫がまだ宙に舞っているにも関わらずだ。
(いつの間に? それに、書物に似た術式本体……幻術系にしては珍しい。 術式に有形の形だと? 妙だ……コイツは!)
「〈古びた偶像〉」
モーガンを廃人にまで追い込んだ術式。生物、非生物に関わらず、老化、劣化を起す傀儡術式だ。以前出会った術式デザインとは変わってダミー人形のような姿をしている。
この場で最も面食らったのはモーガンだ。表情筋がックと引き締まり、武器を構え直した。その時既に傀儡の拳がカイルとモーガンに迫っている。
「防壁張ります!」
「やめろ、無駄だ!」
カイル腐っても魔術師の端くれ、魔力防壁を出してはいるが力量差がありすぎるのだ、拳をくらえばたちまち乾燥肉か塵芥にされてしまうだろう。
華奢な体を片手ではね飛ばす。割れないシャボン玉の中から抜け出すかのようにモーガンだけが防壁外へと排出され、防壁を張ったカイルが展示台へと激突した。
「……痛い……? 防壁は張ったのに」
透明無色の防壁は茶色く変色していた。酷い油汚れを溶かした洗剤液のようで、内包者を保護する効能が殆ど失われている。モーガンを介在して防壁に術式特性が伝播した結果である。それは同時に、彼が抜け出る最中に一撃を貰った事を示しているのだ。
「……足手まといだ! さっさと行け!」
モーガンが一撃で傀儡の核ごと叩き切り、勢い余った傀儡術式の上体がカイルの足元へと落っこちて来る。ボーリング玉をレーン上で滑らせる様な音と共に迫って来た上体は、ただの石像の様に固まっていた。
「狩人ってやつは本当に読みやすいねぇ……何故自分の命を優先出来ないんだ? その腕、発展途上国の土産物屋に置いてそうで、中々良いデザインだな……干からびた死骸みてぇだぞ」
カイルを弾き飛ばした左腕が劣化している。水分と油分が飛び、皺に黄疸。触れられた瞬間に魔力を纏わせて緩和してこの威力だ。拳で殴られれば衝撃で砕け折れてしまうだろう。
黒刀状の術式を握り直す左手が鈍い関節音を鳴らし、柄を握りしめる。少し力を込めるだけで砕け割れてしまいそうな頼りない音が耳元で鳴る。
「あくまでも近接戦か? 両手持ちの攻撃、それは目を見張るものがあるねぇ。 破壊力、スピード。 どれも一級品だが……」
デクスターの側の空間が歪んでいる。強風に吹きつけられた水面の様な歪みの空間から吹き飛ばした傀儡が次々と這い出てくる。
「数を相手にするのは苦手らしい。 どれ、早く潰さねばジリ貧だぞ? 子供を取るか、遺物を取るか、己の命か。 それとも全て失うか、選択の時だぞ、狩人よ」
モーガンの足元に古びた偶像が降ってくる。気がつけばそこら中に歪みが浮かんでおり、次々と這い出てくる。
次々と這い出てくる傀儡術式がお互いの体躯をぶつける音が鳴り始めた。不気味で耳障り。それ以外に形容し難い。
「……まったくクソだな……!」
モーガンがカイルへと近寄ると屈んでいる様に指示を出す。
「……あと、防壁とか禁止! 何もせずに指示に従って!」
天井に届かんとする柱のように太く大きい石油の腕が出現し、モーガンの瞳に真っ赤な光が宿っている。
「〈タール・ボウイ〉 少し暴れるぞ!」
つづく




