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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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最後の仕事

 冷えているのに湿気の多い地下階段。事業届け出内容では製材所ということだ。辺に木材カスの1つも落ちていない。森の中に居を構える口実だろう。


 「ネズミからすれば、ベッドでも椅子でも、木を組んだ塊にしか見えんか。仕方が無い」


 それに……。 モーガンはそこまで言うと、足元に転がった菓子の包みをつまみ上げる。


 (子供向けのお菓子。ここらへんで製造してるものじゃ無い。売ってもいない。……輸入品だな)


 転がったボールに幼児玩具。そんな中に男物の革ベルトが吊るされていた。使い込まれた痕跡である皺から察するに、本来の用途に使われた訳では無さそうだ。


 (躾か……)


 「……2階もこれで確認完了。中継機を組むかね……」


 接続が確立され、耳の通信機に微弱なノイズが混ざった友人の声がする。


 「旦那。生きてるか?」


 「あぁ。あとは3階層のみだ」


 取り出した武器を眺める。強固な頭蓋をも砕く事が可能な鉈。と説明されてもこの姿では誰も信じないだろう。


 切っ先の一部が捲れる様にして割れている。指で撫でると平たい貝殻の凹凸と似た感触がした。ヒビ割れの中心付近を軽く拳で叩くと切っ先が軽くなってしまった。


 「長く持った方かな」


 「旦那何か言いました?」


 「あ。ごめん。独り言」


 「人は居なかった感じで?」


 「まぁね。そっちはどんな感じ?……電波状況とか」


 モーガンが振り返ると床に人が倒れていた。ふたえ瞼に低い鼻筋、愛嬌のある唇。かわいい女性だ。開いた瞼の中身がないこと以外は。


 モーガンに吹き飛ばされた手足が側に転がっていた。切り口の美しさは、彼が放った斬撃に一切の躊躇が無い事の証拠だろう。


 「オーケイ。オーケイ。バッチリ聞こえてますぜ〜」


 リジェの声を聴きながら、踵を女のこめかみ上へと乗せた。じりじりと脚に力を込めると女の皮膚に亀裂が入る。何かの粉末が同時に吹き出すと、その悪臭にモーガンは顔を歪める。


 「なぁ、旦那。女の声がするんだけど……気のせい?」


 「ん〜? いいや。そんな気配は無いけどな〜」


 脆くなった炭の崩れる様な音と共に女の頭蓋を叩き割った。


 音圧で鼓膜が動くのがわかる程の金切り声が足元から放たれる。耳の奥、いいや。頭の芯に近い部分が震えている様に錯覚するほどだ。金切り声と共に女の全身に赤熱した亀裂が走るのが見え、足をあげると床板に人の形をした焼け跡だけが残った。


 「……ふ〜。」


 「絶対なんか居るでしょうが!」


 「いや〜。さっきまでは居たけど。もう居ないよ」


 「そら恐ろしいモンを聴かせんで下さいよぉ〜! 脇汗ヤバいっすわ。も〜。腹立つぅ〜……! 見てよこれ!全身の毛が逆立って……」


 「すまないな。これでこの階層までは安全なはず。じゃ、様子見てくるよ」


 最下層への階段。産業用ゴーレムで抜かれた穴に魔術で組んだ内装。新しい獣除けの呪符が貼られている。湿気が天敵である呪符だが、少しの期間を空けて頻繁に貼り替えられている為か駄目になっている物は少ない。


 階段を下り切ると広い空間へと出た。天井までは4メートル。奥行きは予想がつかない。ただ、魔術の気配がする。他の人間の魔力だ。


 「……お〜。いらっしゃい……エルフじゃないのか……紅い目。グルド人……あぁ背中を刺された男か」


 「リジェ。成人男性を確認。身長190。訛からしてセフト人だろう。……丸腰なのにこの自信……こいつは単一の魔術師だ」


 「おっと。……ネタバレ禁止♡」


 普通の魔術師と単一の魔術師の違いとは何か。目の前の男が放った魔術を指につまみながら少しだけ考えを巡らせてみる。


 要は変換器の有無によって異なる。無から有を生み出す大元である魔力を変換器へと流し込む。炎、水、風に雷。途中で性質を変えるモジュールが備え付けてある。


 拳で物を殴った時のエネルギーの成れの果てが熱になるか空気を振動させて音を伝える形になるか。その程度の違いだ。


 単一の魔術師にはその機能が無い。経路を切り替える時の感覚がわからない。知り合いから聞いた話だがレバーを手で撚るイメージだという。


 魔術の名を呼ぶのは切り替えを確実に行う為らしい。純粋な雷撃に風術が混じってしまう。炎術に水が混じって火力が落ちる。レバーをしっかり、締切るために詠唱というものがあるのだと。


 いい塩梅で半開きにするのも駆け引きとして面白いとも言っていたか。時として、殺傷力のない半端な術が役に立つとも。


 切り替えを必要としない単一の魔術師。これが妙な話で。名前をつけて呼んでやったり、動きに名前をつけてやったりすれば、不思議と術のキレが良くなる。


 こんな風に黙って放たれた魔術など、大した脅威ではない。拳銃の方が恐ろしい。


 鈍い光沢を放つブレードだ。軽く握ると細かく崩れ、結晶体が散らばり落ちた。白く濁った粉末は片栗粉の様でもあり、砂糖の様にも見える。


 舌の上に乗せて味を確かめる。砂だとかでは無いだろうし、少しくらい他人の悪意が乗った魔力を口にしても体調は崩れないだろう。むしろ、こうやって相手の毒を浅く摂取するのは劇物等を操る魔術師に対して、適切な表現ではないが”ある程度免疫がつく”とも言える。


 舌にのせた途端に、ピリピリとした刺激が走た。唾液腺の裏を熱が通り過ぎた。血管を移動する血がグッと壁を拡張しながら押し進んでいるかの様だった。首元まで来た血液が胴体へ静かに溶けていくのに対し、顎の付け根辺りで頭に登って行った刺激が脳を叩き起こし、顔の筋肉全てが引き締まり、頬が熱い。


 「……コカインか。身の回りでバカスカ叩き落とすのはよそう……体に良くない」


 足元に積もった結晶がチリチリと燃えだした。煙を吸わない様に小さく分離させたタール・ボウイのパーツへと溶かし捨てる。


 タール・ボウイを扱っていて得た肉体的な性質。様々な種類に対しての薬剤耐性を得ているが、神の薬とまで称される薬剤。それに魔力の気を与えたモノだ。人間の手で精製したコカインや霊薬よりも強力でタチワルい。


 息が熱い。無謀な全能感に襲われる。今ならなんだって出来るとさえ錯覚しそうだった。


 「熱操作まで習熟済みか……コカイン使うなら最初に炙るよな……つまらん。……おっと違う。ここで何してる? 肝試しにはいい場所だ」


 「……そだな。肝試しだよ。まぁ、腕の立つ狩人を潰しておきたいってのが本音でね」


 「奥に何がある?」


 「……別に。発電機と培養槽があるだけさ。頑張って調べても何も無いよ。人間モドキを作る過程で出た生ゴミくらいさ」


 「……」


 「狩人協会が捨てた技術。いいや、時代とともに禁忌に指定されたプロセスをブラッシュアップしただけだよ。どうせ調べられればバレるんだ。早い内にゲロっちまっても問題は無かろう」


 「……力づくでも連れて行く。タール・ボウイーー」


 あの黒油の腕が側へと出現する。熱を帯びつつ気泡を蓄えている。熱を得られれば得られるほど、殺傷力と液体としての操作性が上がる。


 「驚かないのか? まさかな……」


 「奥義が1つ。発気揚々……」


 タール・ボウイの姿が崩れ、空気へと溶けて消えた。立っているモーガンの手には黒々とした短刀が握られ、五指の骨格をなぞるように黒い筋が浮かんでいる。


 上着の下へと潜り顎先までその入れ墨が続いている。 瞼を開いたモーガンが歩みを進めるたびに、瞳は紅い残光を空気へと描き込んでいた。


 「おっと……思ったよりもエグいのが来たな」


 甲高い破裂音と風斬り音が鳴る。モーガンは男の後ろへと立ち、油膜が張った短刀で自分の顔を眺めていた。その刃には先程のコカインの粒が付着し煙を立ち上らせている。


 「なるほどね」


 視線を戻すと転がった腕の側に男が立ち、脇腹から鎖骨へと伸びる傷を庇っている。その傷からは血液はおろか、液体を一滴も流していない。断面には白く輝く結晶が詰まっていた。コカインの塊。ダミー人形だ。


 「……良かった良かった。やはり、只者ではなかったか。そこまで鍛え上げた魔術。何度も打てる訳ではあるまいて……へっへへ。初見殺しが、自分の性質を漏らさずに始末できる。慎重なんだねぇ〜。モーガンさんは〜」


 発気揚々の術が剥がれ、タール・ボウイの黒い腕が側へと顕現する。その腕は大きく痩せ細り、魔力の大半を持って行った事が良くわかる。


 「……ひとつ聴きたい。何故子供を攫った。身寄りのない子供を攫えばお前らも気づかれるリスクを冒さずに済んだ筈だ」


 「あの女なんと言っていたかな……魔力耐性の高い素体を揃えるためだとか……いいや。何だったかな……あーー」


 「子供が玩具を欲しがったから持ってきたってさ。子供に玩具を与えて何が悪い? それに、遠くにある店よりも近場で手に入れるだろ? そ~いうことさ」


 そう言い終えた時には短刀が額へと突き刺さっていた。歪む視界の奥のグルド人の額には血管が浮き出て、脈打つたびに血の動きがわかる程だった。


 「はは。怒った怒った。なんだぁ? んな目で睨んでよ〜」


 「……いいや。お前の本体。近くには居ないだろうと思ってね。ただ単に、色を覚えてるだけだよ。おそらく顔の形はイジってるだろうけど、魔力の気配は変えられん。……さ。早く次の演目に移れよコカイン野郎。どのテロ組織も名前を轟かせる為に、ショッキングなサプライズを用意してるだろう」


 「……ま。アンタの力を削ぐ事は出来た。十分過ぎる成果だな。いずれ何処かで再会するかもな。……その時は、是非とも手合わせ願いたい。ここを生きて出られたらの話だけど」


 奥から腐敗臭の主が現れる。巨大な怪物を背にしたコカインの魔術師はモーガンへと微笑みかけ、 敬意を示すかのように穏やか声で語りかけた。


 「タールの魔術師、モーガン殿。いずれまた相見えましょう……。 はは。こんな所で死ぬんじゃないぞ? アンタは愉しませてくれそうだ」


 そう言い残すと、大量のコカインが跡形も無く消え去った。魔力の痕跡さえもだ。地力の強さは未知数だが、モーガンの魔術よりも使用歴が長く成熟している事がわかる。


 彼自身、タール・ボウイの痕跡を消すことが出来ない事を鑑みた推理だ。厄介な相手であることは把握した。だが、目の前の厄介事を片付ける事が先だとタール・ボウイへと熱を込める。


 「茨の化け物。それの失敗作か……」


 失敗作。破壊の限りを尽くすのなら、むしろ成功作とも言って良いだろう。天井に頭を擦り付けながらモーガンを見下ろしている。


 形成不良の肉体達が互いを引き付け、茨で結合。幾千の死体で組まれた顔面から垂れる腐敗液がコンクリの床を汚している。


 「……リジェ。地表の狩人を避難させろ! ……タール・ボウイ! 階段を崩せ!」


 一悪臭の塊が頬を撫でる感覚と共に脊椎の結合が緩む感覚に襲われると、足元に耳たぶと頭皮の一部が飛散していた。


 耳から奪った通信機をまじまじと見つめて、吐息を吹き掛けている。何かを喋ろうとしているのだろう。この異形が奴の失敗作であることが確信へと変った。


 「オメェらの兄ちゃんか弟かは知らねえけどよ。兄弟は似るよな。悪い意味でも、良い意味でも……。タール・ボウイ……トキシックヘイズ」


 「霧状の可燃油だ。燃えろ」


 腐肉で象られた骸の顔面。眼孔の縁、気道へと通じる鼻孔の形がよりもわかりやすく照らされる。辺りが見やすくなったは良いが、蒸し焼きになるのは体が小さいモーガンの方だ。


 焦った状態で頭から抜けていたが、こんな巨体を丸ごと揚げる量をすぐには生成出来ない。


 時間を稼ぐ事が出来れば良いが、時間稼ぎになりそうな退路を潰してしまった事は失敗だったと後悔する事になった。


 (結構ヤバいな……)


 地表では。涼しい風とともに穏やかな時間が流れていた。


 「……すげぇ音したけど。避難して良いの?」


 「お上の命令だ。さっさと引き上げよう……てか、お前屁ぇこいたか? なんかクセェぞ」


 「オメェだろうが……。違うのか? ん……」


 地鳴りの様な音が響くと振動の芯が近づいてくる。遠くに居るなと思った瞬間に、足の下まで迫っている事がわかった。


 「これ……だいぶヤバくね……」


 2人が悲鳴をあげると共に湿気った土壌が空を覆った。腰を抜かした姿勢で見上げた時、空には炎に巻かれた左脚の無い巨大な人骨、口元にはその異形が吐き捨てた痰のような物体が飛翔していた。


 雲に隠れた太陽の内側に痰が重なる。黒くてドロドロしたそれは姿を変え、中から人間の形をした物があらわになった。


 モーガンだ。1人の狩人が指差して、そう漏らした。側に浮かんだフライドチキンの骨の様なものからは死にかけた弱々しい魔力を感じる事が出来る。


 「……空気だ。ふはは……。旨いなぁ……この湿気った空気が堪らない……炙っても駄目。刺しても切っても無駄か」


 一呼吸するたび、タールが湧き出す。骨しか無くなった黒油の腕に丸みと質量が戻って行く。


 「……なぁに。失敗作ってのはその通りだな。単体では骸と変わらん。結合と癒合。自分の性質の1つが役立ちそうだな……タール・ボウイ」


 失敗作達へと纏わりついた炎が一斉に息を潜めた。


 熱操作を止め、覆われた黒油を流し動かす。冷えて流動性が失われるにつれて、巨体もそれに従った。


 油同士の結合を強固なものへと変化させている。全身を接着剤で覆われた虫の様にピクリとも動かない失敗作達を前にして胸を撫で下ろす。


 「おっし。おしまい……」


 あの恐ろしいドライアドの失敗作を大地にまき散らすよりか、この鼻が曲がってしまいそうな異臭の中で、固め留める方が良い。


 多くの人に彼の魔術が目撃されようとも、多くが死ぬよりマシな事。それに、ここを去れば皆すぐに忘れる事だろう。


 失敗作達の動きを封じ、魔術は解除せずに倒木へと腰を下ろす。仕事をやり切った充足感は無い。失敗作達の塊を眺め神妙な顔をしたままだった。


 その後、モーガンはその場に3日程座り続けた。剥がされては容器に収納される失敗作を見送った。奴らは洗浄された後、灰へと還ったらしい。


 あれから2日。モーガンは片付いた部屋でソファーに腰を沈めていた。明日には別の所へと旅立つのだ。結局エルフとは仲良く出来なかったが、悪い気分ではない。


 失敗作達の灰は集団埋葬地に。本体である寄生果実は数検体を残して処分されたという。


 黒油で汚染された区域の除染はモーガンの報酬金から出されることとなった。本人の申し出だ。結局、利益は出なかった。


 ここ半年の稼ぎと生活費を計算したが、計算するまでもなく出て行った金のほうが多いだろう。紙に書いて計算したわけでもトランクに頼んだわけでもない。感覚ですら大損であるとわかるほどの損失を垂れ流している。


 「今日も資産を溶かして飲むコーヒーが美味しいナァ……」


 悪い事ばかりじゃない。新鮮な野菜を手に入れる為に倍の値段を出さなければならなかったが、今では適正価格で買うことが出来る。新鮮な肉は以前支払っていた値段の3分の1の値で手に入る。


 2日きっかりの価格破壊。それを無駄にはできないと思い、花屋の受付へと並んでいた。両手に抱えるほどの花を買い込んだが、数時間後にはそれらは1つを除いて彼の手から離れていた。


 「あの時、君が助けを呼んでくれなかったら……ありがとう。どうか安らかにお休みください」


 目を潰された時に声を聞いた少女の墓。最後に連れ帰った遺体の少女。あの時の優しい声は聴こえない。正午の冷えた空気が耳を切る音だけが鳴り響いている。


 「……」


 この場所から見える彼の姿はとても小さく、表情を読み取ることは出来ない。きっと声も届かないだろう。


 大きなセコイアの枝の上。座った少女が見下ろす景色には1人のグルド人が映っている。


 モーガンが黙祷を捧げ終わると穏やかな風が背を押した。ただの風ではないと視線を後ろへと向けて、遠くのセコイア木を見つめると、木漏れ日の光がそこにあるだけだった。


 つづく 

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